186話―五行鬼、火のカクト
「飛刃の盾が、一瞬で溶かされちゃった……」
カクトの持つ棒から噴き出した炎によって、飛刃の盾が跡形もなく溶けて蒸発してしまったのを見てリオは呟く。そんなリオを見ながら、カクトは楽しそうに笑う。
「キャキャキャキャ! 驚いたか! これがオイラの能力よ! どんな金属も、オイラの炎の前にゃ無意味! 火は金を滅ぼす……それが五行の理よ!」
「みんな、避けて!」
リオが叫んだ直後、再び棒の先端から火炎が噴き出し襲いかかってくる。不壊の盾を呼び出し炎を防ぐも、少しずつ表面が溶け始めており長くはもたない。
それを察したダンスレイルは、柄から刃まで木で作られた手斧を呼び出した。翼を広げて飛び立ち、真横から棒へ向かって手斧をブン投げる。
「金属は溶かせても、水分をたっぷり含んだ木ならそう簡単には燃やせないよ。木刃の斧!」
「キャキャ、考えたな。だがよぉ、そいつぁ悪手だぜぇ!」
そう叫び、カクトは棒を横に振る。手斧と棒がぶつかった次の瞬間、激しい炎が発生し、斧を包み込む。あっという間に手斧は炭になり、棒に吸収されてしまった。
「これは……!?」
「残念だったなぁ、五行において、木は炎の勢いを激しくし力を与える……木生火と呼ばれる関係にあるのさぁ!」
炎はより勢いを増し、周囲の家屋に燃え移る。武士たちが慌てて水の魔法で消化しようとするも、勢いが強すぎて火を消すことが出来ずにいた。
自分ではカクトと相性が最悪だと察したダンスレイルは後ろに下がり、消火活動に加わる。
「リオくん、どうやら私ではあいつの力を増してしまうだけになるようだ。私は火を消す! リオくんとカレンはあいつを!」
「分かった! はあっ!」
リオは頷き、腕を振って炎を吹き飛ばす。その隙に、今度はカレンが前に出る。両手には金属ではなく電気で出来た鉄槌が握られており、バチバチとスパークしていた。
「へっ、金属と木はどうにか出来てもよぉ……電撃はどうにもならねえだろうなぁ!」
「チッ、面倒な!」
五行の理の外側にある雷の力はカクトの能力の対象外らしく、舌打ちしつつ後ろへ下がり攻撃を避けた。カレンが相手をしている間に、リオは不壊の盾を消す。
右の拳を握り、ジャスティス・ガントレットのパワーを解放する。水色の宝玉を輝かせ、まずは家屋の延焼を防ぐべく勢いよく
雨を降らせた。
「グランスコール! さあ、これで火を消してやる!」
「キャキャキャ、そうはいくかよぉ! 怪炎爪波!」
上空に暗雲が出現し、大粒の雨が降り注ぐ。それを見たカクトは、カレンのみぞおちに棒を叩き込んで動きを封じた後、雲に向かって棒を伸ばす。
猿の爪の形をした炎の塊が伸び、雲を掴む。リオたちが訝しむなか、カクトは炎を操り雲を握り潰そうとする。それを見た武士たちは、カクトに矢を放つ。
「まずい、奴の思い通りにさせるな! あの御仁の助力をムダにしてはならぬ!」
「おお! 射てー!」
「キャキャキャ、そんなもん片手で炭に出来らぁ!」
八人の武士たちはカクト目掛けて一斉に矢を射つ。が、カクトは左手をかざし、炎の壁を作り出して矢を燃やしてしまった。
「おっと、頭の上がお留守だよ。私のことを忘れるな!」
「ぐおっ!」
そこへ、頭上からダンスレイルが奇襲を仕掛ける。リオのおかけで手が空き、攻撃に参加する余裕が生まれたのだ。油断しきっていたカクトの後頭部に、勢いよく蹴りを叩き込む。
カクトがふらつき、雲の締め付けが僅かに緩んだ。リオのその隙に宝玉の力を上昇させ、まとわりつく炎の爪を消火してしまおうと雨の勢いを強めた。
「今のうちにあの炎を……」
「キィィィィ、させるかよ! 紅蓮帯打ち!」
炎を消そうとするリオに向かって、カクトは炎の壁を変化させた帯状の火炎をぶつけた。全身を炎に包まれ、リオは悲鳴を上げる。
「うあああ!」
「リオ! ゲホッ……よくもやりやがったな!」
「万死に値する。お前は許さない!」
カレンとダンスレイルは怒りを剥き出しにし、カクトに同時攻撃を仕掛ける。カクトは猿のような身のこなしで二人の攻撃を楽々避け、片手だけでいなす。
武士たちは水の魔法を使って炎の中からリオを助け出すも、全身に広がった火傷を治療する術は持っていなかった。リオは暗雲の強化に割いていた魔力を自身の再生に回さざるを得ず、雲を消滅させられてしまう。
「しまった、雲が……」
「キャキャキャキャキャ! これで邪魔はなくなった! オイラのショータイムだ! オラッ!」
「ぐあっ!」
「くっ!」
暗雲が消え、炎の勢いを取り戻したカクトは棒を振るい、カレンとダンスレイルを弾き飛ばす。呼び出したままの怪炎爪波を操り、今度は武士たちを攻撃する。
「目障りな雑魚どもめ! 消え失せろぉ!」
「まずい、逃げ……ぐあああ!!」
武士たちは退却しようとするも間に合わず、炎に包まれてしまう。火だるまになり、苦悶の悲鳴を上げながら転げ回る彼らを、リオはどうにか助けようとする。
「水で……消さなきゃ……火を……」
「キャキャ、させるかよ! 景気よく燃えてくんなぁ!」
「うあっ!」
「ぐうっ!」
ガントレットの力で消火し、武士たちを助けようとするリオだったが、カクトはそれを阻止するため捕まえたダンスレイルを投げ飛ばす。
結果、リオは力を使えず、武士たちは大火傷を負ってしまう。急いで手当てをしなければ、数時間のうちに死んでしまうほどの大怪我だ。
「キャキャキャキャキャ! 能力の相性ってやつぁ大事だなぁ、ええ? そう思うだろぉ? オーガの女よぉ」
「黙りな! てめえみてえなのとは話もしたくねえ!」
カレンは怒りを剥き出しにし、カクトに電撃の鉄槌による連撃を叩き込む。カクトは棒を振り回し防御するも、怒りで攻撃速度が上昇しているカレンに少しずつ押され始める。
「オラオラオラアッ! このまま一気にケリつけてやる!」
「キャキャキャ、いいねぇいいねぇ。こういう勝負はたまらねぇなぁ! 本当に……やめられねぇ! 怪炎爪波!」
「やべっ……ぐっ!」
至近距離で発生した炎の爪を辛うじて防いだカレンだったが、完全には防げず脇腹を切り裂かれてしまう。裂傷と傷口を焼かれる痛みに襲われ、膝を突く。
「キャーキャキャキャ! そろそろ終わりだな! 全員まとめてオイラの……」
「そう簡単にはいかないよ。拙者が来たからにはね!」
カクトがカレンにトドメを刺そうとしたその時、上空から巨大な水の塊が降り注ぎ、家屋を燃やしていた炎を鎮火する。消火作業を終えたクイナが合流したのだ。
騒ぎを聞き付けた、オウゼンを引き連れて。
「娘よォォォォ!! 大丈夫かァァァァ!!?」
「っせーな。デケぇ声出すんじゃねえよ……傷に響くだろが……」
オウゼンの声に、カレンは安堵の表情をしながらそう答える。クイナは手裏剣を投げ、カクトをカレンから引き離す。
「お前の相手は拙者だ、この猿顔!」
「ンキャ!? てめぇ、オイラが気にしてることを!」
クイナがカクトの相手をしている間、リオとダンスレイルは自分たちが負った傷を再生させつつ、武士たちの治療を行う。水と火では相性が悪く、カクトは早くも押され始めた。
「ぐっ、このっ……」
「ほらほらほら! 水手裏剣の連打を食らえ!」
「チッ、こうなればぁ……!」
空気中の水分を手裏剣に変え、クイナは反撃の隙を与えぬよう目にも止まらぬスピードで投げていく。このままでは拉致が明かないと考えたカクトは、強引に反撃に出る。
高熱の炎の帯を全身に纏い、水手裏剣を蒸発させながらクイナ目掛けて突進し始めたのだ。それに驚いたクイナは一旦攻撃を中断し、突進を避けるべく身をひるがえす。
「うわっと! 危ない危ない」
「キャキャキャ、避けたか! だが次は……」
「次がないのは……貴様だ!」
「ケキャ!?」
急停止して方向を変え、再度クイナに向かって突進しようとしたカクトを、オウゼンが殴り飛ばす。娘を傷付けられ、怒り心頭なオウゼンは腰に提げた刀を引き抜く。
「ちょうどいい。久々に運動をしたかったところだ。我が愛斧……この『魔殺狩』で始末してくれるわ!」
刀の刃が形を変え、赤く巨大な片刃の斧になった。オウゼンは片手で軽々と斧を構え、カクトを睨み付ける。
「少年よ、そこで見ておれぃ! この俺の力をなぁ!」
武士たちの治療をしているリオに向かって、オウゼンはそう叫ぶ。怒れる鬼の魔族退治が、行われようとしていた。




