176話―魔神たちの激闘
モローが己の命と引き換えに南の部隊を全滅させた頃……アイージャたちもまた、それぞれの敵と激闘を繰り広げていた。東の守りを担当しているアイージャとレケレスは、背中合わせになり戦う。
「レケレスよ、大丈夫か?」
「うん! このくらいへっちゃらだよ!」
二人は互いの死角を潰しつつ、四方八方から襲ってくる自動人形たちを返り討ちにしていく。人形たちは二人を分断しようとするも、上手くいかないようだ。
「クッ、コイツラナンテレンケイダ!」
「ヒ、ヒキハガセナイ!」
手こずっている人形たちに、さらなる悪い知らせがもたらされる。北と西の部隊が壊滅し、エリザベートとファティマが合流し姿を現したのだ。
「お二人とも、わたくしも助太刀しましょう。我が君のためにも」
「まあ、この分ではエルカリオスさんの出番はなさそうですわね」
そう口にしながら、二人は戦線に加わる。防御壁の上の兵士たちからの援護砲撃もあり、彼女たちは次々と人形たちを破壊し、最後の部隊を壊滅させていくが……。
「やれやれ。役に立たない奴らだ。三時間程度しか持たぬとは」
その時、これまで姿を現すことのなかったバラルザーがアイージャたちの前に出てくる。凍てつく眼光を部下たちに向け、ふがいなさを糾弾した。
そして、アイージャたちに目を向け拳を突き出す。今からお前たちを狩る。そう意思表示したのだ。
「悪いが、私にはもう後がないのでな。ここで纏めて始末させてもらう」
「ほう、強気だな。お前の部下はあらかた始末した。残りの者たちとお前で妾たちに勝てるとでも?」
「ああ。勝てるさ」
直後……バラルザーの姿が消え、目にも止まらぬ速度でアイージャたちの喉に掌底を叩き込む。辛うじて避けられたのは、ファティマとレケレスだけだった。
「な……かはっ」
「はや……すぎますわ……」
バラルザーはこれまでの報告から、アイージャとエリザベート……を依り代とするエルカリオスを危険視し、真っ先に戦闘不能に追い込んだ。
人間……否、人形離れしたその速度に、ファティマは内心戦慄を覚えた。センサーでバラルザーの能力を計測した結果、自分を圧倒的に上回っていたのだ。
(この者の力……わたくしを上回っている!? 有り得ない、こんな急激な成長など、わたくしたち自動人形には起こらないはず!)
「……動揺しているようだな。その隙が……致命的だ!」
「させないよ! バブルガム・シャットアウト!」
一瞬動きが止まったファティマに追撃を放つバラルザーだったが、レケレスの横槍により失敗に終わった。弾性に富んだ泡に弾かれ、僅かによろめく。
そこへ、我に返ったファティマの飛び蹴りが炸裂する。みぞおちを捉えバラルザーを吹き飛ばすも、ファティマはどこか浮かない顔をしていた。
「……おかしい。あまりにも手応えがなさすぎますね……。これほどまでの防御性能をも得ているとは」
「当然だ。私は最強の人造魔神。ボディの頑強さは他の三人の比ではない」
空中で素早く体勢を整え、バラルザーは華麗に着地しつつそう答える。これまで戦ってきたリーロン、グレイシャ、フレーラの三人よりも実力は遥かに上だと、ファティマたちは気を引き締める。
「厄介な二人は倒した。後はお前たちだけだ。例の少年が来る前に始末させてもらう」
「そー簡単にはいかないよーだ! 私たちだって……強いんだからね! 砲腕の鎧!」
再び掌底を放ってくるバラルザーに、レケレスはそう叫びながら鎧を展開し身体に纏う。両腕から魔力の砲弾を放つも、全て見切られ打ち落とされてしまった。
驚くレケレスに肉薄し、拳を叩き込もうとするバラルザーだったが、今度はファティマに阻まれた。目から発射されたレーザーが頬をかすり、僅かに傷をつける。
「あら、顔の防御性能はそれほどでもないようですね」
「よくも我が顔に傷を! 造物主より賜りし顔を傷付けた報い、受けるがいい! 虎爪破鋼拳!」
顔を傷付けられたバラルザーは怒りを剥き出しにし、ファティマに向かって魔神の力を叩き込む。攻撃を受けてはいけない――頭脳回路が瞬間的にそう判断し、ファティマは横へ飛んだ。
直後、飛び込んできたバラルザーの拳が地面を穿ち、小さなクレーターを作る。パラパラと土のつぶてが落ちてくるなか、ファティマは自分の判断が正しかったことに安堵した。
(危なかった……。今の一撃を受けていれば、わたくしのボディですら耐えられたかどうか……。拳の魔神バラルザー、一筋縄ではいかないようですね)
ファティマが慎重に戦いを進めようとする一方、レケレスは猪突猛進を体現せんとばかりにひたすらバラルザーに突撃する。彼女の頭には、回避や防御の概念がないらしい。
「えい! えい! そりゃー!」
「なかなかの攻めっぷりだ。だが……故に隙だらけだ! 虎爪破鋼拳!」
「レケレスさん、お避けなさい! 受けてはいけません!」
バラルザーの拳が唸り、空を裂く。ファティマは叫ぶも、レケレスは動かない。鎧の魔神の顔には、勝ち気そうな笑みが広がっていた。
「だいじょーぶ。避ける必要なんてないもんね!」
「な……ぐうっ!」
レケレスの鎧にクリーンヒットしたバラルザーの拳は、確かに必殺級の破壊力を持っていた。が、彼は知らなかった。鎧の魔神たるレケレスは、リオやかつてのアイージャに次ぐ防御力を持っていることを。
「バカな……我が拳が効かないだと!?」
「ふっふーん。そうさー、私ねぇ、こう見えてカッチカチなんだよー。驚いた?」
「有り得ん、何かの間違いだ! 最強の人造魔神たる私が、貴様のような木っ端に攻撃を通せないはずがない!」
そう叫び、バラルザーはレケレスにラッシュを叩き込む。ストレート、ジャブ、フック、アッパー、コークスクリューブロー……ありとあらゆる攻撃を仕掛けた。
が、そのどれをもってしても、レケレスの鎧を貫くどころかヒビ一つ入れることすら出来ない。狼狽えるバラルザーに対し、レケレスは目をすうっと細め声をかける。
「あのさぁ。産まれてからたった数日しか生きてないのに、何を根拠に最強だなんてのたまうの? お前なんかより……おにーちゃんやおねーちゃん……おとーとくんの方がもっと強いよ」
「黙れえぇぇぇ!! お前たち! あそこで気絶している二人を殺せ! 数の力を見せつけろ!」
舌戦でまともに言い返せなかったバラルザーは、生き残っている部下たちをけしかけ、気絶しているアイージャとエリザベートを狙わせる戦法に出た。
ファティマたちが二人を守りながら戦っている間に、隙を突いて撃破するつもりなのだ。そんなバラルザーの目論見を見破り、ファティマは嘲りの目を向ける。
「随分と卑劣ですね。最強などと聞いて呆れます」
「黙りな! 勝てりゃあそれでいいんだよ! それに、まだ切り札は残ってんだ、調子に乗るんじゃねえ!」
荒々しい口調でそう切り返し、バラルザーは配下の人形たちを突撃させる。これには流石にファティマとレケレスの二人だけでは対処しきれず、袋叩きにされてしまう。
「くっ、この数……流石に数百体の相手はキツいですね……」
「もー、じゃまぁ! このままじゃおねーちゃんたちが……」
なんとかアイージャたちを回収し、守りながら戦うファティマたちだったが、戦況は悪化する一方だった。そこへ畳み掛けるように、バラルザーは己の獣の力を解放する。
「このまま一気に終わらせてやる! ビーストパワー、オーバーロード! 虎神烈風拳!」
「はや……ぐっ!」
「ファティ……うあっ!」
バラルザーの肘から先が破城鎚のような形状へ変化し、さらにブースターが追加される。その状態で放たれた音速の拳の威力は桁違いであり、ファティマは右足を破壊されてしまう。
レケレスも無事では済まず、鎧の腹部が砕け、尖った金属片が腹に突き刺さってしまう。万事休すか……と思われたその時、遥か上空に巨大な界門の盾が現れる。
「あれは……!」
「ようやく来たか。だが、間に合うものか! お前たち、このままこいつらを始末しろ!」
門が開いていくなか、バラルザーはリオが搭乗するレオ・パラディオンが現れる前にファティマたちにトドメを刺そうとする。その時、彼の背後からリオの声が響く。
「残念だけど、そうはさせないよ。これ以上、ふーちゃんたちに手出しはさせない!」
「な……ぐはあっ!」
上空に現れた界門の盾は、バラルザーたちの意識を反らすための囮。全員の視線が空に向いている間に、リオはバラルザーの背後に小さな界門の盾を開いたのだ。
「遅くなってごめんね。ここからは……僕が相手だ!」
バラルザーに膝蹴りを叩き込みながら、リオはそう叫ぶのだった。




