174話―レケレスのおねーちゃん☆大作戦
「おっはよー! おとーとくん、元気してるー!?」
「へぴゅっ!」
翌日の朝、リオは強烈なモーニングコールで起床する羽目になった。昨日に引き続き、部屋の扉を破壊しつつレケレスがエントリーしボディプレスをかましてきたのだ。
ぐっすり寝ていたところへ不意打ちを食らったリオは、思わず変な声を上げてしまう。それがあまりにも面白かったらしく、レケレスはケロケロ笑い始める。
「ぷぷっ! へぴゅっだって! おもしろーい!」
「ね、寝起きにボディプレスは勘弁してほしいなぁ……」
大笑いするレケレスに、リオは苦笑する。彼女の身体は軽かったためたいしたダメージにはならず、むしろパッチリ目覚めることが出来た。
「もうすぐご飯出来るって! ご飯食べ終わったら街で買い物しようね! それからそれから……」
「おねーちゃん、先にご飯食べよ? さ、行こ」
これからの予定を列挙するレケレスを押しながら、リオは食堂へ向かう。念願だった弟を得たレケレスは、世話焼き気質を爆発させリオにベッタリくっついていた。
今までお世話される側だったレケレスは、気合いを入れてリオの世話を焼こうとする。そんな彼女の気持ちを理解しているリオは、時折苦笑いしながらも受け入れていた。
「おはよう、リオ、レケレス。何やら騒がしかったが……またドアでも壊したのか?」
「あはは……まあ、そんなところかな……」
食堂に行くと、アイージャが一人食事をしていた。何気ない世間話をしていると、セレーナとエリザベートがやってくる。五人で食事をした後、レケレスが問う。
「ふー、ごちそうさま! ねぇねぇおとーとくん、今日はどこに行きたい? おねーちゃんがどこでも連れてってあげるよ!」
「うーん……どうしようかなぁ。今日は商店街の方に行ってみようかなぁ」
リオはしばらく考えた後、そう答えた。アイージャたちも一緒に来ないかと誘うも、エリザベートはセレーナと話があると断りを入れ、アイージャも首を横に振る。
「わたくし、同じ婚約者としてセレーナさんといろいろお話したいので……」
「妾もちと兄上と話さねばならぬことがあるでな。二人で行ってくるといい」
「わかったー。おとーとくん、いこー」
気を使ってもらっていることに気が付いたレケレスは、アイコンタクトで感謝しリオを連れて食堂を出る。それを見届けた後、エリザベートはセレーナに声をかけた。
「さ、わたくしたちも行きましょうか。セレーナ皇女様」
「はい。参りましょう」
同じリオの婚約者として、二人は早速意気投合したようだ。和気あいあいとした雰囲気で去っていく二人を尻目に、アイージャはのんびりとトーストをかじる。
その頃、リオとレケレスは着替えを済ませ街に出ていた。カエルの頭部を模したフードが着いた紫色のパーカーを着たレケレスは、楽しそうに通りを歩く。
「あ、見て見て! あれ美味しそうだよ! おとーとくん、食べる?」
「うん、せっかくだし食べようかなぁ」
腕を組み歩く二人は、仲のいい姉弟というよりは熱々のカップルと言った方がしっくりくる印象を周囲に与える。商店街を巡り食べ歩きをしている二人を、周囲の人々は微笑ましく眺めていた。
「ふー、いっぱい食べたね! おとーとくん、もっと食べる?」
「う、ううん、もうお腹いっぱいかな……」
念のため朝食の量を少なくしていたリオだったが、朝から食べ歩きをするのは流石にキツかったようだ。一方、レケレスは大量に朝食を摂ったのにも関わらず、もっと食べたそうにしていた。
どうやら、とんでもない大食らいのようだ。
「じゃあね、次は……」
「よー、そこのねえちゃんよ。そんなガキ放っておいて俺たちと遊ばない?」
次に何をしようか考えていると、どこか軽薄そうな声がレケレスにかけられる。リオたちが振り返ると、そこにはチャラチャラした服装の若者が三人ほどいた。
俗に言うナンパをされたレケレスは、むっと頬を膨らませ若者たちへ鬱陶しそうな目線を向ける。それでも若者たちは退かず、ヘラヘラ笑いながら声をかけてくる。
「やーだ。だっておとーとくんと遊んでるほうが楽しいもん」
「そんなこと言わずにさー。俺たちといる方がもっと楽しいこと出来るぜ? な?」
「さわんないで!」
若者の一人が伸ばした手をはたき、レケレスは嫌悪感に満ちた声を上げる。リオは両者の間に割って入り、穏便にコトを収めようと柔和な声で話しかけた。
「まあまあ、落ちついてください。おねーちゃんもああ言ってるし、ここは……」
「うるせえ! 引っ込んでろガキが!」
リオに割り込まれたことを不服に思った若者の一人が、突如殴りかかってくる。リオは拳を受け止め、あくまで冷静な態度を崩すことなく話を続けた。
「落ち着いてください、ね?」
「ぐおっ……! このガキ、なんてパワーしてやがる……」
ここにきてようやくリオの力に気付いた若者たちだったが、今さら引っ込みがつくわけもなく攻撃を強行する。年下に舐められたままじゃいられないという、愚かなプライドを捨てられなかったのだ。
「このぉ……今さら退けるか! お前ら、やっちまえ!」
「おとーとくんに手出しするつもり? そんなことさせないよ」
若者たちがリオに襲いかかろうとしたその時……レケレスの口から、世にもおぞましい冷徹な声が発せられた。指先をドス黒く変色させ、若者に突き刺そうとするも、リオに止められる。
「おねーちゃん、ストップ! いくらなんでもそれはダメだよ!」
「でも、こいつらおとーとくんバカにしたし……」
普段の天真爛漫さからは想像もつかない冷たい瞳を向けられ、ようやく若者たちも悟った。自分たちが声をかけていい相手ではなかったのだ、と。
「す、すんませんでした~!」
若者たちは叫びながら逃げ出していく。それを見たレケレスは満足したようで、元の天真爛漫な笑顔に戻った。あまり怒らせないようにしようと心の中で誓いつつ、リオは礼を言う。
「ありがとう、おねーちゃん。あ、そうだ。お礼に何か買ってあげるね」
「ほんとー!? わぁい、嬉しいな」
心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、レケレスはリオに抱き着く。ケロケロ歌う姉に微笑みかけながら、リオは目についた装飾品を扱う店の中に入る。
店の中には多種多様なアクセサリーが並んでおり、装飾品に疎いリオの目を丸くさせる。幸いにも、屋敷を出る前にアイージャから多めに金を渡されていたため、予算は潤沢にあった。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「えっと、おねーちゃんに合うアクセサリーください」
あまりにもアバウトな注文をするリオに苦笑しつつ、店員はアクセサリーを吟味する。期待に満ちた眼差しを向けてくるレケレスから若干のプレッシャーを受けつつ、店員は答えた。
「でしたら、こちらのアメジストを使ったイヤリングなどいかがでしょう? 耳に穴を開けるのではなく、魔法で固定するタイプなので初めての方でも安心して着けられますよ」
「だって。おねーちゃん、どうする?」
「んー、私お耳ないからなー。イヤリングは着けられないや」
リオに問われ、残念そうにレケレスはそう答えた。イヤリングは却下となり、今度はリオがアクセサリーを吟味する。しばらくして、リオはとある腕輪を見つけた。
「あ、これなんてどうかな? ほら、ラスピラズリとアメジストの腕輪」
「わあ、綺麗。私これがいいなぁ」
レケレスはすっかり腕輪に夢中になり、リオは購入を決めた。アイージャから渡されたお金をほぼ使ってしまったため、二人は屋敷に帰ることにした。
「ありがとー、おとーとくん。私、これ宝物にするね! えへへぇ、おとーとくんからのプレゼント!」
「喜んでくれてよかった。また遊びに行こうね、おねーちゃん」
屋敷への帰路にて、二人は楽しそうに笑い合う。束の間の平和を、二人は心行くまで楽しんだ。その裏で、恐るべき計画が進んでいるとも知らずに。




