171話―リュウノゲキリン
「え、エッちゃん……だよね? 一体、どうなってるの?」
「リオよ、済まぬが今はそれを説明している暇はない。後で詳しく話す。まずは……」
エリザベートに憑依したエルカリオスは、そう口にする。よく見ると、首にはかつてダンテが身に付けていたものと同じネックレスが下げられていた。
新たに取り付けられた紅の宝玉の中に、エルカリオスがいるのだろう。リオに背を向け、エルカリオスは再び炎を噴き出し全身に纏い、己自身の姿を形作る。
「……我が兄妹に屈辱を与えた者たちを滅さねばならん」
エルディモスたちを睨み付けながら、魔神の長兄は静かにそう口にした。あまりにも冷たく、殺意のこもったその言葉に――フレーラや魔族たちのみならず、リオも恐怖を覚える。
が、ただ一人……元凶であるエルディモスだけが、平然としていた。よほど自信があるのか、あるいはただのバカなのか……リオたちには判別出来ないが、エルディモスは態度を崩さない。
「フン、剣の魔神だと? くだらんな、所詮はカビの生えた骨董品に過ぎん。俺たちの方が優れていると思い知らせてやる! いけ、お前たち!」
「で、ですが……」
「どうした? 早く行け!」
殺意全開のエルカリオスに突撃しろという無茶苦茶な命令に、流石の魔族兵たちも躊躇してしまう。が、そんな彼らを待っているほどエルカリオスは甘くはない。
右手を真横に伸ばし、炎を操り己の相棒たる剣を作り出す。紅の刃を持つ剣を構えつつ、エルカリオスは振り返ることなくリオへと声をかけた。
「……リオよ。両の目を刮目し見届けるがいい。全ての生物の頂点たる、竜の力を持つ……魔神の長兄の戦いを」
「うん!」
力強い兄の言葉に、リオは頷く。先ほど感じた恐怖が一気に霧散し、心の中が暖かな希望で満たされていくのをリオは感じていた。
「チッ! さっさといけ! 相手は一人だ、楽に仕留め……」
「られるわけがないだろう。ほら、もう半分死んだ」
なかなか攻撃しない部下たちにエルディモスが怒鳴っていたその時――エルカリオスが動く。目にも止まらぬ速度で空を駆け、あっという間に二十五人の魔族兵の首を落としてみせた。
エルディモスや魔族兵たちはもちろん、リオも何が起こったのか理解することが出来なかった。ただ一人……フレーラだけが、スロー再生により辛うじて動きを捉えることに成功する。
(ちょ、なんなのあいつ~!? こんなの対処出来るわけないじゃん! ……かーえろっと)
「お主、どこへ行くつもりだ? まさかとは思うが、一人でとんずらしようなどとは思っておるまいな?」
「へ!? べふう!」
エルカリオスには勝てない。そう判断したフレーラは、こっそりとその場を去ろうとする。が、そんな行為が許されるわけもなく、遅れて到着したアイージャの体当たりを受け、遠くの雪原へ吹き飛ばされていった。
「兄上! リオ! こやつは妾とレケレスに任せよ!」
「任せたぞ、アイージャ。さて……残る木っ端共よ。次はお前たちの番だ。私の抱く三つの怒りを教えてやる」
「ぐううっ……! いけ、お前たち! 敵前逃亡は死罪だ、突撃しろ!」
フレーラの相手をアイージャたちに任せ、エルカリオスは魔族兵たちを睨む。魔族兵たちは半狂乱に陥り、エルカリオスに突撃していく。
退けばエルディモスに粛清され、進めばエルカリオスに殺される。どのみち死ぬのなら、万に一つの奇跡を信じエルカリオスへ総攻撃をかけるべきと本能で悟ったのだ。
「か、かかれえええ!! 絶対に奴をぶっ殺すんだああ!!」
「うああああーー!!」
魔族兵たちはスパークアンカーや魔法を放ち、エルカリオスに反撃する暇を与えず仕留めようとする。が、そんな姑息な手が通じるほど、エルカリオスは弱くない。
「ムダだ。そんなものでは……我が竜鱗の守りを貫くことなど出来ん!」
放たれたスパークアンカーを弾き返し、エルカリオスは炎の翼を広げ目にも止まらぬ速度で飛び回る。紅炎の剣を振り抜き、一気に四人の首を切り落とす。
残る魔族兵たちは必死に反撃しようとするが、最強の魔神を前に全ての抵抗は意味を為さない。五分もしない間に、五十人いた魔族兵たちは全滅してしまった。
「バ、バカな……。俺の部下が全滅だと……」
「所詮、現代の魔族……いや、闇の眷属などこの程度か。一万年前に戦った者たちの方が、もう少し歯ごたえがあったな」
唖然とするエルディモスを前に、エルカリオスはそう呟く。あえて彼だけを残したのは、己の怒りを知らしめるためだ。
「さて、エルディモスと言ったな。貴様には我が裁きを下してやろう。一つ目は……我が妹、レケレスを苦しめた罪への裁きだ!」
「な……ぐあああっ!」
エルカリオスは突進し、鳥の魔物ごとエルディモスの身体を切り刻む。鳥の魔物はあっさりと絶命し、バラバラにされた肉片となって消滅する。
が、エルディモスは死んでいない。否、死なせてもらえないのだ。エルカリオスに斬られた部分がすぐに再生し、再び切り刻まれていく。
そんな負のスパイラルの中で、エルディモスは反撃を敢行するべく切り札を解き放つ。
「ぐうう……調子に乗るなよ。キカイの身体を持つのは、人造魔神たちだけじゃないんだぜ! ハアッ!」
「ほう。これは……」
エルディモスは強引に蹴りを放ち、エルカリオスを遠ざけることに成功する。斬撃を受けたことにより身体の表面を覆う人工皮膚が剥げ落ち、中のキカイが丸見えになった。
「ハハハハ! どうだ、驚いたか! 俺自身の身体も、とうの昔にキカイに改造してあるのさ! 並みの生物の比じゃねえパワーが……」
「下らない。キカイだからなんだというのだ? 教えてやる。そんなものはただのガラクタに過ぎないとな」
エルカリオスはそう言うと、剣を消しくいくいと指を曲げる。御託はいいからさっさとかかってこい――そう挑発しているのだ。
「どこまでもコケにしやがって! なら望み通りぶっ殺してやるわ!」
そう叫び、エルディモスは右足の爪先を変形させ槍にし、エルカリオスのこめかみに向かって回し蹴りを叩き込む。竜鱗の守りがない頭部なら攻撃が通る。
その思い込みは、あっさりと粉砕された。こめかみに足が叩き付けられた瞬間、エルディモスの右足首から下が粉々になってしまったのだ。
「げえっ!? バカな! 俺の足が!」
「なんだ、こそばゆいだけではないか。下らぬ、とんだ肩透かしだったな」
「黙れ! 次はこれだ!」
呆れ顔を浮かべるエルカリオスに対し、諦めの悪いエルディモスは次なる攻撃を繰り出す。左腕を変形されて丸太のようなハンマーにすると、連続で殴り始める。
「ホラホラホラァ! これならどうだ! 肘のブースターで速度も威力も激増してるんだ! グシャグシャに……」
「もういい。お前の全ては分かった。そろそろ遊びは終わりにしよう」
攻撃の途中、エルカリオスはもう飽きたとばかりにエルディモスの腕を掴み、握り潰してしまった。エルディモスが驚く間もなく、彼の左のこめかみに回し蹴りが叩き込まれる。
「ぐ……げえ……」
「これが回し蹴りというものだ。貴様のような軟弱な蹴りとは違う、必殺の蹴りだ」
凄まじい威力の蹴りを食らったエルディモスの頭部は半壊し、バチバチと火花が散る。もはや虫の息なエルディモスに、怒れる剣の魔神は第二の裁きを下す。
「では二つ目の裁きを下そう。我が弟、リオへ与えた苦痛……貴様も受けるがいい! 出でよ、竜牙の剣!」
エルカリオスの右手が炎に包まれ、一振りの剣が現れた。刃の代わりに竜の牙が並んだ、ノコギリのような残虐な形状のソレを振るい、エルディモスの身体を力任せに引きちぎる。
「ぐああああ! やめろ! 俺のボディが……バラバラになっちまうだろうが!」
「当然だろう? この期に及んでまだ分からぬか。私がお前を苦しみに満ちた死を与えるためにここにいることに」
全身を苛む激痛の中、エルディモスはようやく理解した。目の前にいる者は、自分などでは到底及ばない――絶対強者なのだと。
「さて、そろそろ終わらせよう。貴様の三つ目の罪……それは、触れてしまったことだ。決して触ってはならない、竜の逆鱗に!」
「ぐがっ……」
エルカリオスはそう叫ぶと、強烈なアッパーでエルディモスの身体を遥か上空へ吹き飛ばす。殴られた衝撃で身体がバラバラになるなか、トドメの一撃が放たれる。
竜牙の剣が消え、再び紅炎の剣が呼び出される。エルカリオスは飛び上がり、両の手で柄を握り全身全霊の力を込めて炎を纏う剣を振り下ろした。
「地獄に落ちるがいい! ドラグエンド・バスター!」
「ぐっ……ぎゃあああああああ!!」
断末魔の叫びを残して、エルディモスは真っ二つに切り裂かれた。キカイを動かすオイルに引火し、大爆発と共に悪しき者は塵へと還る。
偉大なる竜は宣言通り、その絶対なる力を見せつけ――完全勝利を納めた。




