167話―怒れる竜、動く
夕方になり、リオはようやく目を覚ました。もぞもぞとベッドの中で手足を動かした後、ゆっくり起き上がり大きなあくびを一つする。
「ふああ……よく寝たぁ。すっかり疲れも取れて……あっ」
リーロンとの戦いでの疲労が完全に無くなったリオのお腹が、ぐうと鳴った。マギアレーナを出発する際に乾パンと干し肉を食べてから、ずっと食事をしていないからだ。
その時、部屋の扉がノックされ、入室許可を求めるファティマの声が聞こえてくる。リオが返事をすると、料理が載せられたワゴンを押しながらファティマとセレーナが入ってきた。
「おはようございます、我が君。お腹が空くと思いまして、わたくしとセレーナ様の二人でお食事を用意致しました。ご賞味ください」
「あの、その、お口に合うかは分かりませんが……」
「ありがと、ふーちゃん、セレーナさま。じゃあ、早速いただきまーす!」
リオはベッドから降り、手早く椅子とテーブルを用意する。ファティマたちが料理をテーブルに乗せ終えた後、勢いよく食べ始めた。
よほどお腹が空いていたのだろう、分厚い雪原牛のステーキやホワイトビーンズのスープ、氷湖魚のソテーといった料理の数々をあっという間に平らげた。
おまけに、ファティマ特性の特大プディングもペロリと完食してしまい、健啖ぶりでセレーナの目を丸くさせる。
「わあ、凄い……。あのプディング、普段わたしが食べる量の三倍はありそうなのに……」
「ごちそうさまでした! ふー、美味しかった。二人とも、美味しいご飯ありがとう」
「堪能していただけたのなら幸いです。……あら、口元に汚れが残っていますよ、我が君」
満腹になったリオは、お腹を撫でつつ二人にお礼を言う。ファティマは言葉を返した後、リオの口元にソースがついていることに気が付いた。
そっと指を伸ばしてソースを拭った後、ペロリと舐め取ったファティマを見て、セレーナは顔を赤らめる。うぶな彼女には、少し刺激が強かったようだ。
「フ、ファティマさん! そんなはしたないことを……」
「あら、これは失礼。しかし、セレーナさまも慣れておかなければなりませんよ? 殿方との接し方について、ね」
意味深な笑みを浮かべるファティマの言葉に、セレーナはナニを想像したのか顔を赤くしてしまう。一方、リオは二人の会話の意味が分かっておらず、首を傾げていた。
「……? ???」
「ふふっ。我が君にはまだ早い話でしたね。ああ、忘れるところでした。メルン陛下が話したいことがあるそうです。食事も終わりましたし、参りましょうか」
「うん、分かった」
リオはファティマの言葉に頷き、身支度を整えてメルンの元へ向かう。ゴルトン侯爵の使用人に案内され、侯爵の執務室に入ったリオは、メルンたちに迎えられる。
「おお、起きたかリオよ。どうじゃ、身体の方は」
「はい、ぐっすり寝てご飯を食べたらすっかり疲れが吹き飛んじゃいました」
「ほほほ、それはよかった。実はな、そなたを呼んだのは他でもない。ゴルトンを交えて、今後の計画について話し合おうと思うてな」
その言葉に、リオは気を引き絞める。ゴルトンはリオをソファに座らせ、コホンと咳払いをした後話を切り出した。
「さて、我輩も陛下より話は聞きました。今回の敵……人造魔神とやらの戦い、微力ながら手助けしましょう。リオくん、これを」
「これは……カギ?」
ゴルトンがリオに手渡したのは、青と金のカラーリングが施されたカギだった。不思議そうにカギを眺めているリオに、ゴルトンは説明を始める。
「そのカギには転移石の機能が組み込まれていましてな、この街の地下にあるティタンドールの格納庫に行き先を設定してあります」
「ティタンドール……」
――ティタンドール。歯車とスチームパイプで作られた、グリアノラン帝国が誇る機巧の巨人。少し前、ティタンドールに乗り込み創命異神ラギュアロスと戦ったのは記憶に新しい出来事だ。
「ガルキート将軍から報告を受けましてな、我輩いたく感動し、確信したのですよ。君ならば、ティタンドールの実力を完全に発揮させることが出来ると」
「いえ、あの時はふーちゃ……ファティマさんも一緒でしたから」
熱のこもった声でそう口にするゴルトンに、リオは遠慮がちに答える。ティタンドールを操り、レオ・パラディオンとして覚醒させられたのは自分一人の力ではないと。
そんな謙虚さを見せるリオをますます気に入ったらしく、ゴルトンは朗らかに笑う。くるんとカールした口ひげを撫でながら、何度も一人で頷く。
「だからこそ、君に託したいのだよ。ティタンドールは強大な兵器。だからこそ、その力に驕らず正しく使える者がこのカギを持つべきだと……我輩は考えているんだ」
「……分かりました。そこまで言ってくださるなら、このカギは僕が預かります」
ゴルトンの信頼を無下にしてはならないと、リオはカギを懐にしまう。一連のやり取りを黙って眺めていたメルンは、ゴルトンから話を引き継ぐ。
「さて、リオよ。すでにメルミレン周辺の町で魔族どもが活動しておるという報告がいくつか上がっておる。恐らく、エルディモスとやらの部下じゃろう。明日からでよい、そやつらの討伐を頼めるかの?」
「魔族……分かりました。僕がそいつらをやっつけて、町の人たちが安心して暮らせるようにしますね!」
メルンの言葉に、リオは頷く。ゴルトンは棚の中からメルミレン周辺の地図を取り出し、机の上に広げる。周辺の町の状況がどうなっているのか、リオは説明を受けた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……ふう。ようやく戻ってこれたわ。さて、兄上はどこだ?」
聖礎エルトナシュアに戻ったアイージャは、レケレスを探すための助言をもらうためエルカリオスを探す。大聖堂の裏手に造られた訓練場を覗くと、カレンがバテていた。
「おー……? なんだ、幻覚か? いるはずのねぇアイージャが見えるぜ……」
「妾は本物だ、カレン。エルカリオスの兄上がどこにいるか知らぬか?」
「……あっち」
まともに受け答えをするだけの体力も残っていないらしく、カレンは顎で訓練場の奥の部屋を示す。アイージャは苦笑いを浮かべつつ礼を言い、奥の部屋へ向かう。
「兄上、ちと相談が……」
「動きが悪いぞダンスレイル! 常に周囲に気を配れ! ほら、また左足への意識が薄れているぞ! それでは足払いへの対処が遅れる、気を引き絞めろ!」
「ハア、ハア……兄さん、少し休憩……」
部屋の中では、ダンスレイルとエルカリオスが組み手を行っていた。部屋の片隅には打ちのめされたダンテとクイナが倒れており、失神してしまっていた。
地獄の修行の真っ只中に帰還してしまい、アイージャは無言で扉を閉めようとする。すると、ダンスレイルに一本背負いを決めつつエルカリオスが声をかけてきた。
「どうした、アイージャ。入ってくるといい。私に何か相談があるのだろう?」
「……聞こえておったか。では、入らせてもらうぞ」
アイージャは苦笑いしつつ部屋に入り、エルカリオスにこれまでのことを話して聞かせる。レケレスが魔族に捕らえられている可能性がある……そう聞かされたエルカリオスは、険しい表情を浮かべる。
「……レケレスの力を抽出? 人造の魔神? 魔族どもめ……! 我が妹に苦痛を与えるのみならず、我らの父を汚すような行いをするとは! 断じて許すまじ! 話は分かった。レケレスの気配を探ってみよう。リオに力を与えたのならば、すでに目覚めているはずだからな」
エルカリオスは怒りの叫びを上げた後、一旦クールダウンしレケレスの気配を探り始める。アイージャが見守るなか、エルカリオスはピクッと眉を動かす。
兄が困惑していることを察し、アイージャは声をかける。
「兄上、何か分かったのか?」
「……何かおかしい。レケレスの気配が、急速に近付いて……!? いや、もう一つ気配がある。これはまさか……!」
次の瞬間、闇のゲートが部屋の中に出現する。その中から現れたのは――レケレスを横抱きにした魔王グランザームだった。アイージャたちが身構えると、魔王は声をかける。
「武器を納めよ。事情は把握している。我が配下が約束を破り、迷惑をかけたようだ。その詫びとして、この者を送り届けにきた」
「……その言葉、偽りではないだろうな。少し試させてもらおう。審判の炎!」
エルカリオスは大きく息を吸い込み、偽りの言葉を口にする者を燃やし尽くす火炎を吐きつける。グランザームは炎に包まれるも、焼かれることなく無傷のままであった。
「……偽りではないようだ。失礼なことをした、魔王よ。妹を連れてきてくれたこと、感謝する」
「礼は必要ない。全て我が配下の不始末。むしろこちらが詫びねばならぬことだ。では……余はこれにて」
グランザームはそう言うと、レケレスをアイージャに託し魔界へと帰っていった。エルカリオスは息を吐くと、アイージャに向かって告げる。
「アイージャ。敵の情報を詳しく聞かせろ。私も……打って出る」




