164話―雪船、出航!
翌日の早朝。柔らかい新雪が積もった雪原の上を、五隻の軍艦――雪船が北へ向けて航行していた。四隻の雪船が中央の船の前後左右に配置される形で、城塞都市メルミレンへ向かう。
中央の船にはメルンと彼女を護衛するため、リオたちが乗っている。セレーナはオゾク、ガルキートと共にすでに地下通路を通ってメルミレンに向かっているため、同乗していない。
「わぁー、凄いなあ。雪の上をこんなに早く動くなんて……」
「リオよ、あまり端の方に寄るでないぞ。命綱を付けているとはいえ、雪原に落ちたら無事では済まぬからな」
甲板の端っこから雪原を見下ろしていたリオに、アイージャがそう声をかける。二人の身体には命綱となる鎖付きハーネスが接続されており、メインマストと繋がっていた。
同じく甲板にいるモローは、いつ敵の襲撃があってもいいよう油断なく周囲を見渡していた。まだ敵影はないが、気を緩めるわけにはいかない。この作戦の成否は、リオたちにかかっているのだ。
「……敵の気配なし、と。このまま出てこないならありがたいんだがね……む?」
そう呟いていたモローのセンサーが、なにかを捉えた。遥か前方にある、無数の大岩が転がる地帯から大量の敵性反応を検知したのだ。
「……お主ら、来るぞ。奴ら、ロールストーン帯に潜伏しとるようだ」
「ロールストーン帯?」
「うむ。マギアレーナとメルミレンの間には、巨大な岩がいくつも雪原を転がる危険地帯がある。わしらはそこをロールストーン帯と呼んでおるのだ。恐らく、岩を使って雪船を破壊しようって魂胆なんじゃろう」
モローはリオとアイージャに説明をしつつ、敵の狙いについて予想する。すでに、転がっている無数の岩が遠目に見える距離に近付いてきていた。
猛スピードで岩が転がり、不規則な動きで行ったり来たりを繰り返している。普段なら大きく迂回してロールストーン帯を回避するとのことだが、今回は違う。
この先にいるであろう人造魔神たちを撃破するため、五隻の雪船は真っ直ぐ岩の群れの中に突っ込んでいく。リオたちと人造魔神の戦いのカウントダウンが、静かに始まった。
◇―――――――――――――――――――――◇
少しだけ時間はさかのぼる。ロールストーン帯の中央部に、ワイヤーで雪原に固定された大岩が三つあった。そのうちの一つには、弓の魔神リーロンが鎮座していた。
残る二つの岩の上に築かれた足場には、魔族と自動人形の混成部隊が二十人ずつ待機しており、雪船の到着を待っている。リーロンは腕を組み、ニヤリと笑う。
「フッ、バカな奴らだ。わざわざ雪原を移動するとはな。おとなしくマギアレーナに籠っていればいいものを」
自分たちを誘き寄せるための作戦だとは露知らず、リーロンはそう呟く。彼は雪船がロールストーン帯に近付き次第、岩を突撃させて船ごとメルンを仕留めようと目論んでいた。
しばらく待機していると、巨大な鳥の魔物に乗った魔族兵が偵察から戻ってきた。五隻の雪船がもうすぐロールストーン帯に到着すると告げられ、リーロンは部下たちに号令をかける。
「よし、行くぞお前たち! 女帝メルンの首を捕り、エルディモス様に勝利を捧げるのだ!」
「おおーー!!」
魔族兵たちは鳥の魔物を駆り、自動人形たちは転がる大岩の上を飛び移りながら雪船に接近し、攻撃を仕掛ける。一方、リオたちも敵の接近に気付き、迎撃を行う。
「十時の方向から八人、二時の方向から六人の敵の接近を確認! 大砲を撃て!」
モローが指示すると、前後左右を囲む四隻の雪船の甲板が開き、中から六つの大砲が現れた。自動的に照準が敵に合わされ、砲弾が放たれる。
戦いが始まり、リオたちは雪船に迫ってくる魔族兵や自動人形たちを迎え撃つ。甲板に乗り移ろうとする敵に対し、リオは飛刃の盾を投げつける。
「一人もこの船に乗せないよ! シールドブーメラン!」
「ぐおあっ!」
「遅いわ。そんな速度で妾に勝てるものか!」
「ぎゃっ!」
アイージャはアムドラムの杖を使い、身に纏う鎧のパーツを飛ばし魔族たちを雪原に叩き落とす。新雪に埋もれてもがく魔族兵は、転がってきた大岩に轢き殺された。
敵の攻撃や転がってくる大岩を避けねばならず、雪船は右へ左へ大きく揺れながら猛スピードで進んでいく。命綱を付けていなかったら、リオたちはとっくに雪原へ投げ出されていただろう。
「よっと! なかなか、数が減らないね!」
「まだまだ、戦いは始まったばかりだワイ。そうそう終わりはせんよ」
雪船に乗り込もうと飛びかかってくる自動人形を一瞬で分解しつつ、モローはそう呟く。その時、リオたちが乗る旗艦を守っていた雪船の一つが、突如爆発した。
「ハハハハ! 一日ぶりだな、大地の民ども! お前たちの首、このリーロンがいただきに参上したぞ!」
「リーロン! お前の仕業か!」
「いかにも。爆発の魔法を込めた矢で、あのガラクタを沈めてやったのさ」
大岩の上を軽快に飛び移りながら、リーロンは大笑いする。弓に矢をつがえ、二隻目の雪船に向かって放つ。第一射は砲弾によって相殺されたが、間髪入れず放たれた第二射は防げず轟沈させられてしまう。
「また雪船が……」
「落ち着け、リオ。妾たちが乗っている船以外は全て無人だ。焦る必要はない」
「あっ、それもそうだね」
あっという間に雪船を二隻失ったことに歯噛みするリオに、アイージャはそう声をかける。そう、旗艦以外の四隻の雪船は、魔法により遠隔操縦されている囮なのだ。
それも、ただの囮ではない。破壊されると同時に、船内に内蔵されている無数のワイヤーアンカーが飛び出し敵を一網打尽にする仕掛けが施されているのである。
「よし、ワイヤーアンカー、発射!」
「な……チッ!」
爆炎を上げながら雪の中に沈んでいく二隻の船の中から、無数のワイヤーアンカーが飛び出し魔族兵や自動人形たちに襲いかかる。
リーロンには避けられてしまったものの、彼の部下たちを一網打尽にすることには成功し、一気に敵の数を半分に減らすという成果を上げることが出来た。
「これは一本取られたな。一気に部下を減らされてしまった。だが! 私には傷一つない!」
「ねえ様、来るよ!」
リオが叫ぶと同時に、リーロンは大きく跳躍し旗艦の右隣を航行する雪船に飛び乗ってきた。馬の胴体の背中の一部が開き、中から無数のコードが出てくる。
リーロンはコードを雪船の甲板に突き刺し、内部深くまで潜り込ませる。魔法エンジンにコードを接続し、魔力を流し込んでコントロール権を強奪したのだ。
「あいつ、雪船を……」
「どうだ? これなら存分に……貴様らに矢を放てるというものだなぁ!」
そう叫ぶと同時に、リーロンの両肩のパーツがスライドし、中から新たに腕が現れた。肘から先がボウガンになっており、魔法で作られた矢が次々と放たれる。
リオとアイージャは飛んでくる矢を打ち落としつつ、生き残ったリーロンの部下とも戦う羽目になってしまう。二十人近くいる敵の攻撃を前に、リオは切り札を解禁する。
「数が多すぎる……よし、こうなったら! ビーストソウル……リリース! からの……サンダーブリザード!」
「モロー、リオの攻撃が始まる! 妾の鎧の中に隠れよ!」
「ほい……よ!」
獣の力を解放したリオは、ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた黄色と青色の宝玉の力を解き放つ。すると、電撃を纏う猛吹雪が巻き起こり、魔族兵や自動人形たちを攻撃する。
「ぐああっ! か、身体が凍る……」
「まずい、出力が……」
魔族たちは騎乗している鳥ごと身体を凍り付かされ、地面に落下していく。一方、自動人形たちは電撃によってシステムに異常が発生し、次々と機能停止してしまった。
「全滅、か。まあよい、この程度は予想していたこと。だが! この技はかわせまい! ギガンテック・アロー!」
「かわす? そんな必要はないよ。僕にはコレがあるからね! 出でよ、凍鏡の盾! 食らえ、ミラーリングインパクト!」
部下たちを全滅させられてなお余裕の態度を崩さす、リーロンは四つの矢を融合させ、巨大な矢をリオへ放つ。対するリオは氷の盾を作り出し、必殺の矢を跳ね返してみせた。
「ぐっ……しまった! この距離では……チィィ!」
ギガンテック・アローを跳ね返されたリーロンは、雪船を操って避けようとする。が、距離の関係で回避することは出来ず、雪船は矢の直撃を受け木っ端微塵になった。
「やった! リーロンを倒したぞ!」
「うむ。案外あっさり倒せたの」
リオとアイージャは、リーロンを撃破出来たことを喜ぶ。しかし、モローだけは真剣な表情を浮かべたままだった。
「……いや、奴は死んどらん。来るぞ!」
「え!?」
次の瞬間、大音量のエンジン音と共に雪船の残骸の中からリーロンが飛び出してきた。彼の下半身は、巨大なオフロードタイヤが付いたバイクへ変形していた。
「ハハハハハハ!! あの程度で私は死なない! さあ、ここからが本番……死の雪上チェイスの始まりだ!」
弓の魔神との本当の闘いが、始まる。




