161話―人形たちの前奏曲
中庭に飛び出したモローは、蹴りを放ってリーロンを吹き飛ばしつつ芝生の上に着地する。対するリーロンも巧みな空中制御によって体勢を整え地に降り立つ。
「この私を相手に選ぶとは、お前は見る目があるな。さあ、我が矢に……」
「一ついいかい。お前さん、リミッターがかけられてるだろう。なんでそれを外さない?」
リーロンの言葉を遮り、モローが疑問を投げ掛ける。蹴りを放った時に、僅かな手応えの違いから相手の身体にリミッターがかけられていることを見抜いたのだ。
はじめは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたリーロンだったが、やがて大笑いしながら話し出す。
「見抜いたか。そうだとも、我々四人には力を制御するためのリミッターがかけられているのさ。まだ試験段階なのでね、暴走しないよう抑えねばならないんだよ。ま、お前には関係ないさ!」
「関係ならある。リミッターがかかってるなら、お前さんは自分に言い訳が出来るだろう? わしに一瞬で敗れても……力が制限されていたのだから」
「なっ……くっ!」
モローは自分目掛けて飛んでくる無数の矢、その全てを紙一重で避けながらリーロンに肉薄する。対するリーロンは中庭を縦横無尽に駆け回り、接近を許さない。
絶対にモローに触れられてはいけない――リーロンの頭脳回路がそう判断したのだ。だからこそ、攻撃を畳み掛ける絶好のチャンスが訪れても迂闊に攻めず、様子を窺う。
「ほう、思慮は深いな。感心感心」
「フン、そうやって得体の知れない雰囲気を醸し出していれば私が怖じ気づくとでも? 逃げてばかりで私は倒せん!」
弓に五本の矢をつがえながら、リーロンはそう叫ぶ。これまで一切攻撃する素振りを見せないモローに、少しずつ警戒心が膨れ上がってきていた。
「そうかい。んじゃ、そろそろやらせてもらうかね。三"かい"のモロー……参る」
「!? はや……」
次の瞬間、モローの姿が消えた。リーロンが驚いている間に、モローは彼の背後に出現する。右手には、いつの間にかペンチやドライバーといった工具が握られていた。
リーロンは素早く自分の身体をチェックし、攻撃されていないかを確かめる。何事もないことが分かり、安堵の笑みを浮かべながら振り向き、弓を引き絞る。
「ハハハ、驚かせやがって! ただ速いだけのこけおどしに過ぎな……!?」
「……残念だがね、お前さんはもう終わりだよ」
モローがそう呟くとの同時に、リーロンの両腕がバラバラに分解されてしまった。中庭に散らばるパーツを呆然と見ている彼に、モローは言葉を続ける。
「わしの二つ名……三"かい"の一つ『分解』。どんなキカイも、一瞬でバラせるのよ。なんせ、四百年も生きとるでな、どこをどうイジればいいのか……見ただけで分かるのじゃ」
「なる、ほど……。人形を最もよく知るのは同じ人形。これはしてやられたよ」
両腕を分解され、攻め手を失ったリーロンは薄ら笑いを浮かべながらそう口にする。これ以上戦えば、全身をバラバラにされかねない。
そう判断したリーロンは、迷うことなく撤退を選択した。体内に内蔵されている転移石を起動させ、エルディモスの研究所へと戻っていく。
「今回はお前の勝ちということにしておいてやる! だが、次に会った時……リミッターを解除した私の恐ろしさを思い知らせてやるからな!」
「ま、期待しないで待っておくワイ」
捨て台詞を残してリーロンが消えた後、モローはそう呟く。謁見の間に戻ろうとしたその時――分解されたリーロンの両腕のパーツが浮き上がり、彼の身体を拘束してしまった。
「……遠隔操作か。こりゃ一本取られたワイ。メルン陛下、もうしばらくお待ちを」
最後っ屁をまんまと食らってしまったモローは、己の不覚を恥じつつ拘束を外そうとするのだった。
◇―――――――――――――――――――――◇
モローとリーロンの戦いに決着が着いた頃、宮殿の屋上ではファティマとフレーラが激しい戦いを繰り広げていた。巨大な包丁が空を裂き、扇が宙を舞う。
「なかなかやりますね。ですが……リミッターがかかっている相手に負けるほどわたくしは弱くありません」
「いーや、負けてもらうよ? リーロンはやられちゃったみたいだけどぉ~、私はそう簡単にやられないよぉ? それっ!」
フレーラが扇を振ると、風の刃が発生しファティマ目掛けて飛んでいく。ファティマは包丁を盾代わりにして風の刃を防ぎ、フレーラに向かって攻撃を行う。
「ウォッシングプログラム……サンフレア!」
「おおっ!? 目からビーム! 凄い技だねぇ!」
両目から熱線を放ちフレーラを狙うファティマだが、本物の蝶のようにヒラリヒラリとかわされてしまい攻撃が当たらない。フレーラは熱線を避けながら扇を振り、反撃をする。
一旦熱線を止め、風の刃を避けながらファティマは思考を巡らせる。どうやってフレーラの動きを止め、必殺の一撃を叩き込むかを。
(さて、どうしましょう。敵の空中における機動力は非常に高くわたくしではまず追い付けない。となれば、相手の動きを誘導して……)
「なに考えてるのぉ? ぼーっとしてるとすっごいのがきちゃうよぉ! エアロマンティス・ブレイダム!」
フレーラが扇を激しく振ると、風の渦が巻き起こり巨大なカマキリを形作る。風で出来たカマキリは腕を振り上げ、ファティマへ斬りかかった。
思考を中断し、ファティマは後ろへ飛んでカマキリの攻撃を避ける。続いて飛んできた第二撃を包丁で防ぎ、熱線を放って風を霧散させてカマキリを消滅させた。
(あまり時間はかけられませんね。このまま攻撃が続けば、間違いなく不利になる。……仕方ありません。こうなれば、切り札を一つ切りましょうか)
さらなる隠し球を出される前に決着を着けるべく、短期決戦を仕掛けることをファティマは決意した。魔力を己の体内に流し込み、カラクリを起動させる。
歯車の組み合わせが変化し、ガコンガコンと音を鳴らしながらファティマの両足を変化させていく。再び風のカマキリを作り出そうとしていたフレーラは、その変化に気付いた。
「あれー? 足の形が変わったよ? なんだか面白いことをやってるねぇ」
「ええ。貴女と踊るための素敵なガラスの靴を履かせていただきましたもので、ね。では舞いましょう。……スチーム・ジェット!」
ファティマがそう叫ぶと、両足の踵から高温の蒸気が噴き出して彼女の身体を宙へと浮かべる。足の裏からも蒸気を噴き出してバランスを取りつつ、フレーラへ接近する。
「わーお! 空が飛べるんだねぇ、やるじゃ~ん。でも……それじゃあ小回りは全然利かないねえ!」
そう言いつつ、フレーラはヒラリと宙返りして突進してきたファティマを避けた。リオやフレーラと違い、噴き出す蒸気の反動で飛ぶファティマは小回りがほぼ利かないのだ。
「ええ。ですが、貴女を倒すのに苦労はしないかと。スチーム・ジェットはただの移動手段……切り札は別にありますので」
「……へ?」
「では始めましょう。ミュージックプログラム……戯曲『悪魔たちの黄昏』」
空に浮かぶファティマの身体が変形し、四肢のある等身大のリュートになった。弦がかき鳴らされ、強烈な音波がフレーラへと襲いかかる。
ファティマがスチーム・ジェットを使ったのは、フレーラと空中戦をするためではない。攻撃範囲をコントロール出来ない音波から宮殿を守るためなのだ。
「あ、ぐ……ああああっ!! 身体が……き、軋むううう!!」
「苦しいでしょう? まあ、当然ですね。精密なパーツで作られたわたくしたち自動人形にとって、身を揺るがす音波は猛毒にも等しいのですから」
フレーラはどうにかして音波から逃れようと突風を起こすも、実体のない音には何の意味もない。これ以上音波による攻撃が続けば、パーツが共振を引き起こし破損する。
そう考えたフレーラは、リーロン同様転移石を起動させ撤退する。
「よくもやってくれたね……! 次に会ったらけちょんけちょんにしてやるんだから! 怒ったちょうちょの恐ろしさ、味わわせてやる!」
「ええ、お待ちしています」
怒り狂うフレーラに涼しい顔を向け、ファティマはそう口にする。敵の転移が終わった後、ファティマは宮殿の屋上に降り立ち元の姿に戻った。
魔力を大量に消耗してしまったファティマは苦しそうに顔を歪め、その場に座り込んでしまう。
「いけませんね。やはり……あの技は魔力の消耗が多すぎて……もう、身体が……」
エネルギー切れになったファティマは、その場から動けなくなってしまう。幸い、しばらくじっとしていればある程度は回復し動けるようにはなる。
「……我が君。もう少しだけお待ちください。必ず、助太刀致します」
宮殿の中から聞こえてくる激しい戦いの音を聞きながら、ファティマはそう呟くのだった。




