154話―裏に潜む陰謀
「な、何をするつもり? 言っておくけど……私はどんな拷問にも屈さないわよ」
「と、言うておるぞリオ。さて、どういぢめる?」
捕らえられた魔族兵は、段々落ち着きを取り戻してきたらしく強気な発言をする。それを聞いたアイージャは、ニヤニヤと笑いながらリオの方へ視線を向けた。
リオはジーッと魔族の女を見ながら、どうやって情報を聞き出そうか思案する。他の乗客や車掌たちに魔族がいることが分かれば、たちまちパニックが起こるだろう。
そうなってしまえば、混乱のどさくさで逃げられてしまいかねない。故に、穏便な手段で情報を吐かせようとリオは考える。
(うーん、どうやったら情報を話してくれるかな……。あ、いいこと考えたぞ!)
「ねえ様、ちょっと……」
「ん? どうした、リオ」
何かを閃いたようで、リオはアイージャを手招きしひそひそと耳打ちする。ふむふむと聞いていたアイージャは、意地の悪い笑みを浮かべながら魔族の女を見る。
「……なるほど。それはよさそうじゃな。よし、早速やるか」
「何をするつもりだ? 私は痛みを耐えるのには馴れているぞ。そう簡単に口を……おい、何故ブーツを脱がすのだ、お……ひゃあっ!?」
「そーれ、こちょこちょ~」
女のブーツを脱がし、裸足にした後リオはしっぽを這わせくすぐり攻撃を開始したのだ。魔法や薬を使えば、確かに痛みに対する耐性は得られる。
しかし、くすぐったさを我慢することはいかなる魔法や薬でも不可能なのだ。
「あははははは!! ちょ、ま、やめ、あはは、あははははははは!!」
柔らかな毛並みのしっぽが、不規則な動きで女の足の裏を攻め立てていく。つーっとなぞるような動きをしていたかと思えば、先端でつんつんとつつき始める。
押し寄せるこそばゆさに、魔族の女は我慢出来ず大声で笑ってしまう。どれだけ大声を出しても、事前にアイージャがかけた防音の魔法により外に声は漏れないが。
「どうする~? 誰の命令で僕たちを襲ったのか話してくれたら止めてあげるよ?」
「ぜぇ、ぜぇ……。だ……誰が話すものか。兵士の誇りにかけて絶対にしゃべらんぞ……」
しばらくして、リオは一旦くすぐり攻撃を止めて女に問いかける。が、女は情報を話すことを拒否し、敵意のこもった目でリオを睨む。
「なるほど、話すつもりはないと。我が君、如何致しますか?」
「んー……じゃあ、再開! それ~!」
情報を吐くつもりなしと判断し、リオはくすぐり攻撃を再開する。今度はより激しいくすぐりを行い、女を攻め立てる。どうにか笑いを堪えようとしていた女に、さらなる絶望の宣告が行われた。
「しぶとい奴め。リオよ、妾も手を貸そう。こやつ、脇の下あたりが弱そうだからな、そこを……」
「や、やめてえ……話す、話すから……。あひゃひゃひゃ! も、もう勘弁してぇ……」
二人からのくすぐり攻撃には耐えきれない。そう判断した女は息も絶え絶えに降伏を宣言した。そして、リオたちに誰が今回の襲撃を指示したのかを吐く。
「……今回の件は、エルディモス様の命令よ。グランザーム様との口約束ですっかり油断してるだろうから、もう一つの作戦と平行して始末してこいって……」
「ん? もう一つの作戦だと? 貴様ら、何を企んでおる?」
「え? あっ!」
アイージャに詰問され、女は『しまった!』とでも言わんばかりの表情を浮かべる。延々とくすぐられ続けたことで頭に酸素が回らず、つい不要な情報まで喋ってしまったのだ。
リオがもう一つの作戦の詳細を聞き出そうとしたその時……どこからともなく歯車の回る音が響く。耳を澄ませると、歯車が回る音は女の体内から聞こえていた。
「あ、あ……。この音は……! いや、死にたくない、まだ死にた……きゃあああああ!!」
「こ、これは!?」
次の瞬間、女の体内から無数の小さな歯車が飛び出し身体を覆い尽くす。しばらくうごめいていた歯車が消滅した後、女は影も形もなくなっていた。
「……生命反応、消失。おそらく、あの歯車によって口を封じられたかと」
「そこまでして僕たちに聞かれるのを阻止するなんて……。一体、そのエルディモスって奴は何を企んでいるんだろう」
ファティマはスキャン機能を使い、女が死んだことをリオに告げる。リオは女の死を悼みつつ、そうまでして口を封じねばならない『もう一つの作戦』について考える。
襲撃者たちを退け、敵の正体を掴んでなお――リオの心には、一抹の不安が残っていた。
◇―――――――――――――――――――――◇
「……チッ、やはりダメか。人形ならいけるかと踏んだが……そう甘くないな」
その頃、エルディモスはかつてザシュロームが所有していた城を訪れていた。ザシュロームが遺した魔傀儡を盗み出し、自身の実験の材料にするためだ。
装置を持ち込んで実験を行っていたエルディモスは、中々満足のいく結果が出ないことに苛立ちを募らせる。ザシュロームが制作した人形すらも、魔神の力に耐えられないのだ。
「やはり……ここはグリアノラン帝国の人形を素体にするしか方法はないか。本当はあのファティマを使いたかったが……いないものは仕方あるまい……ん?」
一人でブツブツ文句を呟いていると、エルディモスの元に一匹のミニードアイバットが飛んできた。映し出された映像から、エルディモスは配下の敗北を知る。
「……チッ! 腹立たしいことは立て続けに起こるものだな。役立たずどもめ……通りでさっき歯車が揺れたわけだ、ゲロりやがったなあのクソめが!」
怒りを爆発させ、エルディモスは部屋に転がっていた作りかけの人形を蹴り飛ばす。荒い息を吐きながら、まだ使われていない人形を担ぎ上げる。
「……まあいい。幸い別動隊の存在はバレてないからな。俺もじきにグリアノランへ行く。直接、この手で素体を選別しないとならん。ま、その前にやることがあるがな」
そう呟き、エルディモスはザシュロームの城を後にする。魔王の城にて行われる、自身の幹部昇進を祝う式に出席するために。
◇―――――――――――――――――――――◇
『――えー、次はー、首都マギアレーナ。首都マギアレーナ。停車時間は三十分です。お降りの方は忘れ物がないよう――』
「やっと着いたね、ねえ様。結構かかっちゃったね」
「うむ。まさか丸一日かかるとは思わなかったぞ」
翌日の朝、リオたちはグリアノラン帝国の首都、マギアレーナのターミナルに到着した。長い列車の旅を終え、三人はホームの外に出る。
人混みの中を通り、ターミナルの改札をくぐると、デカデカと掲げられた看板を持った人物が少し離れ広場に立っていた。看板には『歓迎、盾魔神御一行様』と書かれている。
「……分かりやすいね、あれ」
「そうですね、我が君。まあ、延々とさ迷うよりはいいでしょう。さ、あちらへ」
ファティマはそう言うと、ひょいとリオをお姫様抱っこする。それを見たアイージャは、ファティマに向かって大声で怒鳴りつけた。
「こら、何をやっておる! 抜け駆けはさせぬと言ったであろうが!」
「あら、そう言えばそうでしたね。あ、わたくし両手が塞がっていますので、荷物はお任せしますよ」
ぐぬぬと歯ぎしりするアイージャを尻目に、ファティマは悠々と歩いていく。迎えに来ていた軍服の女性の元にたどり着くと、元気よく挨拶される。
「おはようございまーす! あなたがリオさんですね!? わー、ホントに猫耳なんですねー。ピコピコしてて可愛い! あ、申し遅れました。私ルーシーと言います、よろしく!」
「あ、ありがとう……」
朝っぱらからテンションがとんでもなく高い女性――ルーシーに猫耳を撫でられ、リオは恥ずかしそうにファティマの胸に顔を埋める。
「……ルーシーと言いましたね?」
「へ?」
「グッジョブです」
「はあ……」
リオに密着されるという予想外の展開に、ファティマは表情こそ冷静さを保っていたが、だいぶ嬉しそうな声でルーシーにお礼の言葉を述べた。
そこに三人分のトランクを持ったアイージャが合流し、リオたちはルーシーに案内され街を進む。曇り空の下、リオはアーティメル帝国とは違うマギアレーナの街並みを見る。
「……凄いね。あちこち歯車とパイプでいっぱいだ」
「ええ、そうなんですよ! この国はとっても寒いので、パイプを通して熱ーい蒸気を循環させて街全体をあったかくしてるんですね! ちなみに、動力源があの時計塔の中にありますよ!」
興味津々といった感じで街並みを眺めるリオに、観光ガイドのごとくルーシーは解説をする。彼女の話に耳を傾けながら、リオたちは宮殿へと向かっていった。