135話―鎚魔神カレン・サンダルグライト
「さあ、味わいやがれ! てめぇがこれまで弄んだ死者たちの苦しみを! たっぷりとな!」
「うふふ。そう上手くいくかなぁ? やってごらんよぉ」
カレンとペルテレルは互いに睨み合い、同時に仕掛ける。鈍重そうな見た目とは裏腹に、蛇の化身となったカレンは猛スピードで敵に肉薄ししっぽを突き出す。
「食らえや! スネイクテイル!」
「おお、痛い痛い。あ、ボクじゃなくてこの死人がね?」
しっぽはペルテレルのみぞおちを捉え、深々と突き刺さるも有効打を与えることが出来ない。そればかりか、彼女に取り込まれた死者を苦しめることになってしまう。
カレンは舌打ちをしつつ、一旦ペルテレルから距離を取る。それを見た闇寧異神は、ステッキを振りかぶり無数の土のトゲを作り出し、カレンに向けて発射する。
「逃がさないよ~? ストーンスパイク!」
「舐めんな! ライトニングサイクロン!」
飛んでくる土のトゲを見ながら、カレンは不敵に笑う。金棒を小雷の鎚に変化させ、柄の先端に取り付けられた腕を通すヒモを掴み、凄まじい勢いで回転させる。
すると、鉄槌から電撃がほとばしり、ストーンスパイクを片っ端から叩き落としていく。その様子を見ていたペルテレルは、パチパチと拍手をする。
「おおー、凄いねぇ。上手上手~」
「バカにしやがって……! こいつを見てまだそんな態度でいられるか見せてやる!」
どこまでも小バカにしてくるペルテレルに対して苛立ちを覚えつつ、カレンはもう一つの金棒も小雷の鎚に変化させた後、背中にある五つの太鼓を叩き始めた。
リズミカルかつダイナミックなサウンドが響き渡るなか、二人の周囲にパチパチと静電気が起こり始める。ここに至って、ようやく異神は警戒心を抱き始めたようだ。
「ん~? 何かな、これはぁ~」
「決まってるだろ? てめえを葬るための……序曲を奏でてんのさぁっ! レイジング・ビート!」
両端にある太鼓が同時に打ち鳴らされたのを合図に、カレンの身体を電撃が駆け抜けていく。活力がみなぎり、身体能力が劇的に強化される。
「てめぇが死者を身代わりにするより早く! 本体を叩き潰してやる!」
「へぇ、考えたねぇ。でもそう上手くいくかなぁ? こうすればさぁ……攻撃出来るぅ?」
ペルテレルはオーブを出現させ、紫色の光を自分自身に照射する。すると、ドレスが無数の死者の顔へと変化し、苦しみの声をあげ始めた。
光の影響か、死者たちは明確に理性を取り戻しているようで、カレンに気が付くと口々に助けを求めてくる。あまりにも哀れな死者たちに、カレンは戸惑ってしまう。
「あんたぁ……助けてくれぇ……! いてえんだよう、助けてくれよう……」
「苦しい……苦しいよお……パパ……ママ……どこぉ……」
「ぐっ……! ダメだ、アタイには……これ以上、死者たちを苦しめることは出来ねえ!」
涙を流し、苦しみからの解放を願う死者たち。そんな彼らに、ペルテレルを倒すためにさらなる苦痛を与えられない。カレンは苦悩の末、攻撃を止めてしまった。
そんなカレンを見ながら、ペルテレルは大笑いする。ステッキを突き刺して死者を苦しめながら、ニヤニヤと悪意に満ちた笑みを浮かべ挑発する。
「あらあら~、あんなに勇ましかったのにねぇ。すっかり縮こまっちゃってさぁ。ふふん、このオーブがある限り、死者はボクの意のまま……!?」
その時だった。ペルテレルの身体に異変が起きる。それまで苦しみ嘆いていた死者たちの顔が、突如として晴れやかなものへと変わったのだ。
――この時ちょうど、リオたちが死者たちの埋葬を行っていたのだが、カレンたちは知る由もない。
「ああ……誰かが、私たちの骸を……ありがたい。これで……やっと、眠れる……」
「パパ……ママ……もう、苦しまなくていいんだね……」
「痛みが、消えていく……。ありがとう、ありがとう……」
安らかな顔を浮かべ、一つ、また一つと死者たちがペルテレルから解放されていく。想定外の事態の発生に、流石に異神も動揺しているようだ。
「う、嘘……。有り得ない! ボクの死者を支配する力はカンペキなのに! こんなことが……」
「へっ、何が死者を支配する力だ。くだらねえ。ま、所詮出来損ないの神様じゃあよ、こうなるのも当然だな!」
もはや憂いることはない。死者を苦しめる必要がなくなったカレンは、躊躇することなく――ペルテレルに怒涛の連続攻撃を叩き込み始める。
彼女に弄ばれ、苦しみを味わわされた者たちの悲しみ、怒りを込めて。
「さあ、お仕置きの時間だぜクソガキ! てめえが散々弄んできた死者たちの痛み……今度はてめえが味わえ! サンダージャベリン・スコール!」
「くっ、そんなもの!」
カレンが鉄槌同士を叩きつけると、暗雲の中から雷の投げ槍が雨あられと降り注ぐ。ペルテレルは高速の剣捌きで自分目掛けて落ちてくる雷を叩き斬る。
雷の投げ槍はペルテレルに有効打となることはなかったが、カレンにとって問題はない。むしろ、サンダージャベリン・スコールはただの囮なのだ。
本命である、カレン自身の攻撃を――ペルテレルに叩き込むための。
「ハッ、上ばかり見てるとそれ以外がおろそかになるぜ! ほおら、がら空きだ!」
「しまった!」
ペルテレルはカレンの狙いに気付くも、もう遅い。気が付いた時には、すでにカレンは異神のふところに潜り込んでいた。鉄槌に雷を宿し、怒りの一撃を叩き込む。
「これで終わりだ! ライトエンド・ブレイカー!」
「ぐっ……がああああっ!!」
全力を込めたカレンの攻撃を受け、ペルテレルは悲鳴をあげながら旧首都がある東へと吹き飛ばされる。長い長い距離を吹き飛び、地面を転がり、やっと異神の動きが止まった。
ドレスは破け、身体は血と泥にまみれ汚れている。ペルテレルはステッキを支えになんとか立ち上がり、傷を再生させつつ、カレンへの憎悪に顔を歪める。
(許せない……! 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない!! このボクを、ここまでコケにしやがって! 殺す! あいつだけは絶対に!)
荒い息を吐きながら、ペルテレルはカレンがやって来るであろう西の方角を睨み付ける。そのせいで、彼女は気付くのが遅れてしまった。
己の背後――旧首都の方から、リオたちがカレンと合流するためやって来ていることに。
「あれは……! ねえ様、ダンねえ! 間違いない、気配の正体はあいつだ!」
「ふむ。見たところ異神で間違いあるまい。リオ、姉上、仕掛けるぞ!」
「りょーかーい!」
リオたちは遠目に見えるペルテレルが異神であることを見抜き、先制攻撃を仕掛けようとする。ペルテレルにとってさらに悪いことに、ちょうどカレンが到着しようとしていた。
「待たせたなぁ! まだ生きてやがるたぁタフな奴だな! ま、だったら死ぬまで殴るだけだがなぁ!」
「黙れ! 今度はボク……がっ!?」
「食らえ! シールドブーメラン!」
カレンとペルテレルが激突しようとした、まさにその瞬間。リオが先制で放った飛刃の盾が、ペルテレルの背中に深々と突き刺さったのだ。
それによって異神の身体が仰け反り、リオとカレンはようやくお互いの姿を視認することが出来た。
「おっ、リオ! いつの間に!? ていうかなんでここが分かった!?」
「お姉ちゃん!? わあ、凄いかっこいい! そっか、お姉ちゃんもビーストソウルを使えるようになったんだね!」
「おう! へへっ、リオにかっこいいって言ってもらえて嬉しいぜ!」
しっぽを叩き付けて雑にペルテレルを吹き飛ばすと、カレンはリオにしっぽを巻き付けて自分の元に引き寄せる。ぎゅっとリオを抱き締め、再会を喜ぶ。
そこにアイージャとダンスレイルも到着し、無事合流出来たことを喜び合う。カレンもまた、二人が目覚めたことに喜ぶも……。
「ああ、そうだそうだ。お前らが目ぇ覚ましたらこうしようと思ってたんだった。おらっ!」
「ぶっ!」
「いてっ!」
「リオを心配させた罰だ。七日も不眠不休でお前らの世話してたんだからよ。ま、これでチャラだな」
当初の予定通り、カレンはアイージャたちに一発ずつげんこつを食らわせる。アイージャとダンスレイルは頭をさすりながら、迷惑をかけたことを詫びる。
これにて、ようやくカレンとアイージャたちの再会が相成った。しかし……。
「よくもやったね……! ちょうどいい、ボクはとてもイライラしてるんだ……お前たち全員まとめて! 叩き潰してやる!」
ペルテレルが舞い戻り、憎悪の視線をリオたちに向ける。闇寧異神との戦いが、クライマックスを迎えようとしていた。




