124話―光明異神ファルティーバ
リオとグランザームが作戦会議を終えたちょうどその時――ファルティーバの受肉が完了し、障壁が砕け散った。凄まじい突風が吹き荒れ、危うくリオは飛ばされそうになる。
風が止むと、ファルティーバの姿があらわになる。全身を赤紫の帯で覆い、背中に大きな黄色い翼を生やした姿は、神々しさと禍々しさ――相反するはずの二つの感情を感じさせた。
「あれが、異神の本当の姿……」
「待たせたな、下々の者たちよ。改めて名乗ろう。私は光明異神ファルティーバ。かつて大地の変化を司った光の神。そして今は……宴に招かれし上客なり! 受けてみよ! デイブレード!」
「来るぞ、気を付けよ!」
ファルティーバが叫ぶと同時に翼が開き、六つの光の刃が伸び乱舞し始めた。リオとグランザームは空中を飛び回り、光の刃を回避する。
隙を見て刃を破壊しようとするリオだったが、不規則に動き回る光の刃の軌道を読めずなかなか反撃に転じることが出来ない。さらに氷柱も加わり、攻撃が激化する。
「もう、全然反撃に移れないよ!」
「ははは、どうしたどうした? 先ほどまでの余裕はどこへ行ったのかな? ほら、おかわりだ」
次々と光の氷柱が量産され、退路を塞ぐように配置される。このまま反撃出来ない状況が続けば、まず間違いなく負ける……そう考え、リオは強引に反撃を行うことにした。
「もー怒った! こうなったら、全部壊してやる! ダイヤモンド・ハリケーン!」
リオは右手を握り締め、ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた青色の宝玉の力を発動させる。雹が含まれた冷風が吹き荒れ、光の氷柱を砕いていく。
ファルティーバは冷風を防ぐため、攻撃を中断し翼で本体を覆い隠す。見事攻撃を中断させたリオを見て、グランザームはよくやったと言わんばかりに微笑む。
今度はリオたちが猛攻を仕掛ける番だ。
「ファルティーバよ、お返しをしてやろう。今度は両腕を使わせてもらおう。ダークネス・シックル」
「チッ、ほざくか! 下等生物風情が! シャイニー・ウォール!」
両腕に闇の鎌を作り出し向かってくるグランザームに対し、ファルティーバは翼の隙間から顔を覗かせ舌打ちする。何重にも重なった光のベールを作り出し、攻撃を防ぐ。
光と闇、相反する二つの力がぶつかり合い、互いを消滅させようと食らい合う。かたやかつての神、かたや魔族を束ねる暗黒の王。二人の力は拮抗し、決着がつかない、かと思いきや……。
「くっ、まずいな……。こやつ、本体の三分の一の力を持つ余の闇魔力を上回るか!」
「当然だ。神の力を見くびるなよ。貴様一人を上回るなど造作もないわ! はあっ!」
「くっ!」
器を得た異神の力は強大であり、魔王の持つ闇の力を容易に打ち破ってみせた。後方へ弾き飛ばされたグランザームに、ファルティーバは追撃を放つ。
光の槍を作り出し、体勢を建て直せていないグランザーム目掛けて投げつけた。そこへリオが割り込み、飛刃の盾で槍を受け止め攻撃を阻止する。
「グランザーム、大丈夫?」
「済まない。余は少し……異神の力をみくびっていたようだ」
槍を叩き落とし、二人は後退する。その間にファルティーバは再び光の刃を展開してしまい、二人が立てた作戦を使うのが困難になってしまった。
二人はどちらかを囮にし、ファルティーバの注意を引き付けている間にもう片方が最大威力の技を食らわせ撃滅するつもりでいた。が、異神の力を見て作戦を改める。
「ククク、どうした? もう降参するか?」
「降参なんてしないよ。今ね、お前をやっつけるビッグな作戦を考えたんだ。驚かせてあげるよ!」
そう叫ぶと、リオはファルティーバに見えないよう、グランザームにハンドサインで合図をする。魔王は一旦戦線を離脱し、一対一の状況が作り出された。
ファルティーバはそれを見て、グランザームがリオを見捨て逃げたと判断した。二人が秘密裏に立てた新たな作戦を知らないのだから、それも無理はない。
「フン、何をするかと思えば……たった一人で私を倒せるとでも思うか! デイブレード!」
「やってみなくちゃ分かんないよ? 出でよ、不壊の盾!」
リオは右腕に装着していた飛刃の盾を不壊の盾と入れ替え、堅実に守りを固める。光の刃を防ぎつつ、隙を見て少しずつ魔力を練り上げていく。
しばらく攻防が続いた後、しぶとく生き延び続けるリオに苛立ちが募ったらしく、ファルティーバは顔を歪める。両腕を振り上げ、頭上にヒビ割れた黄色いオーブを呼び出す。
「いつまでもチョコマカと……! 何を狙っているかは知らぬが、いい加減貴様の顔は見飽きた。ここで死ぬがいい! ソル・フレア!」
「くっ、ぐううっ!」
オーブから目映い光が放たれ、リオの身体を焼いていく。不壊の盾を掲げて光から身を守るも、横から差し込む光まで防ぐことは出来ず、少しずつ身体が蝕まれる。
再生能力をフルに活用し、リオはファルティーバに対抗する。ようやく魔力を練り上げ終わり、魔王と立てた新たな作戦を発動するための準備が全て整った。
「ははははは! 苦しいだろう、我が光に焼かれるのは。その盾を消すがいい。そうすれば楽に死ねるぞ?」
「苦しい、さ……。でも、お前を倒すためならこれくらい耐えてやる! そりに、もう反撃の準備は出来たしね! 合体盾……荒水の盾牙!」
リオが右手を握り締めると、青と水色、二つの宝玉が光り目映い光を放つ。そして、水で出来た巨大な牙がリオの前に現れファルティーバに襲いかかる。
「いっけー!」
「フン、何をするかと思えば……くだらぬ! こんなもので私を倒せると思って……!?」
牙の中に飲み込まれてなお、余裕の態度を崩していなかったファルティーバに異変が起きた。荒水の盾牙の内側がボコボコと波打ち、光を乱乱射し始めたのだ。
己の放った光に焼かれながら、ファルティーバはようやくリオの狙いに気が付いた。自分を光の力で自滅させるためにこの技を放ったのだ、と。
「ぐ、貴様……! 出せ! ここから私を出せぇ!」
「やだよー。出たいなら自分で出れば? 神様ならそれくらい出来るでしょー?」
吠えるファルティーバに、リオはこれまでのお返しとばかりに意地悪な笑みを浮かべる。放たれた光は分厚い水の層を突き破る前に拡散・反射してしまい、外へ出られないのだ。
デイブレードや光の氷柱、ソル・クロウ、さらには切り札たるソル・フレアといった一通りの技を放ってもなお、ファルティーバは荒水の盾牙を破ることが出来なかった。
リオの持つ氷の魔力と宝玉から放たれた水の魔力が、相乗効果によって強固な防御力を発揮しているのである。
「ぐっ、がああああ!! 有り得ぬ、神たる私がこんな倒され方など……!!」
「そうさ、お前は強いよ。僕やグランザームが真正面から挑んでも勝てない。だから、お前の力を利用させてもらったのさ。そうだよね? グランザーム」
「左様。万が一荒水の盾牙を破られた時の後詰めとして待機していたが……その必要はなさそうだ」
身体を焼かれ死にゆく神を前に、リオは魔王へ声をかける。万が一奥義を破られた際に即座に修復と強化が出来るよう、魔王は力を貯めていたのだ。
もっとも、その心配も杞憂で終わることになったが。
「ぐ、くはは……。なるほど、この知恵比べ、貴様たちの勝ちというわけだ。それは素直に認めよう。だが……私を含め、この大地に侵入した異神は六人。残りの五人は私とは比べ物にならぬ程強いぞ。簡単に勝てると思わぬことだ」
光に焼かれ、肉体の半分を失ったファルティーバは己の敗北を認め、リオたちに警告を残す。が、このままあっさりと決着がつくことはない。
最後の力を振り絞り、光明の神はリオとグランザームを道連れにしようと残る魔力全てを解放し、自爆を仕掛けてきたのだ。
「せめて傷痕は残してくれる! 食らうがいい! ソル・イクスプロージョン!」
「まずい! ダークネス・カーテン!」
凄まじい爆発が巻き起こりファルティーバは四散する。物理的な爆発には耐えられず、荒水の盾牙は消滅してしまった。魔王はリオの前に立ちはだかり、攻撃を受け止める。
「ぐうっ……! 流石に、この攻撃は耐えられない、か」
「グランザーム! どうして僕を……」
自分を庇い、消滅寸前になるまで傷を負ったグランザームに、リオは問いかける。魔王は荒い息を吐きながら、もやで覆われた顔に笑みを浮かべた。
「余は分身。何度でもよみがえることが出来る。だが……貴公は違う。まだ戦いは始まったばかり……ここで死なすわけにはいかぬのだ」
「グランザーム……」
「魔神よ。余はしばし休息せねばならぬ。後で余に変わる協力者を派遣する。それまでは……頼んだぞ」
魔王の分身はそう言い残し、消滅した。リオは心の中で感謝の言葉を述べ、地上へと戻る。カレンたちに全てを伝え、共に残る異神たちの侵攻を止めるために。




