119話―不死なるバウロス
「リオ！ クソッ、この結界邪魔だ！」
「落ち着いてカレン！ 今拙者の空斬離之御手で突破するから！」
絶体絶命の危機に陥ったリオを助けるべく、カレンとクイナは結界を突破しようと攻撃を加える。バウロスはその様子を横目に見ながら、リオの首を掴む。
切断されたはずの左腕は再生しており、槍を持っていた。致命傷を受けたリオは盾を維持出来ず、消失させてしまう。
「ほう。咄嗟に身体をズラして心臓への直撃は避けたか。流石盾の魔神だ、戦い慣れしている」
「くっ、かふっ……。こんな、ところで……負けられる、もんか……」
バウロスの言う通り、心臓への槍の直撃こそ避けられたリオだったが、致命傷を負ったことに代わりはない。急いで身体を再生しなければ、トドメを刺されるまでもなく死んでしまう。
「我が父とお前たちの永きに渡る因縁……ここで終わらせる。案ずるな、お前の死体は我が父が糧とする。お前たちの持つ神の力を手に入れるためにな」
「そんな、こと……させない……！」
気力を振り絞り、リオは腕を伸ばして黄金の槍を掴む。次の瞬間、リオの身体に凄まじい量の魔力が流れ込んできた。それと同時に、リオは槍の秘密に気付く。
この槍に蓄えられた膨大な魔力こそ、バウロスの不死の力の源なのだということに。
「我が槍に触れたな、貴様！ こうなっては……」
「えいっ！」
「ぐっ！」
不死のカラクリに気が付いたリオは、バウロスの腕に爪を突き刺して手を離させる。床を転がってバウロスから離れつつ、大声でカレンたちに向かって叫ぶ。
「お姉ちゃん、クイナさん！ こいつの本体はあの槍だよ！ あれを壊せばこいつは完全に死ぬ！ だから槍を壊して！」
「気付かれたか。如何にも、それが我が先天性技能……【器物盟約】だ。だが、気付いたとて……我が槍は簡単には砕けん！」
バウロスは逃げていくリオに向かって槍を投げ、今度こそ仕留めようとする。が、その直前にクイナが結界を切り裂き、間に割り込む。
「させないよ！ ふっふふ、槍を砕けばいいなら、拙者の得意技だね！ 何せ拙者には……何でも両断する【空斬離之御手】があるからね！」
「ほう、何でも斬るか。なら試してみるがいい」
クイナの強気な言葉に、バウロスはニヤリと笑う。投げた槍を手元に引き戻し、あえてクイナの手刀を受けて立つことにしたようだ。
それを見たクイナは、一切の手加減抜きに勢いよく手刀を槍に叩き込むが……。槍に傷一つ付けることすら出来ず、甲高い金属音と共に跳ね返されてしまった。
「嘘！？ 拙者の空斬離之御手が効かないなんて！」
「残念だったな。この槍には私の持つ膨大な魔力が凝縮され格納されている。そう簡単には砕けんぞ！」
そう口にしながら、バウロスは槍を回転させクイナの脇腹に穂先を叩き付けた。あばら骨を砕かれ悶絶するクイナにトドメを刺そうとするも、背後から強襲してきたカレンに阻止される。
「アタイのこと忘れんじゃねえ！ オラッ！」
「フン、未熟者め。貴様など恐るるに足らぬ」
振り返ることなく、バウロスは片手でカレンが振り下ろした金棒を受け止める。クイナの方に向かって投げつけ、もつれあった二人を一気に倒すべく槍を振り上げた。
「そろそろ終わりにしてやろう。潔く死ぬがいい！」
「そうは……させない！ ローズバインド！」
遠くからカレンたちの戦いを見ていたリオは、右の拳を握り締め緑色の宝玉の力を解き放つ。石畳の床を砕き、イバラが伸びてバウロスの身体を絡め取る。
動きが止まっている間にカレンとクイナはバウロスから離れ、リオの元へ向かう。傷を癒し終わったリオは、黄金の槍を砕くための作戦を二人と話し合う。
「どうしよう？ どうやってバウロスの槍を壊す？」
「一人じゃ無理だ。何しろ、あいつの槍はクイナの先天性技能でもどうにもならなかったんだから」
リオの問いに、カレンが答える。彼女の言う通り、クイナの力が通じなかった以上、一人ではどうやっても対処出来るものではないだろう。
――そう、一人であれば。
「でも、僕たちは一人じゃない。そうだよね？ みんなの力を合わせれば、あいつの槍を砕けるはず！」
「拙者もそう思うよ。だから、こういう作戦はどう？」
クイナがとある作戦を提案し、リオが細かい部分を修正する。作戦会議が終わり、三人はそれぞれの役割を完遂するため動き始めた。
「何を話していたかは知らぬが、ムダなこと。私は不死なり。何度でもよみがえってくれる！」
「へっ、そうかよ。なら、何度でもぶっ殺してやる！ 食らえ！ オーバーロード・サンダー！」
カレンはリミッターを外し、雷の力を暴走させる。そうしなければ、バウロスの足止めは出来ないからだ。小さな鉄槌を呼び出し、左手に持つ。
腕を振り上げ、カレンはバウロスに向かって連続で雷を落とした。
「オラオラオラァッ！ てめえが消し炭になるまで！ 雷を！ 落としまくってやるぜ！」
「ぐっ、この……小賢しい！ 翔空断！」
雷に身を焦がされ、バウロスは何度も死と復活を繰り返す。そのサイクルを止めるべく、槍を振るいカレン目掛けて衝撃波を放つ。
「今だ！」
「なっ……貴様！」
が、それこそがリオの狙いだった。バウロスが右腕を振った一瞬の隙を突き、しっぽを伸ばして槍を奪い取ってみせた。バウロスは槍を取り戻そうとするも、カレンに阻まれる。
「どけ、小娘！」
「やーだね！ 言っただろ？ お前が消し炭になるまで、雷を落としてやるってな！ リオ、クイナ！ そっちは任せた！」
「分かった！」
カレンは左手に持っていた鉄槌をリオに向かって放り投げ、今度は直接バウロスに電撃を浴びせかける。彼女に与えられた役目はただ一つ、バウロスの足止めなのだ。
リオは鉄槌をキャッチし、カレンに向かって叫ぶ。その後、ジャスティス・ガントレットの力を使い、氷と樹木で出来た頑丈な支柱を二つ作り、その上に槍を乗せる。
「クイナさん、準備出来たよ！」
「よっし！ 始めるよ、リオくん！ とりゃあっ！」
槍を氷で支柱に固定し、リオはクイナに声をかける。クイナは気合いを入れ、空斬離之御手の力が宿った手刀を槍に叩き込む。
当然、その程度で槍を砕くことが出来ないのは先ほど実証済みである。だが、ここにいる魔神は一人ではない。一人の剛力では無理でも、二人の力が合わされば――。
「ぐうっ、奴らめ！ させるものか！」
「ぐっ！ そっちにゃ行かせねえぞ！」
「このっ、離せ！」
バウロスはリオたちの狙いに気付き、槍の破壊を阻止するため槍を手元に引き戻そうとする。そうはさせまいとカレンがタックルを繰り出し、バウロスを床に倒す。
転げ回りながら殴り合いをしている二人を横目で見ながら、リオは鉄槌を持つ手に力を込める。雄叫びを上げながら、クイナの腕に向かって鉄槌を振り下ろした。
「うおりゃああああー！！」
凄まじい金属音が部屋の中に響き渡り、反響する。クイナの力とリオの力、二つが合わさった結果、僅かながら槍にヒビを入れることに成功した。
「やった！ ヒビが入った！ これならもう一回やれば……」
「やめろ！ それ以上は……」
「おりゃあああ！！」
バウロスの制止に耳を貸すことなく、リオは再び鉄槌を振り下ろす。が、ここで予想外の問題が起きてしまった。鉄槌の耐久力が限界も迎え、粉々になってしまったのだ。
「そんな……」
「まずい！ このままじゃ……拙者の腕も、もう……」
「ははは！ どうやら、運は私に味方したようだな！」
カレンを蹴り飛ばし、バウロスはリオたちの元へ迫る。クイナの腕も限界を迎え、これ以上は酷使出来ない。
そんななか、リオは右手を握り締め、ゆっくりと振り上げた。そして――。
「鉄槌がダメなら……僕の拳で叩き折る！ せりゃあああ！！」
リオは気力を振り絞り、右手を槍に叩き付ける。その瞬間、ジャスティス・ガントレットに嵌め込まれた三つの宝玉が輝き、限界を超えた力をリオに授けた。
その結果――ついに、黄金の槍が粉々に砕け散った。
