103話―脅威なる《真眼》!
土の壁に包囲された公園にて、リオとバギードは互いに向かい合う。真っ先に動いたのは、バギードの方だった。戦鎚を振りかざし、真っ直ぐ突進する。
リオは受け止めるより避けるほうが安全だと判断し、振り下ろされた戦鎚を回避する。鎚が叩き付けられ、土が盛大に吹き飛び二人の視界を遮った。
(土煙が……! でも、これならバギードも僕がどこにいるか分からないはず……。なら、今のうちのあいつの死角に……)
「ギャシャ、そこだ!」
土煙を利用して相手の死角に回り込もうとしていたリオ目掛けて、寸分違わす戦鎚が振り下ろされた。慌ててバックステップしてリオは攻撃を避ける。
「そんな……! 有り得ない、この土煙の中で僕の居場所を見つけられるなんて……」
「ギャシャシャシャ! それが出来るんだよ! この俺の先天性技能……【真眼】ならばなぁ!」
視界が閉ざされたなか、的確に攻撃してきたことに驚くリオに向かって、バギードはそう叫ぶ。土煙が晴れていく中、リオは目にする。
真っ赤な光を放つ、バギードの単眼を。その姿は、おとぎ話に登場する呪われた一つ目の巨人、バロールを連想させるには十分であった。
「……真眼?」
「ギャシャシャ、その通り! 俺の眼には三つの力がある! その一つが、全てを視界に映す【万映眼】! この力がある限り、俺の眼から逃れることはできーん!」
バギードはそう叫びながら、リオに向かって再び突進する。今度は避けることなく、リオは不壊の盾を構え真っ向からバギードとぶつかり合った。
盾と鎚によるつばぜり合いが始まり、互いに一歩を引かず相手を打ち負かそうと身体に力を込める。その間、バギードの眼の光が赤から黄へと変わる。
「ギャシャシャシャ、相変わらずなかなかのパワーだ。だが! この程度で俺の怪力に勝てると思うなー!」
「むうう……! うわっ!」
押し負けたリオは弾き飛ばされ、土の壁にぶつかる。が、バギードは追撃を放とうとはせず、真眼から放たれる黄色い光を照射し続けた。
「ギャシャシャシャ! 全て見抜いたぞ、これから貴様が起こす行動は! 我が第二の眼……【透映眼】の力でな!」
「強気だね。本当にそうなら……この攻撃は避けられるかな!?」
自信満々なバギードに向かって、リオはおもいっきり飛刃の盾を投げ付ける。それと同時に、こっそりとしっぽを地面に突き刺し、地中を通して相手の背後から奇襲を行う。
「ギャシャシャシャ、言っただろう? お前が何をするか、全て見抜いたと!」
バギードは飛刃の盾を空いている片手で掴み取り、後ろを振り向く。地中から現れたしっぽに盾を叩き付け、蓋をして宣言通り攻撃を防いでしまった。
リオは素早くしっぽを戻し、バギードの周囲を円を描くように猛スピードで走り回る。真正面からの攻撃が通用しない以上、撹乱戦法に切り替えるしかない。
「さあ、これだけ早く動けば……僕をその眼で捉えることも出来ないでしょ! このまま……こうだ!」
「ぐおっ! チィッ、小賢しい真似を!」
眼で追えないほどの速度で一撃離脱を繰り返し、リオはバギードの反撃を封じつつ着実にダメージを重ねていく。その間、頭の中で根本的な解決策を練る。
(さあ、どうやってあの眼を封じるかな……。力は向こうのほうが上だし、普通に攻撃したんじゃ簡単には潰せないぞ)
リオがそう思考を巡らせていると、いつまでもチマチマとダメージを蓄積させられることに腹を立てたバギードが反撃に出る。反時計回りに身体を回転させ始めたのだ。
「鬱陶しい奴め! 我が鎚でミンチにしてくれるわ!」
「……! まずい!」
戦鎚の柄と鎚頭の接続部が外れ、内部に格納されていた鎖が伸びた。格段にリーチを増した戦鎚――それも、ピッケルのように尖っている部分がリオに襲い掛かる。
リオは咄嗟に垂直にジャンプして鎚頭を避けるが、それによりバギードの真眼に姿を捉えられてしまう。バギードは残虐な笑みを浮かべ、鎖を格納し飛び上がる。
「もう逃げられんぞ! 食らうがいい! アッパード・インパクト!」
「うあああっ!」
鋭く尖ったピッケル状の打面がリオを捉え、深々と脇腹に突き刺さる。鮮血が撒き散らされるとともに、リオはさらに空高く舞い上げられていく。
一旦着地したバギードは、己の驚異的な身体能力を活かし、リオよりも高く跳躍し軽々と追い抜いてしまう。そして、今度は反対側の打面をリオに向ける。
「もう一撃だ! この俺の剛力で、惨たらしく爆散するがいい! ビッグバン・スマッシュ!」
避ける間もなく、リオに向かって戦鎚が振り下ろされた。叫び声を上げる暇もなく、リオは猛烈な勢いで地面に叩き付けられてしまった。
バギードは着地し、リオの様子を見に行こうとして歩みを止める。必殺の一撃を受け、リオが生きていられるわけがないとタカを括っていたのだ。
「ギャシャシャシャ! 忌々しい魔神め、俺の力を思い知ったか! さぁて、もうこんな場所に用はない。ここにいる残り二人の魔神を殺さねばならぬからな」
そう口にし、バギードは悠々と公園を去ろうとする。一方、辛うじて生き延びていたリオは、無惨に破壊された肉体の修復に全力を注いでいた。
ぐちゃぐちゃにされた胴体を再生させながら、リオは空を見つめる。雲一つない青空に燦々と輝く太陽を見つめ、悔しそうに拳を握り締める。
(僕は……負けられないんだ……! あんな奴に、ねえ様たちを殺されるなんて絶対嫌だ! どうにかして、あいつの眼を……眼を? 眼……光、太陽……。そうか! これなら!)
いまだ眠りから覚めないアイージャたちを守るため、リオはバギードを倒すための策を考え出そうと頭を働かせ――導き出した。単眼の巨人を打ち倒すための策を。
「待て……バギード……!」
「ギャシャ!? 貴様……まだ生きていたのか! しぶとい奴め……おとなしくあのまま死んでいればよかったものを!」
肉体の八割を再生させた時点で、リオは無理矢理立ち上がりバギードを呼び止める。すでに勝った気分でいたバギードは、リオが生きていたことに驚愕を隠せないようだ。
「悪いね……僕はしぶといんだ。殺したかったら、もっと力を込めなきゃね」
「ギャシャシャシャ、強がりを! どれだけ余裕を取り繕おうが……身体の震えは隠せていないではないかーっ!」
バギードが指摘した通り、リオの身体は致命傷を負ったことでかなり弱っていた。が、リオはそれすらも、自分の秘策を露見させないための策に利用した。
「そうなんだよ。もう足もフラフラだし、腕だって真上まで上がらんない。でもね……僕の大好きな人たちを守れるなら、これくらい痛くも痒くもないね!」
「ギャーシャシャシャ! 愛だと? くだらぬ、そんなものを支えに俺に歯向かおうとは愚かの極み! いいだろう。今度こそ、息の根を止めてくれるわ!」
戦鎚を肩に担ぎ、バギードはリオにトドメを刺すべく走り出すも、彼は気付いていない。リオを殺すなら、もっと早く動いていなければならなかったことに。
リオはバギードとの会話中、ずっと魔力を練り上げていた。強大な神の子を打ち倒すための、秘策を繰り出すために。魔力を練り上げ終わったリオは、大声で叫ぶ。
「悪いけど、もうタイムオーバーだよ、バギード! 出でよ! 光射の盾!」
魔力が解き放たれた瞬間、リオは両腕を上下に並べ構える。リオの全身を覆うほど大きな、太陽を模した丸い盾が彼の目の前に現れる。
盾の表面は鏡のように磨かれており、バギードの姿を鮮明に映しだしている。バギードは自分の真眼から逃れるために盾を作ったと考察し、嘲笑う。
「ギャシャシャシャ! バカめ、そんな盾で遮ったところで我が真眼からは逃れられぬわーっ!」
「だろうね。でも残念! これはね、お前の眼から逃れるための盾じゃない。お前の眼を……潰すためのものだ! 食らえ! サンライト・レーザー!」
「なっ……!?」
太陽の光を宿す盾が輝き、一筋の光のレーザーが放たれる。狙いは、大きく見開かれたバギードの単眼だ。バギードは事ここに至ってようやくリオの狙いに気付くも、もう手遅れだった。
「光に眼を焼かれろ! バギード!」
「グアアアアアア!! め、眼が……俺の真眼があああ!!」
防御行動が間に合わず、バギードの単眼が光に焼き尽くされる。視力を失い、ヨロヨロと後退りバギードに走り寄り、リオは鉄拳をみぞおちに叩き込む。
「食らえー!」
「ギャガッ……」
吹き飛ばされたバギードは土の壁に激突し、崩れた土の中に埋もれてしまう。深刻なダメージを受けるも、無眼となった巨人はまだ諦めていなかった。
「ギャ……シャ……。まだだ……まだ、俺には……最後の、眼の力がある……。こんなところで、敗れるわけには……」
焼き潰され閉じられたバギードのまぶたから、かすかに青色の光が漏れ出ていた。