ストーンヘンジ ~掘り起こされし古の世界~
本作品を投稿するにあたり、「小説家になろう」の「アイリス大賞6」が契機となりました。
機会を与えてくださいましたこと、大変、心から感謝申し上げます。
大した事前研究もなく書いた小説ではありますが、少しでも、現世界理解、異世界理解の助けになる事を祈念する次第であります。
失われし日本の伝統というものを少なからず踏まえたつもりであります。そのあたりを、どれほど読み取っていただけるか、また、どれほど、「異世界」を理解していただけるか、私自身にはそこまで自信があるわけではございませんが、それもまた、本作品を書く際の「楽しみ」となったものであります。
本作品の土台は、一次創作を原則とするものであり、「一次創作のファンタジー小説をどのように描くのが良いか」というところに、ことごとく主眼を置いたものであります。
水奈都「ちょっと範人、そのゲーム私にもさせてよー。」
範人「ちょっと待てよ。まだ俺がやってるんだから。」
範人と水奈都は、いつも通り学校が終わると、いつもの帰り道を、ゲームをしながら帰っていた。
何気ない日常が流れていた。
平和で、なんの変哲もない日常。
すると突然、範人に、頭痛とも、しびれとも取れない痛みが走った。
水奈都「ちょっと範人、大丈夫!?」
水奈都と範人の目の前に、突然、一人の老人が現れた。
右手には杖を持っていた。
「しまった!やられたか!」
水奈都「お爺さん。範人、いえ、友達が突然!」
老人は悔しそうな表情だった。
老人は
「かくなる上は…」
と強い語気で言うと、左足で地面を思いっきり踏みつけた。
そして、振り上げた左拳を思いっきり左膝の少し上に振り下ろした。
右手に持った杖を天高く振りかざした瞬間、三人の周りの景色が変わり、老人の姿が一瞬にして見えなくなった。
暗い暗闇の中に二人は残された。
水奈都が気付くと、範人もハッとしたように、体が全快していた。
どこからともなく、声が聞こえた。
「ここは儂の中。」
先ほどの老人の声だった。
水奈都「お爺さん?どこですか?」
「ここは儂の中じゃ。」
範人「どうやって出れば。」
「はっはっは。簡単じゃよ。石でできた直方体の形をしたものがどこかにあるはずじゃ。それを探してくれればいいんじゃ。」
水奈都「石でできた…」
範人「直方体の形をしたもの?」
「そう。おっと、『邪魔者』が来たのぉ。」
老人の声がしたかと思うと、突然、一人の男が二人の前に現れた。
目の前の世界が真っ白の世界になった。
振り乱した髪で、目のあたりまで見ることはできない。一枚の黒いマントに身を包んでいる。
突然現れた男は、二人に背を向け、右手人差し指で空中に何か文字を書く仕草をした。
すると、地面から透明な水のようなものが湧きあがり、一気に顔の高さまで上がった。
男は言った。
「泳げ」
範人「はぁ!?」
しかし、水は更に湧きあがり、三人はその上を泳がざるを得なくなった。
水奈都「ちょ、ちょっとー!」
範人「さっき、何て書いたんですかー!?」
「『勘弁しろ』と書いた。」
男は答える。
水奈都「ちょっと、それ今重要!?」
すると、目の前に、石でできた直方体のものらしきものが現れた。
しかし、それは水に浮いている。
次第に、一気に、水が引き出した。
石でできた直方体のものらしきものの四隅から少し離れた場所で、水は湧きあがり続ける。
地面は未だ、水がたたえている。
石でできた直方体のものらしきものの、ギザギザにかみ合わされた蓋を開けて男は言った。
右手には懐中時計が握られている。
「中を見るなよ?そして入れ。」
「はぁ!?」
範人は言う。
「…」
男が黙っていると、上から砂が降ってきた。
水奈都「ちょっと、何よこれ!」
範人「…強引だな。」
「早く入れ。中は見るなよ?」
「……わかりました!入りますから。」
懐中時計が握られた右手人差し指を口の前に持って行ったのを、意に介す暇もなく、
範人は目をつぶり、水奈都もそれに続いて目を閉じた。
そして範人は、石でできたような直方体のものらしきものを手で確かめ、中に入った。
水奈都も、範人に続いて中に入った。
二人は、蓋が閉じられ、辺りが暗くなったのを感じた。
すると、老人の声がした。
「すまんのぉ。じゃあ、頼んだぞ?」
水奈都「ちょっと!これ、頼み事!?」
「そういうわけでもないんじゃが…」
辺りがいきなり明るくなったかと思ったら、どこかの世界の夜の世界へとたどり着いていた。
「おお!ついに来たか。伝説の勇者たちよ」
「えっ?」
範人たちは、あっけにとられて顔を見合わせた。
「お前たちは今、別世界より来た。『伝説の勇者』とみて、まず間違いはなかろう。」
「どっちが……伝説の勇者?」
範人は、水奈都の方を向く。
「いや、範人でしょ?」
水奈都が言う。
「じゃあ、とりあえず俺で。」
範人がそういうと、「うん。」といい、水奈都が頷いた。
「こちらへ」
衛兵が二人を立たせ、街の方へと案内した。
街といっても、人影一つ見当たらなかった。ただ、それぞれの家の明かりだけがともっていた。
水奈都「誰も、いないんですか?」
衛兵「静かに。」
一つの大きな館のような建物に、衛兵は二人を連れて入った。
後ろからは、一人の老人がついてきており、暖簾の前で声を出した。
「天巫女様。伝説の勇者と思しき二人組が、別世界より参りました。」
天巫女「ほう、面白い。こちらへ通せ。」
「はい。」
「さ、中へ。」
老人に促され、暖簾のようなものをくぐると、一人の女性が椅子の前に立っていた。
女性の座る椅子の後ろ側には杖が斜めに立てかけられている。更にその前には段差があり、その段差の少し暖簾側の両方の壁際には衛兵と思しき男が一人ずつ立っている。
天巫女「よく来た。別世界より来られし、伝説の勇者たちよ」
範人「ど、どうも。」
もはや範人は、「伝説の勇者」と呼ばれていちいち反論する気にもならない。
天巫女「『伝説の勇者』が堅苦しいか?」
範人「いえ、そんなことはありませんけど…」
水奈都が微笑む。
「楽にせよ。」
天巫女とよばれ、天巫女を名乗る女が続けた。
天巫女「我々の世界は、どれほど回られたか。」
「いえ、ほとんど。こっちの世界(?)に来たと思ったら、街の人に呼び止められて…」
範人が答える。
天巫女「はっはっは。その格好では呼び止められても仕方あるまい。」
範人「まぁ、ここの人達から見たら、そうなんでしょうけど…」
天巫女「旅の話でも聞き、花を咲かせようと思っていたが仕方がない。本題に入ろう。」
水奈都が頷いた。
天巫女「我々は、この地に根ざし、これから案内する祭楼内の回廊にある『とき守護の池』と『時代変遷の絵』を守る者」
範人は一瞬頭がついていかず、(祭楼内の回廊にある『とき守護の池』と『時代変遷の絵』)と頭の中で反復した。
天巫女「我々の土地を守る祭楼でな、『見守り巫女』が、中を掃く時以外は、基本的に閉ざされている場所なのだが…年に一度、我々の世界を担う『偉人』と呼ばれる者たちが集い、『ときかくにん』の儀式を行う」
「ときかくにん?」
範人が尋ねた。
「まぁ、気にしなくてよい。」
天巫女と名乗る女性が答えた。
「しかし、天命であるか。今日がその日だ。」
天巫女と名乗る女性の口調がいきなり強まった。
天巫女と名乗る女性は続けた。
「今日、この日、正に『ときかくにん』の儀式が執り行われる。そして、『伝説の勇者』ともなる者が、この世界に現れたその日、『ときかくにん』の儀式が行われるともなれば、その『伝説の勇者』には、してもらわねばならないことが、一つある、という事だ。」
範人「し、してもらわなければならない事?」
範人と水奈都は、いきなり圧力を感じる口調に不安を覚えた。
「これからお前たちが向かう祭楼内に『時代変遷の絵』がある。そしてそこには、『一本の槍』が描かれている。その『槍』を使命として取ってきてもらわねばならない。」
「そんな事急に言われても…」
水奈都が言った。
「すまない。こればかりは『使命』としてしてもらわねばならないのだ。」
天巫女と名乗る女性が答えた。
「そんな、どこにあるのかも分からない槍を取って来いと言われても…」
範人が言う。
天巫女「いずれにせよ残念だが、『ときかくにん』の儀式のあと、食事を与える。その後、この街からは、出て行ってもらわねばならない。」
「え?」
範人が目を丸くして言った。水奈都は苦笑いを浮かべている。
天巫女「あなた方に与えられた選択肢は二つ。このままこの街を出ていくか、『伝説の勇者』として『ときかくにん』の儀式に参列し、食事をした後で、この街を出ていくか。この二つだ。」
範人「…」
水奈都「…」
衛兵らしき男二人がちらりとこちらを見た。
「その槍は、どこにあるんですか?」
水奈都が尋ねた。
天巫女「それは『ときかくにん』の儀式のあとでなければ教えることができない。」
水奈都「じゃあ、その槍を取ってきた後は、私たちはどうなるんですか?」
天巫女「その時は、一生分の生活の安泰をこの街では保証しよう。あなた方が来た世界に戻れる時が来たら、戻ってもらっても構わない。」
範人「そんな…どうやって信用すれば…。」
範人が言った。
天巫女「ふむ。仕方ない…ついて来なさい。」
天巫女と名乗る女性が部屋から出て、別の部屋へ向かった。
範人と水奈都は、困惑しながらも、天巫女と名乗る女性のあとをついていった。
天巫女は、衛兵の守る一つの部屋に入っていった。
広さ三畳ほどの、横長の狭い部屋。
奥側の壁に机、そして手前に回転椅子がある。
奥の壁際には、白い正方形の布。
その布の中心から、ちょうど円形に、正方形の布に内接するように、真っ白い部分がある。
机の上には紙とペン、そして、地球儀のようなものがある。
天巫女と名乗る女性は椅子に座り、左側にいる範人と水奈都の方を向いて言った。
「これは『時の球伴儀』と呼ばれるものだ。この世界の特定の場所を映し出すことができる。」
天巫女と名乗る女性は、『時の球伴儀』と呼ばれるものに一か所だけある、水色の五芒星のようなしるしの入った部分に、目を閉じて、右手人差し指で触れた。
すると、先ほど見た、今いる建物の外の様子が、まるで防犯カメラのように、時折場所を移しながら映写している。
天巫女と名乗る女性が目を開けた。映像は映し出され続けている。
『時の球伴儀』と、白い布の間に、ケーブルがあるわけでもなく、『時の球伴儀』から、映像の光が出ているわけでもなく、ただ、どうやら、布自体が、その映像を射出している。
〔意味が、分からない〕
『伝説の勇者』範人は、ただ驚くしかなかった。
「この球伴儀は、『天巫女』の名を与えられた者だけが使える者。しかしながら、『伝説の勇者』が来たとなると、その使命の為、この世界というものを、見せてやるのもやむをえまい。
天巫女と名乗る女性はそういうと、水奈都の肩に手を触れた。
「座りなさい。」
水奈都は頷いて、促されるまま、恐る恐る、椅子に座った。
天巫女と名乗る女性は、後ろから水奈都の両肩に触れ、そしてそのまま話をつづけた。
「この世界の、好きな場所を指さし、しばし、この世界がどういった世界であるか見てみるがよい。」
「さすれば自ずと、『槍』を取りに行くことを、受け入れなければならなくなろう。」
水奈都は恐る恐る、『時の球伴儀』に手を触れた。
しばし、映写される映像を見て、手を離し、また別の場所に手を触れる、それを繰り返した。
すると、あることに気付いた。
〔動物らしきものが、この世界のごく一部のエリアに集結している。〕
〔植物のようなものはある。それでも、昆虫のようなものや、動物のようなもののいる場所に集まっている。〕
〔人間達は、それに近づけないでいる。〕
「この世界の人達、食事は?」
「天命で生きている。肉を食べれることもあれば、植物を食べれることもある。しかし、見ての通り、動物も、植物も、一部の場所にかなりの割合で集まっていて、そこに行くのは至難の業だ。大陸ごと、陸地ごとに、場所を決めるように、動物や植物たちが生きている。人間は、そこに足を踏み入れることすらままならない。」
「何で、こんなふうに…」
水奈都が言った。
「簡単だったことだ。それが分からなかったのだ。」
天巫女と名乗る女性は答えた。
「どうだ、ここの世界にとどまる気になったか?それとも、帰りたくなったか?もう一度言うが、我々は、『この世界』の我々は、『天命』に基づいて生きている。」
「…」
範人がハッとした表情をすると、それに気づいた、天巫女と名乗る女性が言った。
「今気づいたか、『伝説の勇者』よ。お前たちは、この世界に来て今まで、何も食していないはずだ。下手をすれば寝てもいないだろう。」
「帰ろうか。」
範人は水奈都に言った。
天巫女「はっはっは。その言葉だ。『その言葉を待っていた。』」
(笑えない…)
範人は思った。
すると、天巫女と名乗る女性が範人に尋ねた。
「ところで、『伝説の勇者』よ。名をなんと申す。」
範人「『のりひと』といいます。」
天巫女「『のりひと』か。良くないな。この世界にいる間、『ときひと』と名乗れ。」
範人「『ときひと』ですか?」
天巫女「そうだ。」
水奈都「私は?」
水奈都が尋ねた。
天巫女「お嬢、名前は?」
水奈都「『みなと』といいます。」
天巫女「ならば、まあ、そのままでよい。」
「え…何で俺だけ…」
範人がいぶかしげに言った。
天巫女「はっはっは。まぁ良いではないか。この世界にいる間だけの事だ。早く帰ればそれでよい。」
「…」
範人は苦笑いを浮かべた。
天巫女「ああ、それと、今は構わぬが、もし万が一、人前で私と接するときは、相応の態度で接するようにな。」
「はい。」
水奈都が答えた。
「口うるさい連中も多いのでな。」
天巫女なる女性が、珍しく弱音をはいて見せた。
時人「ところで、その、私たちがとってくる槍は、どこにあるんですか?」
「そうだな…。その話は、先ほどの部屋に戻ってからすることにしよう。ついてきなさい。」
天巫女なる女性は、そういうと部屋を出て、元いた部屋に戻っていった。
そして、はじめに立っていた椅子の前で振り返って言った。
天巫女「その、取ってきてほしい『槍』は、『地軸の塔』と呼ばれる塔にある。もっと言えば、その更に上の、山の頂上にある。」
時人「え?」
時人の目が丸くなる。
天巫女なる女性は続けた。
天巫女「申し訳ないが、その『地軸の塔』だけでも恐るべき高さがある。到底、この世界の人間が暇つぶしに行くような高さの塔ではない。そして、その『地軸の塔』の〔更にその上〕そこに、その『槍』はある。」
時人「…」
範人、もとい、時人はかたまった。
水奈都は、膝が笑っているのを感じた。
「高いってどれくらい…」
水奈都が言うと、
「天巫女様。」
と声がして、一人の老人が入ってきた。老人は黙って頭を下げている。
「うーん、ばつが悪いな。すまない。どうやら、『ときかくにん』の儀式が始まるようだ。」
「老人よ、ここにいるのが、『伝説の勇者』、時人だ。この者を、『ときかくにん』の儀式に参列させよ。これは、天命である…。」
「かしこまりました。天巫女様」
老人はそういうと、時人のそばに向かった。
「私は?」
水奈都が尋ねた。
天巫女「すまないが、祭楼内は、『見守り巫女』を除き、女人禁制となっている。〔彼女〕は別だがな。」
水奈都「彼女?」
水奈都が言った。
天巫女「まぁ、じきに分かる。おそらく、現れよう。お嬢はここにいなさい。座る椅子を持ってこさせる。しばし、教えるべきことを教えておくことにしよう。長居は、させてあげられないのでな。」
水奈都「…はい。」
「座る椅子を持ってきてあげなさい。」
天巫女なる女性がそういうと、右側にいた衛兵が「はい。」と答え、一礼して、部屋の外に出て行った。
「時人は、『ときかくにん』の儀式に参列しなさい。」
時人「じゃあ、ちょっと行ってくる。」
時人は、水奈都に言った。
「うん、気を付けてね?」
水奈都に見送られ、時人は、いつの間にか部屋の外に出ていた老人のあとをついて行った。
外に出ると、何もない、特に舗装が施されているわけでもない道の先にドーム状の建物が見えた。
そこには、かなりの数の人がいるようだ。
その道の両側には、草や、苔のような緑色の植物のようなものが生えていた。
時人「殺風景な場所ですね。」
老人「そうかの?」
時人「自分が来た世界が賑やかすぎるのかもしれませんが。」
ドーム状の建物が近くなると、道の両側に人だかりがあり、屈強そうな男たちが、見物客らしき人が近づきすぎないように何人か立っていた。
時人「これが、祭楼…ですか?」
老人「そうじゃ。」
ドーム状の建物はよく見ると、石造りだった。石がドーム状に積み上げられている。そしてその周りを、衣装というべき着物を着た女性が、両手を合わせて建物の外を向いて立っている。
おそらく、10人ぐらいが周りを取り囲んでいるようだ。
そして、それぞれの女性の前には、銀白色に近いような水たまりのような場所があり、その中央部に、何でできているのか分からない、女性の顔の高さほどの黄色に近い円筒状の物体があり、その上で、火がくべられている。
それらの女性の周りには、屈強そうな男たちが立ってはいるのだが、
不思議なことに、その外側にいる見物に来ているほとんどが、女性や子供のようだ。
「さあ、こっちへ。」
老人に促され、ドーム状の大きな石の建物の囲いを抜けると、既に他にも何人かの老人が集っていた。
地面も石造り。
階段だけが鉄のようなものでできていた。
「来客か?」
一人の老人が訪ねてきた。
「何を言っとる。分かるじゃろう。伝説の勇者様じゃ」
老人たちが一斉に、驚いた表情で時人の方を見る。
「ことにじゃ、お前さんにはただの爺に見えるじゃろう。じゃが、これでも、こっちの世界では名だたる偉人なんじゃ。」
老人たちが微笑みながら静まり返った。
すると、杖の音がして、囲いからもう一人の老人が入ってきた。
後ろには、水晶であろうか、赤く、分厚そうな布の上に球状の丸い透明な玉を持った青年がその老人の左斜め後ろに立っていた。
「おお、揃ったの。じゃあ行こうか。」
「うむ。」
杖を持った老人、水晶のような丸い玉を持った青年、そしてそのあとに続くように、中央部の回廊を、
一人一人、老人たちが下りていく。
時人も一番後ろをついていった。
時人は驚いた。
回廊を降りる前には気付かなかったが、よく見ると、回廊の壁に大きな絵が描かれている。
(これが、「時代変遷の絵」?)
そして、左側下、つまり中央に見えるのは、大きな池。
恐るべきことに、回廊の壁、そして地面は、池の周りを除き、すべて石造りであった。
池の周りのごくわずかな部分に、土らしき地面が見える。
前にいる老人に、この場所や、そして何より、壁に描かれた壮大な絵について聞きたいのを我慢しながら、回廊を降りて行った。
そして、回廊を降りるとやはり、絵が360度広がっている。
降りた先の真正面には山、真正面のちょうど斜め上のあたりには、立てて安置されているらしき一本の槍が描かれている。
そして、絵の更に上部には、青空の中に、太陽のようなものや、土星のようなもの、色々な星が描かれている。
「これは?これが『時代変遷の絵』ですか?」
「うむ。後で話そう。」
杖を持った老人が、全員に語り掛けた。
「みんな、揃っとるの。じゃあ始めようか。」
老人たちが、中央にある池を囲うように座り始めた。
時人がこっそりと池に近づき、池の中を覗き込んだ。
池の水は、時人の世界の水と変わらないような水だったが、その池は深く、底を見ることはできなった。
「お前さんはこっちじゃ。」
時人は、絵に描かれた『槍』のちょうど下の場所、つまり、降りてきた回廊の真正面に立たされた。
杖を持った老人が範人の真正面から範人を見ていた。
他の老人たちが、池の周りに座りだした。
杖を持った老人が最後に座り、杖を左側に置いた。
水晶のような丸い玉を持った青年だけが、布の上で両手で抱えるように持ったまま、杖を持っていた老人の左斜め後ろに立っていた。
そして、他の老人たちに語り掛けた。
「じゃあ始めるぞ。」
「応。」
杖を持っていた老人が、両手を挙げ、何語とも分からない言語を発すると、
他の老人たちが、それに呼応するように両手を挙げ、復唱する。
杖を持っていた老人が両手を地面につき、頭を下げると、
他の老人たちが、それを模倣するように頭を下げる。
〔偉人たちが集い、頭を垂れ、ひれ伏している。〕
時人は静かに、繰り返される偉人達の儀式を黙ってみていた。
かれこれ、一時間近く、その儀式は繰り返された。
時人は、眠気に襲われることもなく、その儀式が終わるまで、謎めいていて、畏怖すら感じるその光景を眺めていた。
杖を持った老人が立ち上がり、回廊を登り始めた。
他の老人たちも各々立ち上がり、先ほど、ここまで、範人のすぐ前を歩いていた老人が、時人に歩み寄って来た。
「巫女様の話じゃがの?」
他の老人たちが、その声を聴き、時人の方を見た。
「ああ、はい。何でしょう。」
あまりの光景に驚いたままでいると、その瞬間、池の中から、突然、鳥が二羽飛び立っていった。
二羽の鳥が向かい合わせになり、上を向いて、池の中から出てきたかと思うと、回廊の流れに逆らうように、ゆっくりと左回りをしながら、飛び立っていった。
姿は、はっきりとは分からなかった。
ただ、鳥のようだとだけ。
「おおおお‼」
老人たちが一斉に驚き、声を上げた。
「『判天様』の使いだ!」
「『判天様』の使いだ!」
すると、先ほど話していた老人がつぶやいた。
「判天様…。ふむ、『天命』…じゃな。」
「ハンテン様?」
「うむ。先ほど、池から鳥が二羽出てきたじゃろう。」
「ええ、凄い目まぐるしい飛び方してましたね。」
「あれは、『判天様の使い』と呼ばれてての。実際に近くであの二羽の鳥を見たものはもうおらん。じゃが、ごくまれに、この壁に描かれておる『槍』、つまり『方陣護りの槍』を取りうる者が現れた時、池の中から現れると言われておる。」
「『方陣護りの槍』?」
「そう、先ほど、天巫女様から話は聞いたかの?」
「ええ、『槍』を取ってきてほしいと言われました。」
「それがこれじゃ。この『槍』を探して欲しいんじゃ。」
老人は、壁に描かれた山の上にある槍を指さして言った。
他の老人たちも、各々『方陣護りの槍』とされる槍の方を眺めた。
「っとまぁ、ここで伝えられるのはここまで。後は戻って話そう。」
ふと、水晶のような玉を持った青年がまだいることに気付いた。
時人は、老人に促され、回廊を登って行った。
水晶のような玉を持った青年は、水晶の下に持っていた赤く分厚い布を時人のいた辺りの場所に敷き、その上に水晶をおき、しばし立ち尽くして水晶を眺め、回廊を登り始めた。
石造りの建物から、時人たちが出てくると、天巫女なる女性が立って待っていた。
天巫女「戻ったか。」
老人「はい、ぬかりなく、儀式を済ませることができました。」
屈強そうな男たちも、見物客もこっちを見ている。
老人「そうか。『判天様の使い』。それで皆、ここに残っていたのですね?」
微笑みをたたえる天巫女が言う。
天巫女「その通り。いよいよ、『伝説の勇者』で間違いあるまい。」
老人「天巫女様。」
天巫女「時人。お嬢も待っている。こっちへ来なさい。」
時人「はい。」
天巫女が、戻る道で話しかけてきた。
天巫女「『方陣護りの槍』については聞いたか?」
時人「はい。」
天巫女「よろしい。お嬢もいることだ。心強いであろう。」
時人「でも、遠いんですよね?」
天巫女「まぁな。それも、案ずるまでの事はあるまい。」
時人「……」
天巫女と時人は、先ほど、水奈都に送り出された部屋に戻った。
水奈都「どうだった?」
時人「ちょっと…何とも言えなかった。」
水奈都「そう……」
天巫女「さて、食事の前に、旅支度を済ませることにしよう。」
時人「ちょっと待ってください。あの山って行くのにどれくらいかかるんですか?」
天巫女「三日はかかろう。」
時人「三日!?」
天巫女「72時間はかかる。」
時人「……」
天巫女「睡眠時間は入れていない。」
時人「ええっ!」
天巫女「山の麓まででだ。」
時人「断ります。」
天巫女「ならぬ。我が国の食料をよそ者に与えるのには限界がある。」
時人「……」
天巫女「まあ案ずる事は無い。」
時人「そんな悠長な。」
天巫女「お前たちは、直接山にまで登ることはできない。いや、させることはできない。」
時人「何をいきなり……」
天巫女「『地軸の塔』に行く前に、立ち寄ってほしい場所がある。」
時人「やめてください。」
天巫女「そこには、不味いが食えるものを出してくれるであろう男がいる。」
水奈都「……」
時人「…そこには…どうやって…」
渋い顔をして時人が尋ねる。
天巫女「お前たちが出発する前に占う。」
時人「……はずれたら?」
天巫女「残念ながら、そこにいるのだ。」
二人は黙った。
天巫女「情けないことだ。その男の力を借りねば、我が国は、山の頂上まで登らせることができない。…槍も取ることができないであろう。」
時人「その人はどういう人なんですか?」
天巫女「『離れ人』と呼ばれている。ならず者のような男だ。」
(帰りたい。)
時人と水奈都は、天巫女の方をそれぞれ見ながら思っていた。
時人がたまらず提案した。
「じゃあ僕だけで行きます。」
「駄目じゃ。二人ででなければ取れない、儂には分かる。」
後ろを振り返ると、先ほど時人を近くで案内していた老人がいた。
時人「そんな……」
天巫女「まあ案ずるな。我が国は決して栄えてこそいないが、逆に案ずることももはや少ない国だ。月夜に照らされ、ただまっすぐ、歩くだけ。」
天巫女「山も、谷も、おぬし等を歓待せぬ。おぬしらのゆく道は、自ずと、先ほど時人が歩いたような、殺風景な道であろう。」
水奈都「じゃあ、『離れ人』さんのところからは?」
天巫女「あの男の考えることは分からぬ。まぁ地図の一つくらいはおぬしらに与えられよう。」
時人「どういう世界なんですか?ここは。」
天巫女「『分断され、集約された世界』よ。おぬしらの世界と、という意味ではなく、この世界の中で。」
老人「天巫女様。」
先ほどの老人が声をかけた。
天巫女「話がしけたな。『餞別』の話でもしようではないか。」
老人の後ろの、暖簾の奥から、これはまた、衣装というべき衣を身にまとった女性たちが現れた。
天巫女「この娘たちが、『見守り巫女』、祭楼を見守る役目を与えられた女達だ。」
七人の『見守り巫女』は静かに、水奈都や時人の方を向いて頭を下げた。
天巫女「この者たちに、次の物を与えよ。『伝説の勇者』たる時人には、『地軸の剣』そして、『水晶のブローチ』、こちらのお嬢、水奈都には、『天覧の枝』。以上である。」
『見守り巫女』は再び、静かに頭を下げた。
老人「『地軸の剣』とは…」
天巫女「まぁ、よいではないか。」
老人と、『見守り巫女』が頭を下げた。
天巫女「『見守り巫女』や。この者たちに、案内しておくれ?」
見守り巫女「はい。」
七人の『見守り巫女』が揃えて出した声は、とてもきれいな声だった。
それらの見守り巫女達に率いられ、天巫女が座っていた椅子の更に奥の扉の前に時人と水奈都を誘導した。
見守り巫女「こちらでお待ちください。」
再びきれいに声をそろえて言うと、見守り巫女達は、扉の奥の部屋に入り、扉を閉めた。
再び『見守り巫女』が部屋から出てきた。
一人の『見守り巫女』が時人に『水晶のブローチ』を左胸に、あと二人の『見守り巫女』が、時人の背中に、気で拵えられた鞘を背負わせた。それには、剣がおさめられているようだ。
時人「俺、剣なんて……」
天巫女が失笑するように言った。
天巫女「案ずる事は無い。すべてうまくいく。」
老人「天巫女様。」
天巫女「それにしてもだ。『離れ人』は手ごわいぞ?」
水奈都「どんな人なんですか?」
天巫女「会えば分かる。この国の人間の中では、恐らく、最も手ごわい男だ。何せ、『地軸の塔』近辺を守る、総大将なのだからな。」
時人「総大将…」
天巫女「これくらいの装備は持たせておかねば、あの男も口うるさかろう。」
老人「はっはっは。」
老人がうって変わって笑い声をあげた。
天巫女「それともう一つ。その『水晶のブローチ』は、万が一、ここに戻って来ないまま、そなた達が元いた世界に戻っても、消える事は無い。『天覧の枝』、そして、『地軸の剣』、まぁ、その鞘もであるが、この世界の物だ。恐らく、そなた達がいた世界に戻ることになったら、消え失せるであろう。」
時人は、あと一人の『見守り巫女』から水奈都に手渡された『天覧の枝』に目がいった。
金色の枝の先に、金色の木の葉がついている。
天巫女「はっはっは。名残惜しいのか?その枝が。」
時人が苦笑いを浮かべる。
水奈都「これはこれで、扱いに困るような…。」
天巫女「心配するな。木の葉が取れたところで困る事は無い。」
時人「意外と…裕福なんですね…。」
水奈都「時人!」
時人「あ、すいません。」
天巫女「ふっ。我々も、そっちの世界に行ってみたいものだ。」
老人「天巫女様。」
天巫女「おっと。言葉が過ぎたな。さてと、『離れ人』のいる場所でも占って、用事を済ませようではないか。私はもう眠い。」
天巫女「さぁ、こっちへ来なさい。『見守り巫女』や、『占い』の支度を。」
見守り巫女「はい。」
見守り巫女達が声を揃えて答えると、天巫女がそのうちの一人の見守り巫女を指さして言った。
天巫女「ああ、お前。私は『天巫女の杖』を落としたりはせぬか?」
見守り巫女「大丈夫でございますよ。天巫女様。」
見守り巫女は、衣で口を隠して笑った。
見守り巫女が、クスクスと談笑しながら部屋の外へ向かった。その際、檀上右側の壁際にいる男に会釈をした。
その後、見守り巫女達は、そそくさと暖簾をくぐり、廊下を右側へと進んでいった。
天巫女が、檀上の椅子の後ろ側にある『天巫女の杖』を前にしてこう言った。
天巫女「この時ほど『天巫女』が憂鬱になる時もない。」
時人と水奈都は何も言わず、天巫女が『天巫女の杖』を取り、檀上から降りると、その後をついて行った。
暖簾をくぐり、右側へ進むと、入り口に進む廊下の上に、時計回りに登る階段がある。入口手前右側に扉があり、どうやらそこが「見守り巫女の部屋」のようだ。
天巫女「さぁ、こっちへ。」
天巫女が階段を登り始める。階段の先の扉の前に立つと、天巫女が言った。
天巫女「時に、お嬢。」
水奈都「はい。」
天巫女「その『天覧の枝』は、先ほど話した通りの効果がある。つまり、『魔法の枝』だ。」
水奈都「はい。」
天巫女「好きに使えばよいが、『方陣護りの槍』を手に入れた時だけは違う。」
天巫女「『方陣護りの槍』を手に入れた時、そなた達は必ずしも、身の安全が確保された状況ではないであろう。」
水奈都「じゃあ、どうすれば。」
天巫女「その時は、こう唱えよ。『金色の〔天覧の枝〕、今一度我を』…まぁ、『金色の〔天覧の枝〕、今一度私たちを』でよい。そう唱えよ。」
天巫女「その後、何が起こるかは分からない。だが、お前たちのいた世界には帰れる何かが起こるであろう。」
水奈都は不安そうに聞いている。
天巫女「これからする『占い』は外れぬ。案ずる事は無いのだ。」
天巫女は、杖を片手に失笑しながら言った。
水奈都と時人も、不思議と力が抜けて笑みがこぼれた。
天巫女が言った。
天巫女「よいか?必ず、『槍』を取ってから唱えるのだぞ?」
水奈都「はい。」
時人「わかりました。」
天巫女「この街に戻ってきたときは、約束通り、お前たちの世界に、お前たちが戻れるまで、ここでの生活を保証しよう。」
水奈都・時人「ありがとうございます。」
天巫女「『見守り巫女』が来たな。先に外に行って待っていよう。」
『天巫女』が扉を開くと外に出る形となり、目の前には、白い布に覆われた円形の舞台。うっすらと、下に敷かれた木の色が見える。舞台上には脇にある階段を登るようだ。
その奥は恐らく『時の球伴儀』のあった部屋の上部であろう。そして、舞台は先ほどいた部屋の暖簾の奥の部分の上の階にあたるようだ。
まもなく、『見守り巫女』達が時人たちの後から出てきた。
早速、六人の見守り巫女が同じく時計回りの階段を登り、舞台の上に上がった。
あと一人の見守り巫女は、頭を下げ、階段の手前に立っている。
天巫女「嗚呼…。忌々しい…。」
天巫女はそういうと、階段を登って行き、舞台の中心に立った。それを取り囲むように六人の『見守り巫女』達が立っている。
天巫女が両手で『天巫女の杖』を振り上げた。
天巫女「あああああああああああ…」
いかにも忌々しさを感じる声を上げると、舞台の上で、六人の「見守り巫女」達が右手をさっと高く上げ、右手に持っている鈴を鳴らし、左手では「使い鳥の羽根」をひらひらさせながら、中心にいる天巫女の方の斜め下に視線をやり、天巫女の周りを反時計回りで廻る。
天巫女が、地団駄を踏むかのように、左足で舞台を踏みつけ、「天巫女の杖」を舞台の中央に、垂直に突き刺した。
それが合図となっていたかのように、『見守り巫女』達が舞台脇の階段から降りてきた。
先ほど、階段の下にいた天巫女は、水奈都と時人の前に背中を向け、両腕を横に広げている。六人の天巫女が円形の舞台の周りを取り囲むと、天巫女が舞台脇の階段を下りた。
舞台を覆っている木板を六人の「見守り巫女」が取ると、地面に敷き詰められた布の下にある木板にひびが入っている。
「離れ人」のいる方角を指し示しているのだという。
時人と水奈都は舞台に登り、その方角を確認した。
天巫女が『見守り巫女』を従えるように舞台脇の階段を登りながら言った。
天巫女「その方角に、『離れ人』はいる。」
天巫女「明日、ここを発つがよい。」
範人「ありがとうございます。」
水奈都「ありがとうございます。」
天巫女「今日はもう寝なさい。」
そういうと、『見守り巫女』達が、右手に鈴を掲げ、左腕を身体に巻き付けるようにして周り、それもきれいに反時計回りをし始めた。
範人と水奈都は、睡魔に襲われ、『見守り巫女』が、自分たちの身体を支えたところまでは記憶しつつ、眠りについた。
気が付くと、二人は舞台の上で敷かれた布団の上で並んで寝ていた。
まず、範人が目を覚まし、水奈都を起こした。
水奈都の布団の横には、『天覧の枝』、範人の布団の横には『地軸の剣』が置かれていた。
範人「ったく。ひでーことされた気分だぜ。」
水奈都「皆は?」
範人「とりあえず、下におりてみようぜ?」
水奈都は『天覧の枝』を腰に差し、範人は『地軸の剣』を斜めに背負い舞台をおり、出てきたときの扉を開けた。
その扉の両脇には二人の『見守り巫女』、前には、老人が立っていた。
昨日、範人達を案内した老人だ。
老人「気が付いたかな。」
範人「気が付いたも何も…。」
老人「はっはっは。さて、早速じゃが、出発の時間じゃ。準備はいいかな?」
範人「はい。」
老人「そうか。じゃあ行くとしよう。街の入り口で天巫女様がお待ちじゃ。」
水奈都「老人、私たちが『方陣護りの槍』を取ったら、そこからどうやって戻ってくればいいの?」
老人「うむ。『方陣護りの槍』は『霹靂の怪物』によって守られている。」
水奈都「『霹靂の怪物』……ですか?」
老人「ああ。じゃがまぁ、お前さんたちなら何とか戻って来れるじゃろう。天巫女様もおっしゃっておった通り、『お前さんたちのいた世界に戻れる』何かは起こる。」
時人「その時、その『方陣護りの槍』は?」
老人「天巫女様。」
天巫女「その時、その『方陣護りの槍』は、しばしそなた達のいる世界に託すことになる。」
天巫女は話を聞いていたようで、時人の問いに答えた。天巫女は今日も、『天巫女の杖』を持っていた。
時人・水奈都「えっ?持って帰るっていうことですか?」
天巫女「どちらにせよ、この世界で『天命』に逆らってまでこの街に戻ってきたところで、お前たちのための十分な食料が存在しない。」
老人「天巫女様。」
天巫女「万が一にも『方陣護りの槍』がそなたたちの世界に託されるようなことがあれば、少なくとも、それはこの世界においては『天命』。我々は、それを受け入れなければならない。」
水奈都「その、私たちのいた世界では、その『槍』は?」
天巫女「どのみち危険なものではない。持っているがよい。」
水奈都「…。」
天巫女「なーに、実質的には、その勇者の胸にある『水晶のブローチ』と変わることはないであろう。」
時人「じゃあ……いいか…。」
水奈都「……。」
天巫女「お嬢、何も心配する事は無い。我々の与えた不安すら、そなたたちが、私のした『占い』通りに、『離れ人』のいるところにゆき、『地軸の塔』を登り、その上の山にある『方陣護りの槍』を取ることができれば、何も案ずる事は無い。」
水奈都「天巫女様……。」
天巫女「そう、その意志だ。」
天巫女「何も案ずる事は無い。さて、別れの時間だ。進む方角は、分かっておるな?」
時人は舞台のある建物を確認した。
ちょうど今いる街の入り口とは反対側に向かうようだ。
時人「えっ?」
天巫女「驚いたか。」
時人「ええ…。」
天巫女「我々の世界で我々は、『天命』に基づいて生きている。この世界にいる間、それをゆめゆめ忘れるな。」
水奈都は頷いた。
天巫女「まぁ殺風景な景色はしばらく変わるまいが見ての通り月がこの地上を照らしている。これ以上、暗くはなるまい。」
時人「朝は、来ないんですか?」
天巫女「別れの時だ。また、戻ってくることがあらば、その時にでも話そう。」
天巫女「ああああああ…」
天巫女は、昨日聞いたような忌々しさを感じさせる声をあげ、『天巫女の杖』を両手で掲げた。
同じように、左足で地団駄を踏むように地面を踏み、『天巫女の杖』を地面に突き刺した。
威圧感で後ろに下がった時人と水奈都の前に、土の壁が、先ほどいた街を囲み、収まったかと思うと、
目の前に街は無く、ただ、巨大化したような石の柱、そして、二本の石柱の間ごとに、上部に一本の石柱が置かれている。
〔町全体が、「ストーンヘンジ」と化した〕
時人はしりもちをついた。水奈都は立ち尽くしている。
しばらくすると、すごすごと、時人と水奈都は「ストーンヘンジ」のまわりを半周し、「ストーンヘンジ」から離れていった。
しばらくすると、後ろで再び音がして、振り返ると、先ほど見た土の壁。
街が元通りになった。
舞台の上では、天巫女、その下には『見守り巫女』らしき女性たちが見えた。
天巫女は左手に『天巫女の杖』を握っているようだ。
水奈都は、天巫女様のいるほうに手を振った。
天巫女もそれに気づいた。
天巫女「ふっ、老人。あの者たち、やけに心配しておったな。」
老人「はい。」
天巫女「この世界では、何も不思議ではないことが、『伝説の勇者』の来た世界では『不思議』なのであろう。」
天巫女「『離れ人』が少し考えれば、笑い飛ばしそうなものを……。」
老人「天巫女様。」
天巫女「疲れた。部屋に戻るとしよう」
老人「はい。」
天巫女が右手で手を振り、舞台から降りたのを、水奈都と時人は眺めると、再び振り返り、夜道を歩きだした。
水奈都「おっかなかったねー。」
時人「ここからもそんなのが続くと思うと、後先が思いやられるよ。」
水奈都「でも、『天巫女』様も、『見守り巫女』様も、良い人達だったような気がする。」
時人「ああ、悪い人たちじゃなかったような気がするよな。食べ物がないってのには驚いたけど。」
水奈都「この世界では、何も食べなくても、ダイエットにならない。何か不思議だねー。」
時人のお腹がなった。
時人「ダイエットには…なるんじゃなかったっけ?」
水奈都「ちょっと怖いよいきなりー!」
時人「『離れ人』、どんな人なんだろうね。」
目の前には、本当に何もない道が続く。横を向くと、月が夜道を照らしている。
それ以外、小高い山が見えるくらいで、広大な平野が広がっている。
時人「こんな何もなくて月が照らす夜道なんて、新鮮だね。」
水奈都「そうだね。」
すると、男が急に目の前に現れた。
男「おっと、ここから先は行っちゃいけねえ。」
男は水奈都と時人の風貌を見て言った。
男「何だい。お前さん達、どこから来たんだい?」
水奈都「あなた…『離れ人』さん?」
離れ人「はぁ!?お前さん達、別世界の人間かい?」
時人(話が…早い…)
離れ人らしき男は、改めて、時人と水奈都の風貌を見た。
この世界では、時人と水奈都の服やズボンのような柄は少なくとも外国人のする服装らしい。
離れ人「おいおい、冗談だろ。それで『地軸の塔』を登ろうってのかい?」
時人(話が…早い…)
離れ人「天巫女様のお姉ちゃんのくれたものは?」
水奈都は『天覧の枝』を、時人は、後ろに携える、『地軸の剣』を離れ人らしき男に見せた。
離れ人「それで『槍』を取るだと?何バカなこと言ってるんだ。できるわけねえだろ。」
離れ人「『地軸の塔』の上ってのをどういうところだと思ってるんだ。」
水奈都「……そんな、不安になることを言われても…。」
離れ人らしき男は、時人の『水晶のブローチ』に気が付いた。
離れ人「何だい、その兄ちゃんの胸につけてあるやつ、『水晶のブローチ』かい?」
時人「はい。」
離れ人「水晶のブローチか、『まぁまぁ』だな。」
離れ人「しっかし何やってんだ、あいつら…。」
離れ人「ああ、『ときかくにん』の儀式の頃合いか。しっかし、だからと言ってだな…」
離れ人はしばし間を置くと、頭をかきながら言った。
離れ人「あああああ…そうだ。俺がその『離れ人』ってやつだ。」
時人「初めまして」
時人(勘弁して?この世界。)
水奈都「初めまして。」
離れ人「天巫女様のお姉ちゃんに言われて、ここに来たんだな?」
水奈都「そうです。」
離れ人「なんて言われた?」
時人「立ち寄って、『地軸の塔』の上の更にその上の山にある『方陣護りの槍』を取ってこい』って…。」
離れ人「ああ、立ち寄って……な?」
時人「ええ……。」
離れ人の表情が曇った。
離れ人「とりあえず、この先は『行き先が違う』。こっちだ。ついてきな。」
離れ人は、時人と水奈都の向かっていた方角とは少し方向を変えて歩き始めた。
時人と水奈都は、顔を見合わせて、黙って『離れ人』の後ろを歩き始めた。
離れ人は、一つの小屋に入っていった。
時人と、水奈都も入ると、そこには、大量の衣服が並べてあった。
離れ人は、時人と、水奈都の方を見て言った。
離れ人「お前さんたちの世界の服を置いて行かせるわけにもいかねえからなー。」
そういって、大量の衣服の中に入り込み、何かを探し始めた。
しばらくすると、どこにあったのか分からないような、大きな毛皮の切れを取り出した。
時人の右わき腹に巻き、左肩の上で結び付けた。
離れ人「こうやるんだ。お嬢ちゃんも、ほら。」
離れ人は、同じような大きな毛皮の切れを離れ人が時人にしたように巻き付けて左肩で結んだ。
離れ人「ま、『胴巻き』ってところだな。」
時人(古代人?)
時人と水奈都はお互いの姿を見合わせた。
離れ人「うん、だせぇな。」
水奈都「……ええ。」
時人「……そうですね。」
離れ人「ま、『方陣護りの槍』を取るまでの間だ。我慢しな。」
離れ人「あとは…『地軸の塔』だから…靴か…草鞋だな…」
時人「えっ?」
離れ人「来な?」
そういうと、離れ人はその小屋から出て、別の小屋へと向かった。
離れ人「まぁ、ここは俺の小屋でもあるんだが…二つもあったかなぁ…。あった!」
大きな声で離れ人は驚いた。
離れ人「これだ……。」
それは、「蔓」でできた大きな靴だった。
離れ人「それを、靴の外側に履いておけ。別世界の靴なんざ恐ろしくてならねえ。」
時人が、その草鞋を履こうとすると、離れ人が止めた。
離れ人「おおっと。それは後でいい。ここを出る時で構わねえ。その靴は、『地軸の塔』の地面を踏みしめるためのものだ。」
時人「ありがとうございます。」
離れ人「どうしたもんかなぁ。困っちまうんだけどなー。」
水奈都「どうしたんですか?」
離れ人「勝てねえ。」
水奈都「えっ?」
離れ人「それじゃあまだ、あの『槍』の近くにいる連中に勝てねえ。」
水奈都「『槍』の近くにいる連中?」
離れ人「この世界の連中が『天命』に基づいて生きている、とか、天巫女様のお姉ちゃん、言っていただろ?」
時人「ええ。」
離れ人「同じくだ。『方陣護りの槍』の近くにも、それを守る『天命』をもったやつらが一人は必ずいるんだ。そしてそれは残念ながら、『人間じゃねえ』。」
時人「えっ……。」
離れ人「お前さん達、別世界から来た人間で、間違いねえよな?」
時人「はい。違うと思います。」
水奈都「私もです。」
離れ人「じゃあ、今日の話はここまでだ。しけた話は後にしよう。この先に自然の温泉がある。一人ずつ入れ。」
水奈都「……」
離れ人「タオルなら、さっき服がたくさんあった部屋の中にある。好きなものを持っていけ。使い終わったら俺の小屋の入り口手前にでも置いておいてくれ。」
時人「じゃあ俺も。」
と水奈都の後ろをついて行こうとすると、離れ人が止めた。
離れ人「兄ちゃんはその胴巻き使え。」
時人「ええっ!」
水奈都が笑う。
離れ人「ああん!?」
時人「そんなぁ…」
離れ人「ちっ、洗う量が二倍になるじゃねえか。」
時人「洗いますからー。」
離れ人「冗談じゃねえ。……冗談だよ。小屋の中にあるタオル使え。それとな、数日間ここにいることになるだろうから、あんまり使いすぎるなよ?」
時人「そうなんですか?」
離れ人「ああ、ちょっとめんどくせえものをお手製しなきゃいけねえようだ。それには、一日じゃ終わらねえ。数日間、ここに居座ってくれ。」
水奈都「わかり…」
時人「ました…」
水奈都と時人は、二人で温泉を確認しに行くと、順番に温泉に入り、時人が戻ると、水奈都はまた別の小屋に案内されていた。
しばらく話していると、外で男の声がした。
離れ人「おい。飯だ。ここに置いておく。大事に食えよ。食い終わったら、俺の小屋に来い。」
時人と水奈都が半ば安堵したように、外に出ると、離れ人が小屋に向かっていた。時人と水奈都の前には、水筒が二つ置かれていた。
持って入り、中を確認すると、白く濁ったお湯に、小さな葉が浮いていた。
時人「やっと食事にありつけるー!」
水奈都も自然と笑みがこぼれた。
天巫女も言っていたように、『不味いが食えるもの』くらいのことはあった。
時人と水奈都は、お腹いっぱいになると、離れ人の小屋に向かった。
時人・水奈都「ごちそうさまでしたー。」
離れ人「おう、来たか。まぁ座れよ。茶ぐらいなら出してやる。」
時人「お構いなく。」
水奈都「いろいろありがとうございます。」
離れ人「まああれくらいの食事なら、言えば出してやる。ちょっと時間はかかるがな。」
時人と水奈都は座った。
よく見ると、この小屋は、今いる部屋の奥に、もう一部屋あるようだ。
離れ人「さて、ところでだ、さっき、一通り、ここにあるもので勇者様の『装備』的なものを揃えてはみたんだが…。」
時人「装備…。」
離れ人「なんだい兄ちゃん。このまま出かけるかい?」
時人「いえ。」
離れ人「だが、それだけじゃ多分、『方陣護りの槍』は取れねえ。」
水奈都「…。」
離れ人「そこでだ。数日かかるが、『最後の装備品』を俺がお手製する。」
時人「お手製、ですか?」
離れ人「なーに、お手製といっても、不足分を埋めるだけの話だ。そんなに大したもんじゃねえ。それにお前さん達、まだ『地軸の剣』と『天覧の枝』実戦で使ったことねえだろ?」
時人「はい。」
水奈都「どうやって使うのかもまだあんまり…。」
離れ人「いくら何でも訓練もなしに実戦に行くのはあぶねえし、やっつけすぎだ。」
時人「ですよね…。」
離れ人「そこでだ。明日までに俺が、訓練場所をお手製しておく。」
時人「訓練場所もお手製ですか…。」
水奈都「どこで訓練するんですか?」
離れ人「川だ。その上流に滝があるから、そこの水をいったんせき止めて、下流に向けて開放する。」
時人「まさかその下流に俺たちがいるっていう話じゃないですよね?」
離れ人「俺に、お嬢ちゃん殴り掛かる訓練しろって言ってるのか?」
時人「いえ……。」
離れ人「俺に、『天覧の枝』と勝負しろと?」
水奈都「いえ…私もそれは嫌です。」
ぐぅの音も出ない反論が返ってきた。
離れ人「そういう事だ。」
離れ人「とにかく、明日はさすがに訓練で疲れもするだろう。お茶飲んだらそろそろ寝ろ。お茶飲んでる間に、さっき案内した小屋に二人分の布団を用意しておいてやる。」
そういうと、離れ人は、時人と水奈都の小屋に布団を用意しに向かった。
お茶を飲んでいると、離れ人が戻ってきた。
離れ人「おう。準備できたぞ。寝ろ」
時人「寝ろって言われてもどうやって…。」
離れ人「お前さん達、天巫女様のお姉ちゃんの所ではどうやって寝たんだい?」
時人「『見守り巫女』に強引に寝かされたみたいです。」
離れ人「はっはっは。そりゃあシャレにならねえな。」
時人「……ええ。」
時人の脳裏には、翌日の訓練がよぎっていた。
離れ人「まぁ、あの小屋の中で、お嬢ちゃんが持っている『天覧の枝』を胸に持って横になれ。そうすれば寝れる。」
時人「俺は?」
離れ人「剣の使い方の修行でもするかい?俺と。」
時人は、ガタイのいい離れ人を見て言った。
時人「それは…遠慮したいです…。」
離れ人「じゃあ寝ろ。」
時人「……はい。」
謎の威圧感で反論することができなかった。
二人は立ち上がり、水奈都はお礼を言い、時人はすごすごと離れ人の小屋から出て、布団の用意してある小屋に戻って寝た。
翌日、部屋の前には、タオルと桶が用意してあり、中には水が貯めてあった。
その反対側には二つの水筒。
水奈都は桶を温泉の方に持っていき、その桶の水で服を洗った。
乾かす暇はない。
「んもう。」といいながら、濡れたままの服を再び着てその上からタオルを羽織った。
水奈都が戻ると、時人に離れ人が何やら言っていた。
その後、時人がタオルを持って、温泉の方に向かった。
水奈都「何か、言われたの?」
時人「『異世界人を不潔にして戻したと言われる。』とか言うんだぜ?あいつ。」
水奈都「えっ?てか、洗わないつもりだったの?あんた。」
時人「……。」
水奈都「あんたもこの世界に慣れたのねー。」
時人「そんな事は無いと思うけど。」
水奈都「確かに殺風景だけど、食事の心配がなくなると、生きやすいのかしら。」
時人「ああ、なるほどな。」
時人は妙に納得すると、洗濯をしに温泉の方に向かっていった。
戻ると、水奈都と『離れ人』が二人で立っていた。
離れ人「食事はしなくて大丈夫か?」
時人「ええ、大丈夫です。」
離れ人「よし、じゃあ行くか。こっちだ。」
離れ人は、離れ人の小屋の奥の方を歩いて行った。
そこには川、滝が右手に見えた。そこまで水流は無いようだ。
離れ人「滝の中央の下流、そこに上流から時人、水奈都の順番で立て。いいか、絶対に『地軸の剣』と『天覧の杖』を構えて水を受け止めろよ?」
水奈都「はい。」
時人「わかりました。」
離れ人「上流の水を開放する時には、おれが合図を出す。その前には構えていろ。」
時人「わかりました。」
離れ人「よし、じゃあ準備にかかれ。」
離れ人が滝の上の方に向かっていった。
水奈都と時人は言われたように、滝の中央の下流部分に、上流から、時人、水奈都の順番で立った。
水奈都「ねえ。大丈夫かなぁ。」
時人「大丈夫だって。」
しばらくすると、水流が少なくなった。
時人「何か、緊張してきた。」
水奈都「怖いわー。」
すると、上流から『離れ人』の声がした。
離れ人「いくぜ?」
時人「はい!」
離れ人が水をせき止めていた門を開くと、滝の上からものすごい勢いで水が流れ落ち、それが激流となって時人と水奈都の方に向かってきた。
時人は、『地軸の剣』を身体の前で両手で握って構え、水奈都は、時人の後ろで『天覧の枝』を左手に持って構え、激流を受け止めた。
見えないバリアが、時人の前で、激流をかき分けた。
時人「すごい!!」
水奈都「怖いー!!」
時人「激流が俺の前で!」
水奈都「何ー!?」
水奈都には聞こえない。
激流が収まっても、水奈都と時人の顔は濡れていなかった。
離れ人が、滝の上から降りてきて言った。
離れ人「こりゃあ、たいしたもんだな……。」
離れ人「もう一回、やるか?」
時人「はい、しておきます。」
水奈都「枝、大丈夫なんですよね?」
離れ人「心配いらねー。冗談にもならねえよ、その力。」
しばらく、その「訓練」は繰り返された。
何度しても、時人の前に見えないバリアが張り巡らされ、時人や、水奈都の顔に水がかかる事は無かった。
その日も、食事を済ませ、いつも通り寝た。
次の日、時人が起き、何気なく、「離れ人」の小屋に入った。
誰もおらず、うっすらと、奥の部屋から光が漏れていた。
扉に近づくと、後ろから離れ人が声をかけた。
離れ人「おっと、この先は入らないでくれ。」
時人「この先は?」
離れ人「企業秘密だ。『古の世界』にあった知恵が保管されている。」
時人「……わかりました。」
離れ人「さすが『伝説の勇者』、それでいい。」
時人「ははは。」
(『伝説の勇者』とはいうが、どういう伝説なのだろう)
時人は、そう考えた。
その日も、水奈都が起きると、「滝での修行」が行われた。
その日も、水奈都や時人の顔が濡れる事は無かった。
次の日、水奈都と時人が起きて、離れ人の部屋に向かった。
離れ人は、手間の部屋で座って二人を待っていた。
離れ人「おう、できたぞ。最後の防具。」
時人「『最後の防具』ですか?」
離れ人「そうだ。」
そういうと、離れ人は左手から二つの指輪を出した。
土か何かでできているようだ。
離れ人「これしかねえ」
時人「何ですかこれ。」
時人は、指輪を手に取ると、訝しげに言った。
指輪には、人形をかたどった部分がある。
離れ人「名付けて『人形リング』だ。」
水奈都「可愛い…。けどこれ、何でできているんですか?」
離れ人「土だ。それから、お前たちの靴底を少し削って、それを混ぜてある。」
水奈都「土…。靴底……。」
時人「いつの間に…。」
離れ人「これは、連中からもらったパチモンとは違って、お前たちの世界にもワープできる『優れモノ』だ。つまり、お前たちの世界にも持って帰れる!」
いささかどや顔をして離れ人が言った。
時人と水奈都は黙り込む。
離れ人「何だい?うれしくねえのかい?」
水奈都「いえ…」
離れ人「だろ?」
離れ人「それを、左手薬指にはめろ。」
水奈都「はぁ!?」
時人「怒りますよ?」
離れ人「兄ちゃん、その剣、抜いてみろ。」
時人は、剣を抜いた。
離れ人「な?今度はお嬢ちゃん、その枝、構えてみろ。」
水奈都は、『天覧の枝』を構えた。
離れ人「な?この世界だけでの話だ。気にせずはめておけ。」
二人は、しぶしぶ、言われるがまま、指輪をそれぞれの左手薬指にはめた。
時人「やけに中途半端に古代人化したような……。」
離れ人「さて…と、名残惜しいがそろそろ別れの時間が近づいてきたようだ。その指輪をはめたとなりゃあ、もう訓練も必要ねえ。」
離れ人はいささかさみしそうな表情をしていた。
離れ人「ここから先、『地軸の塔』、そして、その先のやつらはたちが悪い。『背後を背後と知って』攻撃してきやがる。」
時人「…」
離れ人「お前たちがどんなに気を付けても、背後を悟られる。」
離れ人「さっきやった指輪、あれには魔力が込められている。危険が察知されたら、お前さん、『伝説の勇者』さん、あんただよ、あんたの身体が自然と危険な方向に向くだろう。」
時人「身体が、ですか?」
離れ人「そうだ。背後を取ってくるだろうから、お嬢ちゃんと二人で、背中合わせになって動け。そうすりゃ後は何とかなる。」
時人「何とかなる…ですか…。」
離れ人「おいおい、バカにしてくれるなよ?」
離れ人は立ち上がるといった。
離れ人「よし、じゃあちょっとだけ見せてやろう。結構すごいんだぜ?」
時人と水奈都は外に出た。
離れ人「よし、じゃあ兄ちゃん、ちょっとそこに立ってみな。」
言われた通りの場所に時人が立つ。
50mは距離があろうかという場所に離れ人はたち、仁王立ちになり、肘を腰に手を当てて、気合をためだした。
離れ人「よーし、あんちゃん、ちょっと剣の腕前見せてみな。」
時人「え?」
離れ人「『かかってこい』って言ってるんだよ。大丈夫だから。」
剣を構えようとすると、剣の握り方に、違和感が走る。
握り方が先日と逆だ。時人と水奈都がいた世界、そして、今目の前に『離れ人』がいる世界、この二つの世界で共通している普通の握り方になっている。
そして、自分の意志で、変えることができない。
離れ人「何だった?」
時人「いや、この持ち方。」
離れ人「大丈夫だろ?。来な?」
時人は、左肩の後ろに剣を振り上げ、離れ人に立ち向かっていった。
離れ人が時人が近づいたのに呼応するかのように右側に重心を置いて前のめりになると、ものすごい威圧感が時人を襲った。
少しひるむかと思った瞬間、離れ人が左足を前に出し、右肩後ろに左拳を繰り出した。
時人「うわぁ!!」
時人はたまらず、剣を振り下ろさぬまま、離れ人の右ひざに雪崩れるようにぶつかり、離れ人の横河で宙に浮いたまま、ほとんど一回転して転んだ。
離れ人「はっはっは。大丈夫か、兄ちゃん。」
時人「怖かったー…」
少なくとも、剣は、振り下ろせなかった。
剣を持っていた手は、離れ人の右ひざにぶつかった後、剣の峰には手が添えられ、振り下ろされるような形で時人の左側に動き、それを回転軸とするかのように前転した。
離れ人は手をはたき、時人を立ち上がらせると、二人で水奈都の方に向かっていった。
離れ人が話を切り出した。
離れ人「ところでお前さん達、この世界に来る前に、『石』に触れたかい?」
時人「ええ、『石』の中に入って、この世界に入りました。」
離れ人「『石』の中?」
時人「詳しく説明するのは難しいんですが、老人と、少し若めの男に誘導されて、少し若めの人に『この石の中に入れ』って言われて。」
水奈都「詳しく説明するのは難しいんですが…。」
離れ人「どんな形の『石』だ?」
時人「長方形で、その、直方体のような形をした石です。」
離れ人「そこに入って、この世界に来たんだな?」
時人「そうです。」
離れ人「そうか。分かった。」
時人は、離れ人からもらった、リングの人形の胸、つまりみぞおちのあたりに布がかぶせられ、止められている事に気付いた。
時人が、その布に手を触れようとすると、
離れ人「おおっと、そこはめくるな。めくっちゃ駄目なやつだよそれは。」
時人「そうなんですか?」
離れ人「ああ。せっかく作ってやったんだ。大事に使ってくれよ?」
離れ人「そして、少なくとも、この世界では、そのリングの布をめくるな、分かったな?」
時人「はい。」
水奈都も、自分のリングの人形の、みぞおちの部分に布がかぶせられていることが分かった。
離れ人「お嬢ちゃんのも同じだ。その布は取っちゃならねぇ。」
水奈都「わかりました。」
離れ人「さて…と。別れの時間だな。」
時人「そういえば、『方陣護りの槍』は、何か怪物に守られているって、天巫女様の街の老人が言っていましたけど。」
離れ人「あー『霹靂の怪物』の事か。まぁ、あいつも、これだけやってれば何とかなるだろ。」
時人「悠長ですよね。ここの世界の人達って…。」
離れ人「まぁ、何とかなる。そういうもんなんだ。」
離れ人は、(お前たちならな)と思っていた。
離れ人は続けた。
離れ人「さっきやった指輪、お前たちの世界に戻っても捨ててくれるなよ?」
離れ人「ああそれと、指輪の布は、そっちの世界に行っても、取っちゃ駄目だぜ?」
離れ人「そこはこのリングの『秘密の場所』なんだ。」
すると、上空を見覚えのある二羽の鳥が川や、滝のあった方に飛び立っていった。
離れ人「うわ!判天鳥!」
時人「ああ、『判天様の使い』って天巫女様達が言っていた鳥のことですか?」
離れ人「ああ、地図をやる手間が省けた。」
離れ人「今『判天鳥』が向かった先に、『地軸の塔』がある。そこまで歩いて、3日はかかるだろう。」
時人「三日、ですか。」
離れ人「ああ、あの川を抜けてしばらく歩くと、下り坂になっている。そこから、『地軸の塔』の全貌が見える。後は、適度に休みながら、俺のやった『人形リング』に気を付けて進めばいい。」
離れ人「まぁあれだ。気を付けていけよ。達者でな。それと、俺のやった靴、忘れずに履いて行けよ。」
そういうと、時人と、水奈都の背中を離れ人の小屋の奥側に向かって押し、離れ人は小屋の中に入っていった。
時人は、離れ人が小屋の中に入り、ここに来た最初の日にもらった、「蔓」でできた靴を小屋の中から外に投げてきた。離れ人は「ぴしゃ」っと小屋の戸を閉めた。
時人たちはそれを自分たちの靴の上から「蔓」でできた靴を履き、小屋の奥の方へと、水奈都と歩いて行った。
昨日まで訓練していた川を渡り、しばらく歩くと、大きな下り坂が見えた。
目の前が開けていたので、『離れ人』が言っていた通り、『地軸の塔』の全貌が見えた。
『地軸の塔』の屋上には、青い生き物、そして、山が見えた。小さく、銀色をした円形のエリアが見える。
下り坂を下った場所は、森になっており、『地軸の塔』への道、そして、『地軸の塔』の周りだけが平地になっている。
下り坂は、走って駆け下りた。
「山も谷も、おぬしらを歓待しない」と言った天巫女の言葉通り、そこから先は、今までとは違い、疲労が襲ってきたりした。
その度に、『人形リング』が、時人の身体を動かした。
(〔何者か〕が、自分たちのことを察知している。)
そう感じながら、何とか『地軸の塔』までたどり着いた。
塔は円筒状で、時人と水奈都は、息を切らしながら、塔に背中をついて座り込みしばし休息を取った。
二人の脳裏に、天巫女と、離れ人の言葉がよぎった。
(天巫女「案ずる事は無い。」)
(離れ人「まぁ、何とかなる。」)
時人と水奈都は二人で息を切らしながら笑った。
すると、この世界に来た最初の日、舞台の上での出来事が頭をよぎる。
『見守り巫女』たちが、時人と水奈都の周りをきれいに舞い、眠りについたあの日。
時人と水奈都は、しばし、眠りにつくことができた。
時人は、しばらくすると、目を覚ました。頭上には走って降りてきた坂道の上に、月が輝いていた。
水奈都を起こし、立ち上がった。
時人「さ、登ろうぜ?」
水奈都「登りは、するのね?」
時人「一気に、駆け上がろう」
水奈都「そんな、感じよね?」
時人と水奈都は、『地軸の塔』に走って突入し、階段を見つけては駆け上がり、行き止まりを見つけては、階段を下りて別の階段を探し、そうこうしている間に、屋上にたどり着いた。
屋上は縦長の長方形、そして、『地軸の塔』二階層ほどに相当する山があった。その上には確かに、『槍』らしきものが備えられている。
「グェッヘッヘ」
山の前にいる青色の生命体がこっちを見て笑っている。
どこから見つけたのか、短刀のようなものを右手に持っている。
【霹靂の怪物】
水奈都「気を付けて!」
時人「おう、分かっている。」
時人の『地軸の剣』は自然と左手に握られていた。
【霹靂の怪物】
が右手に持った短刀のようなもので、十字を切ると、その形の【波動】が時人たちを襲った。
時人は『地軸の剣』で、水奈都は『天覧の枝』でその【波動】を防ごうとしたが、『胴巻き』が肩口で切られ、『胴巻き』が地にひらりと落ちた。
時人「おいおい、マジかよ。」
水奈都「ホント、ラスボス戦している気分よね?」
時人「じょうだんじゃねえ。行くぞ。」
水奈都「私は、こっちにいるわ。」
時人「…おい」
時人は苦笑いを浮かべた。【霹靂の怪物】が再び右手に持った短刀で十字を切り、【波動】を発生させた。
その波動は、水奈都の方に向かう。
水奈都は『天覧の枝』を両手で身体の前で持っていた。
水奈都「ちょっと!!」
水奈都は【波動】を防ぎきることができない。
時人が、【霹靂の怪物】に立ち向かっていった。
霹靂の怪物「ちぃっ!『地軸の剣』か!」
霹靂の怪物は、短刀のようなもので『地軸の剣』を受け止めると、時人に足払いをかけ、転ばせた。
【霹靂の怪物】はすかさず、【波動】を繰り出し、水奈都の動きを止める。
時人「水奈都!」
水奈都「時人!『方陣護りの槍』を取って!」
時人の前には山、そして階段まで見える。
時人「大丈夫か!」
水奈都「大丈夫!早くとって!」
時人「待ってろ!」
時人は、山を駆け上がり始めた。
【霹靂の怪物】がそれに気づき、時人に向かって、短刀で十字を切った。【波動】が時人を襲う。
時人の左手につけていた指輪に、十字攻撃が当たり、指輪が壊れてしまった。
時人「おおっと!」
時人は、落ちかけた指輪をキャッチし、左ポケットに入れた。
時人は、再び山を駆け上がり始めた。
霹靂の怪物「ちぃっ!」
霹靂の怪物は、あくまで水奈都の動きを止めるべく、水奈都の方に向かって、短刀で十字を切る。
再三、水奈都を十字の【波動】が襲う。
金色の枝の葉の部分で、【波動】を受け止める。
水奈都「しつこい!もう!時人!早く!」
時人「ちょっと待ってろ!今取る!」
水奈都「当たったらどうするのよこれ!」
時人「待ってろってば!」
【霹靂の怪物】が時人が再び山を駆け上がっているのを見つけ、ひざまずき、地面に突き刺そうと、短刀のようなものを持ちかえて振り上げた。
すると、水奈都に、天巫女の声が聞こえた。
天巫女「それは冗談ではない事。お嬢、今からいうとおりに、呪文を唱えなさい。」
水奈都「天巫女様!」
天巫女「いいですね?」
水奈都「はい!」
天巫女は、『呪文』を水奈都に教えた。
天巫女「…わかりましたね?」
水奈都「はい!」
【霹靂の怪物】は短刀のようなものを振り下ろした。
天巫女「今です!」
水奈都は、右手で『天覧の枝』の葉のあたりに添え、左手で枝を握り、半身の態勢で、天巫女から教わった『呪文』を唱えた。
すると、天空から、物凄い勢いで回転しながら、『判天鳥』、『判天様の使い』が現れ、【霹靂の怪物】の両腕をつかみ、【霹靂の怪物】を連れ去っていった。
天巫女の声がした。
天巫女「ありがとう。助かりました。さぁ、『方陣護りの槍』は目の前です。」
水奈都「時人!」
時人は山の頂上まで駆け上がった。目の前に、白く長い柄、そして、銀色の槍頭をした『方陣護りの槍』が姿を現した。地面からそれを抜くと、【霹靂の怪物】が、両手を広げ、身体を回転させながら、こちらに向かってきた。
水奈都「ちょっとちょっとー!」
時人「何でもありかよあいつ…。」
水奈都「時人!早くこっちへ!」
時人「おう!」
時人は、懸命に水奈都の方に走り始めた。
水奈都は、半身の態勢を保ち、左手で『天覧の枝』を持ち、天巫女から教わった『方陣護りの槍』を手に入れた後に唱える呪文を頭の中で復唱した。
水奈都(『金色の〔天覧の枝〕、今一度私たちを』…『金色の〔天覧の枝〕、今一度私たちを』…)
水奈都「戻ってきて!早く!」
時人が、水奈都の後ろに回った。
時人「剣と槍とか持ちにくいよ!」
水奈都「ちょっと、それ今重要!?」
前からは、【霹靂の怪物】が襲い掛かってきている。
水奈都「いい!?となえるよ!?」
時人「おう!…ちっ!」
時人が水奈都の前方に回った。
水奈都「時人!」
時人「いいから早く!」
水奈都は、恐る恐る、呪文を唱え始めた。
水奈都「金色の『天覧の枝』、今一度私達を!!」
その次の瞬間、【霹靂の怪物】の前から、二人の姿が消えた。
二人がいたその場所には、『天覧の枝』、そして『地軸の剣』だけが残されていた。
しばらくすると、天空から、「蔓」でできた靴が落ちてきた。
〔こうして、水奈都と時人、もとい範人は、元居た世界に戻っていった。〕
水奈都が先に目を覚ますと、一軒の家に居た。
隣には、範人。その奥には『方陣護りの槍』が横たわっていた。
水奈都「『範人』、大丈夫!?」
範人「…『範人』?」
範人は眠そうに目を覚まして起き上がった。
水奈都「あ、そっか。『範人』になったのか。大丈夫だった?」
範人「お前は。」
水奈都「水奈都だよ!」
範人「そうじゃなくて、大丈夫だったか?」
水奈都「うん、呪文を唱えた後、私の前が真っ白になって『天覧の枝』が消えたとっころまでは覚えているんだけど…。」
水奈都は時人の『水晶のブローチ』に気が付いた。
範人「俺もだ。いきなり白い世界に包まれたような感じがして、気付いたら…」
水奈都「『水晶のブローチ』…」
範人「ああ、ホントだ。お前も、『人形リング』」
水奈都「ふふふ。範人の分は?」
範人「そういえば…」
範人が左ポケットを確かめると、『壊された人形リング』が入っていた。
水奈都「あーあ、壊しちゃった。」
範人「死んだかと思った。」
目の前には、石の棺があった。あの時、マントを羽織った男と会った場所で見たような棺…。
ギザギザにかみ合わせるような部分は無かったが。
水奈都も自然と石の棺があるのに気付いて笑った。
範人「あーあ、おっかなかったー。」
水奈都「ホント、霹靂の怪物から逃げられないかと思った。」
範人「あー、あれはびっくりした。」
水奈都「『槍』どうしよう…。」
範人「うーん、とりあえず、俺のうちに持って帰る。」
今頃、どうしているのだろう。この槍、いや、矛であろうか。これは一体。
思えば、この世界に来て、「槍」が「矛」に変わったような気がする。
ひとまず、範人は『方陣護りの槍』いや『方陣護りの矛』を持ち帰った。
その後、再び、この世界で会ったあの老人たちとすら、会う事は無かった。
『天命』、それと思しき現象か何かで、その『矛』、もとい、『方陣護りの槍』が、範人と水奈都の世界から消えてしまったのは、三日後の事であった。
「水晶のブローチ」だけは、範人と水奈都の世界に残され続けた。
そしてそれはいつしか、範人と水奈都の世界にある水の中に納められ、祀られるようになった。
本作品を最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。
何を吸収できたのか知る由もございませんが、何らかの契機などになればよいと考える次第であります。
感想などあれば、適宜送っていただきたいとも考えておる次第であります。
質問にどれほど答えて差し上げられるかはわかりませんが、感想であれば受け付けたいなーと考える次第であります。
末筆にはなりましたが、本作品執筆の契機を与えてくださいました、「小説になろう」各位に対し、御礼を申し上げます。
私の契約先に対しましても、機会があれば御礼を申し上げたいと、考えておる次第であります。
以上となりますが、今後とも、よろしくお願い申し上げます。