アルテ・ロイテ〜老人
「……って……。えっ!? お、お爺さん、誰っすか!? 何で人ん家の縁側に座ってんの!!?」
俺は度肝を抜かさせられた。
アヤコばあちゃんも愛子も梅子も麻里亜子も全員が遠出で外出中という珍しいある日。
縁側に、見知らぬ外国人のお爺さんが座っていた。
そのお爺さんは小柄な梅子よりも更に小柄でガリガリにやせ細っており、その姿は痛々しい程で鼻は鷲鼻でイボがあり、醜悪とも言えたが横顔から見えるその目には素晴らしい知性を宿しているようにも見えた。
お爺さんはこちらを向き、荘厳とも言える声で俺に話しかけた。
「貴方がマサルさんですね。貴方が1人になるのをずっと待っていました」
「貴方は……。どなたですか? 何でここに……」
戸惑っている俺に向かってお爺さんは言う。
「私は第7番目の女神、『シェヴン』です。貴方に助けて頂きに参りました」
第7番目の女神ーー?
いや、おかしいだろう。
今までやって来た女神達は皆化け物の姿をしていたし、こんな風にまともに会話が出来る状態ではなかった。
何より、この『シェヴン』は何故性別を変えられているんだ。
色々と聞きたい事のある俺の思考を読むかのように、彼ーー、いや、『彼女』はこう言った。
「『ロキ』はこの老人の姿に私を変える際に、知性を残しました。私はただ1人、『ロキ』に同情を寄せた女神です。『ロキ』は、かえってそれが気に食わなかったらしく、最もむごい状態で私の姿を変えたのです」
俺は不思議に思った。
「同情を寄せたのに何故そんな事に? 『ロキ』は遊び半分で女神達を化け物にしたんじゃなかったんですか」
梅子と違って威厳のある『彼女』の話し方に、俺も思わず丁寧な言葉遣いになった。
『シェヴン』は言う。
「『ロキ』は『ロキ』で自らが半端な神である事に苦しんでいるのです。そんな彼が、女神から同情されるだなんて最も屈辱的な事だったのでしょう。私はそれでも彼に同情せざるを得ないと思っておりました」
「……でも『ロキ』はどうして貴女に『知性』を残したんでしょうか」
シェヴンは遠くを見る目をして応えた。
女神というよりは達観した人間の老人そのもののように。
秋の風が吹いている。
その風がシェヴンの白髪を僅かに揺らした。
「その姿ーー老人の姿になったまま女神としての誇りを保てるかどうか試したかったのか、余程彼を可哀想に思っていた私が許せなかったのか、どちらかでしょう」
「………」
「いずれにせよ、『ロキ』は今でも私の姿を監視しているはずです。それでもマサルさん、貴方とのこの談合を邪魔しないのは……」
「邪魔しないのは?」
「私が元の女神になる事を良しとしているからでしょう」
何だか分からない。
結局『ロキ』はシェヴンの事を憎んでいるのか、いないのか。
ただ一つ言えるとすれば、『ロキ』の気が変わらない内にシェヴンを女神の姿に戻す事に専念した方がいいという事だ。
しかし俺は躊躇していた。
エニグマを使うのは梅子曰く「骨をバキバキに折られて内臓を潰されるくらい痛い」らしい。
梅子やアヤコばあちゃんの帰りを待っていた方がいいのではないか。
しかしそれに関してもシェヴンは俺の懸念を読み取るかのようにこう言った。
「フリッグ様(梅子の事だ)やアヤコさんにはこの姿を見られたくないのです。マサルさん、貴方の『エニグマ』には苦痛が伴う事は知っています。でも私はそれに耐えますから、お願いですから元の姿に戻してください」
「………」
一も二も無かった。
『彼女』はこの醜悪な姿を昔の知り合いに見られたくはないんだろう。
それで俺が1人になるのをずっと待っていたのだ。
俺はこの可哀想な女神を元に戻すべく、エニグマを部屋から運んできた。
勿論日独辞典と一緒に。
「『シェヴン』……。あった。じゃあ、いきますよ? 大丈夫ですね?」
『彼女』は何も応えず、ただ目をつぶって『浄化』を待った。
ーー『シェヴン』。
俺はその名を打った。
それまでの他の女神達は苦痛に耐え切れず物凄い悲鳴をあげていたが、『シェヴン』は違った。
ただ痛みに必死に耐え、歯を食いしばるようにしていた。
やがてオーロラが現れ、『彼女』は浄化された。
俺は思った。
『ロキ』と特別な関係にあったらしいこのシェヴンの事は、アヤコばあちゃんや梅子には言わないでおこうと。
シェヴンだってそのつもりで来たのだから。
アヤコばあちゃん達が帰って来たのは、オーロラが消えてから随分経っての頃であった。




