ある初心者少女二人の初仕事
冒険と言えば、剣士ナビキと魔術師シンジーという二人組の少女にとってこれが最初の冒険という事になるだろう……。
「でっかい……」
「ね……」
王都テインロプが誇る冒険者ギルドの建物を見上げながら、田舎者丸出しな言葉をつい口にしてしまう。
しかしながら、それも無理はない。
僻地の農村部出身の二人にとってみれば、総石造りの建物を見る機会も初であるし、そもそもが二階建て以上の建築物を見る事すら初めての事なのだ。
二人の中で培ってきた冒険者ギルドのイメージというものは、村にある酒場や雑貨屋のような場所でめいめいに武装した者が出入りするような、そういったものだったのである。
しかしながら、実際はどうか。
統一されたデザインの、パリッとした身なりをした人々はおそらくこのギルドで働く職員なのだろう……このように、同じ格好をした人間が集う場面を見る事すら二人には初体験である。
出入りする冒険者とおぼしき人々の姿も、想像を遥かに超えていた。
確かに、自分たちと同じくあり合わせの武装に身を包んだ者たちも数多く見受けられる。
だが、時折見かける、お伽話を聞いて思い描いたそれすら上回るきらびやかな装束の人々は何なのか。
「あの人……すっごい綺麗だね」
「はわわ、手を振られちゃった」
その中でもとりわけ人目を引く、田舎育ちの二人には露出が多すぎるとすら感じられる格好の金髪美少女に手を振られて、シンジーなどは赤面してしまう。
「あれがきっと、上級冒険者ってやつなんだね……」
「うん……」
故郷の村では唯一の元冒険者である、酒場の店長から聞いていた話と目の前の現実とをすり合わせる。
現実というものは、いつだって予想を下回ってこちらをガッカリさせるものだと思っていた。
しかし、憧れと共に訪れた場所は、おぼこい少女たちの人生経験などたやすく打ち壊す夢とロマンに満ち溢れていたのだ。
「よ、よし……行くよ!」
「……うん!」
いつまでも、往来で立ち尽くしてはいられない。
「あたし達だって、今日から冒険者になるんだから!」
「……うん!」
二人、顔を見合わせて……。
大きく、分厚い扉を開く。
これこそ、幼い頃から描いてきた夢の第一歩なのだ!
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「ゴブリン退治、はいいんですけど……」
「他のパーティと合同で、ですか?」
少々もたつきはしたものの、滞りなく王国冒険者としての登録を済ませ……。
いざ初仕事と勢い込んだ二人であったが、それは受付であっさり止められる事となった。
「ええ、申し訳ないんですが……」
言葉と裏腹に受付嬢が浮かべる表情は苦笑そのものであり、このような対応は恒例行事であると言わんばかりだ。
何より、立て板へ水を流すがごとく淀みなく言葉を紡ぐのが、その事実を雄弁に物語っていた。
「お二人は本日ご登録されたばかりですし……市中での雑用依頼ならともかく、討伐系の依頼をお任せするには実績が足りないんです。
パーティ構成も、剣士と魔術師という事でギルド規定で鑑みればバランスも悪いですし……」
「でもでも、私たち最初の仕事は魔物退治ってずっと決めてたんです!」
「ですです!」
普段は引っ込み思案なところのあるシンジーも、今回ばかりは前のめりだ。
記念すべき二人の初仕事になるのだから、それも当然だろう。
何事も下積みが大事だとは言うが、最初のそれが下水掃除などではあんまりではないか!
「ですので、他のパーティと組んで戦力のバランスを整えた上で、簡単なゴブリン退治の依頼なら……というのが、ギルドとして最大限の譲歩なんです」
「そこを何とか!」
「お願いします!」
「出来かねます。お二人の命に関わる事ですから」
「「あうう……」」
そう言われてしまえば、返す言葉もない。
「どうする……?」
「二人だけじゃないのは残念だけど……雑用とかよりは……」
「それがよろしいと思います。では、同行して頂く他のパーティなのですが――」
どうにか話もまとまり、受付嬢がロビー内の休憩所でたむろする冒険者たちを見やったその時である。
「――話は聞かせてもらったぜ!」
その声は、遥か頭上から聞こえてきた。
背後を見やればそこに立っているのは、強さという概念をそのまま形にしたかのような四人の恐るべき巨漢たちである。
戦士、盗賊、魔術師、僧侶といういかにもバランスの取れた陣容であり、全身から匂い立つ強者の雰囲気とさっきそこら辺の雑貨屋で買い揃えてきたかのような安っぽい装備とがいかにもミスマッチな風情であった。
「あ、あなた達は――」
「――そう、俺たちは……チーム『ズッキンノ』!」
「田舎からやって来た仲良し四人組だ!」
「僕たちもさっき冒険者として登録したところでね」
「お嬢さん方、良かったら初心者同士最初の依頼に挑みませんか?」
「いや、『ズッキンノ』て。あなた方は『ノー――」
「「「「『ズッキンノ!』」」」」
「はい……もう、『ズッキンノ』でいいです……ある意味絶対安心ですし……」
何でだろうか……。
全てを諦めたかのような顔で、受付嬢がうつむく。
「じゃあ、とにかくこちらのお二人と『ズッキンノ』の皆さんでゴブリン退治お願いします……はい」
「えーと……」
「まあ、仕方ない……のかな?」
二人、顔を見合わせる。
「「「「よろしく頼むぜ! はっはっはっはっは!」」」」
同じく田舎から出てきたばかりとは思えない、ここが我が家だと言わんばかりの高笑いがギルド内に響き渡った。