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たった一つの冴えたアイデア

「あんた達、またこんなバカやらかして……」


 『ノーキンズ』にとって待望とも言える女性冒険者が現れたのは、待つことに飽き、大扉前のバーテンダーを呼び込んで酒盛りを始めた数時間後の事であった。


 否、彼女を一見して冒険者と見抜ける人間などいるのだろうか……?

 世間一般のそれに伴う、泥臭いイメージとは対極的な身なりをした少女なのだ。

 腰の辺りまで伸ばされた黄金の髪は枝毛一つすらなく、猫科の小動物を思わせる愛くるしい顔の造作と相まってまるで人形のような印象を見る者に与える。

 腰に差したレイピアを見れば剣士なのであろうと察しはつくが、そのレイピア自体が武具と言うより美術品を思わせる作りであるし、何よりその出で立ちが問題だ。


 それを一言で表現するならば、極限まで簡略化されたドレスか、あるいは極限まで布地を減らしたドレス……という事になるだろう。

 仕立ての見事さは、言葉にならぬほどである。

 しかしながら、胸元が露わとなっている胸当てといい、スカートとしては少々丈が短すぎるそれといい、もはや水着のごとき肌面積の多さなのだ。

 長めの袖と脛当てこそ身に着けているものの、四肢の末端部を隠すことによりかえって胸元と太ももの眩さが強調される結果となっていた。

 しかし、見る者が見ればこの装束がただならぬ逸品であることを見て取れるだろう……。


 匠の技によって施された刺繍飾りはミスリル糸を用いており、極めて高度な魔力付与がなされている。

 しかも、布地として用いられているのは希少なスターダスト・シルクであるのだから、その防御力はなまかな金属鎧など遥かに凌駕するものなのだ。

 貴重な素材を惜しみなく使って機能性を維持しつつ、しかし衆目を集める事に傾倒した装束は彼女が顔を売るのも重要な上級冒険者に属する事を意味している。

 ……決して、せっかくの燕尾服(えんびふく)を脱ぎ捨ていつも通り素っ裸でカクテルを酌み交わす四人の男たちと付き合ううちに、感覚が狂ったわけではないだろう。


「なんだ、オルタか?」


「何しに来たんだ? まさか加入しに来たってこともないだろう?」


「まあまあ、とりあえず一杯どうだ?」


「主は言っています……駆けつけ三杯は礼儀だと」


 その女性冒険者――オルタ・ヒノキンは、眉間を抑えながら盛大なため息をこぼした。


「あんた達が馬鹿な事やってるから、ギルドマスターに止めるよう頼まれてきたのよ。何、あの看板に立札は? みっともないったら」


「む、しかし俺たちの側も正当な額を支払ってるわけだしなあ……」


「ここまでやるなんて、マスター絶対に思ってなかったわよ?」


「主は言っています……最後の最後、待ち人は必ずや訪れるだろう、と」


「素っ裸の筋肉ダルマ達を見たら、待ち人も回れ右して帰るわよ……」


 アランとエイガーが正当性を主張するも、それは瞬く間に切り捨てられる。


 ――いわく! テインロプ冒険者ギルド最後の良心!


 ……ギルドが誇る委員長として名高い少女魔剣士、オルタ・ヒノキンの真骨頂であった。

 ところでオルタの言葉に、首をかしげたのはイワノフとウルドである。


「裸を見たくらいで回れ右する……? それはつまり……どういうことだ?」


「いや、分からない。王国最高峰を誇る、この僕の頭脳をもってしても……」


 これにはオルタも、ますますもって盛大なため息を吐き出す他にない。

 何が厄介かと言えばウルドの言葉に嘘偽りはなく、実際にこの男は数々の古代魔術書解読や新魔術及び新薬の開発に成功していることだろう。

 つまり知恵の回りに問題があるわけではなく、それを支えるべき根本的な常識が異次元の彼方にあるということだ。

 これは他の三人も同様であり、必然、彼らとの会話は段違いの平行棒を歩むがごときものとなるのである。


「あー、もういいから……さっさと片づけなさい」


「へーい」


「しゃあねえ、場所を変えて飲み直すか!」


「作戦も練り直さなきゃならないな……」


「主の血を浴びるように飲むことで、きっと天啓は舞い降りることでしょう」


 素っ裸の筋肉男四人に酒を供し続けるという、地獄を具現化したかのような状況から解放されほっと胸をなで下ろすバーテンダーをよそ目に……。

 オルタはますますひどくなってきた頭痛を抑えるかのように額へ指を当てながら、本日三度目のため息をこぼした。


「諦める気はないのね……?」


「当然だ! 俺たちの信条はネバーセイネバーだからな!」


 力強くうなずき、何故か裸のまま胸筋決め(サイド・チェスト)ポーズをキメるアランである。


「あーもう、他人に迷惑かけなきゃ好きにすればいいんだけど……大体、あんた達の事知ってて仲間になろうなんて女の子がいるわけないんだから……」


「何!? 俺たちの事を知っていて……だと!?」


「アラン! 何か思いついたのか!?」


 最も付き合いの長いイワノフが問いかけると、アランはますます雄々しく胸筋を張りながら力強くうなずいて見せた。


「ほう、この僕でも思いつかない事をひらめくとは……」


「さすがはリーダーです!」


「ふ……そう褒めるな。だがいい考えがあるぜ! 女の子を勧誘しつつ、誰にも迷惑をかけない……いやむしろ! 人助けになるアイデアがな!」


「さすがだぜ! 相棒!」


「では、これからどこかの酒場で細部を詰めよう!」


「忙しくなってきますね……!」


 テンションの高まりは無意識に筋肉を突き動かすのか……。

 他のメンバーもそれぞれ得意の決めポーズをキメ、彼らの高笑いと筋繊維のきしむ音が大会議室の中に響き渡った。


 仕事道具をしまい、そそくさと立ち去るバーテンダーを尻目に……。

 オルタはただただ、げんなりと両腕を垂らしたのである。

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