『ノーキンズ』凱旋!
スルマー王国において、最も華やかで大規模な祭りは何かと言えば、それは戴冠式や王族の婚礼などといった王家主導のものを差さない。
では、一体何がそうであるというのか?
他でもない……。
――ある冒険者パーティの宴会。
である。
宴会と言っても、借りるのはどこぞの酒場などではない。
王都テインロプ、そのものだ。
王城から城壁外のスラムに至るまで……。
その全てが、彼らによる宴会場として貸し切られるのである。
で、あるからには宴会へ招かれる客は王都の住人全てというのが自然の摂理だ。
必然、用意される酒樽や料理の食材たるや尋常な量ではない。
まるで一軍が行脚するかのごとく……。
国中から酒や家畜が列を成して運び込まれ、その全てが一夜の宴に費やされるのだ。
物が動くとなれば、人も動く。
タダ酒と料理にありつけるとなれば、なおのことだ。
物乞いや話を聞きつけた地方の平民などは可愛いもので、これを稼ぎ時と見た行商人や大道芸人が雲霞のごとく押し寄せてはところ構わず商売を始めるのだから、都詰めの兵士たちは大わらわである。
結局のところ人手が足りるはずもなく、ギルドに在籍する低ランク冒険者を総動員して通行整理などへ当たらせているのだから、その凄まじさ推して知るべしだろう。
そうまでして動線を確保するのは何も治安維持のためだけではなく、もっと直接的な理由があった。
――パレードだ。
一台につき百人からのドワーフ職人が携わったという、荘厳華麗にして巨大な神輿が四台、一夜市中を練り歩くのである。
魔術師ギルドが打ち上げた花火の明かりに照らされつつ、各々の専用神輿に担がれるのは四人の大男たちだ。
一団の先頭を行く、全体に剣と盾の意匠が施された神輿に担がれるのは戦士アラン・ノーキンである。
まるで、樫の木に荒縄を巻き付けたかのような……。
雄々しく隆起した全身の筋肉は、彼が戦士としての完成形へ到達していることを一見して感じさせる。
それでいて顔立ちは朴訥そのものであり、短く刈り揃えられたごく一般的な渋茶色の髪と相まって、どこぞの農村に紛れ込んでいても気づかぬかもしれぬ。
……ちゃんと服さえ着ていれば、だが。
続く二台目……一団の中で最も異彩を放つ、東洋の意匠を取り入れたという神輿に担がれるのは盗賊イワノフ・ブシコだ。
先頭を行くアランとは様々な意味で対照的な、艶やかな黒髪を垂らした大男である。
アランの筋肉が荒縄を巻き付けたかのようであるならば、こちらは鉄線を巻き付けたかのごときものと評するべきだろう。
隆起しつつも引き締められた全身の筋肉は、極めて高度な戦闘力を維持しながらも盗賊としての働きに何ら遜色がないことを示していた。
……まあ、一糸まとわぬ今の姿は盗賊と言うより変質者だが。
製作にあたっては魔術師ギルドも多分に口を挟んだという、古代魔導文明期のそれを再現した神輿に担がれるのは魔術師ウルド・チンパだ。
アランとイワノフの二人が戦闘を前提とした鍛え方をしているのに対し、ただひたすらに肥大化させた筋肉を持つのが、色素の抜けた髪を坊ちゃん刈りにしたこの大男である。
一同で最大のボリュームを誇る全身の筋肉はこれまさに肉の化身といった様相であり、魔術師然とした知性を感じさせるのは彼がかけている小型の丸眼鏡くらいなものだ。
……そもそも、服を着てない者に知性もへったくれもなかろうものだが。
トリを飾るのは、神殿のシンボルである魚とバラの意匠を施された神輿に担がれし僧侶エイガー・リョクワンである。
リョクワンといえばスルマー王国において大貴族として知られる辺境伯家の家名であるが、事実彼はその血を受け継ぐれっきとした貴族だ。
腰の辺りまで伸ばされたきらびやかな金髪といい、まるで彼の信仰する神がノミを取って岩から削り出したかのような均整の取れた筋肉といい、なるほど一同の中では最も気品を感じさせる人物である。
……下の毛に至るまで処理してあるのが、その証左かもしれぬ。
「みんな! 飲んでいるかー!?」
「遠慮せずじゃんじゃん空けてくれ!」
「僕たちは宵越しの金と服は持たない!」
「この日の糧と酒を与えてくださった主に感謝し、大いに楽しみましょう!」
見れば、神輿の上で彼らと共に担がれる酒樽の内いくつかはすでに空となっており、ここへ至るまでに相当デキ上がっていることが伺い知れた。
酒の火照りを覚ますのに最善の薬は夜風であること疑う余地もないが、それを一糸まとわず全身で浴びるのはこの四人くらいなものであろう。
――通称『ノーキンズ』。
此度は、突如として出現した謎の地下墳墓探索を終えての凱旋である。
おののくべき四人の筋肉男が素っ裸で神輿に担がれ市中を練り歩く……。
悪夢としか言いようのない光景であるが、酒の勢いはそれすら上回るしそもそも見たくない者は他の場所に避難済みだ。
必然、配布された酒や料理を手にし集った人々の盛り上がりは最高潮に達する。
一応、未知の遺跡を踏破し種々様々な財宝と共に帰還するという英雄そのものな行為はしているのだから、それも当然なのかも知れぬ。
熱の入った歓声は酒以上に酔いを回すのか、イイ気になった四人は王都中に響き渡んばかりの大音声を響き渡らせた。
「みんな! 聞いてくれ! ……俺達のパーティは、このたび新しい女の子メンバーを募集することにした!」
「未経験歓迎! 分からない所はオレ達が親切に指導するぜ!」
「いつもニコニコ! 笑顔が絶えない冒険者パーティだ!」
「皆さん、ふるってギルドまで応募しに来て下さい!」
その宣言に、群衆は手にしたジョッキを掲げながら大歓声で応じた。
湧き立つ人々を見下ろしながら、『ノーキンズ』の四人は新規メンバー募集の成功を確信したのである……。
--
――翌日。
王都テインロプの冒険者ギルドは、普段とは全く違う装いに彩られていた。
何しろギルドの大看板へ被せるようにして『ノーキンズ! 新規女の子メンバー募集中!』と書かれた巨大な看板が貼り付けられていたし、受付カウンターには専属の案内嬢までもが配置されているのだ。
のみならず、建物内の各所には面接会場である大会議室へ誘うべく『面接会場はこちら!』と書かれた立札が五メートル間隔で設置されているのである。
大会議室の大扉前では、ご丁寧にも専属のバーデンダーが即席のカウンターと共に配置され、ウェルカムドリンクを供すべく待機しているのだからもはや脱帽するしかない。
そして大会議室内……。
時に王族すら招き、国の行く末を担う依頼を協議する必要から王城のそれにも匹敵する豪奢な調度品が用意された室内で、四人の大男が大円卓に突っ伏していた。
その落ち込みぶりたるや見ていて哀れになるほどであり、この日のためにわざわざ新調した全く似合っていない燕尾服もくすんだ色合いに感じられてしまう。
無論、『ノーキンズ』の四人である。
「「「「何故……誰も来ない……」」」」
地獄の底から発されたかのごとき声音が、他に誰もいない室内へ響いた。