『ノーキンズ』登場!
絶望という言葉を形にしたならば、それはここエヴナ地下墳墓最下層の光景に他ならぬだろう。
死を司る王の座す間にふさわしき広大な空間にひしめくのは、彼が使役せし数多の眷属たちである。
――デュラハン。
――ヴァンパイア。
――エルダーレイス。
いずれもが一体で大都市を陥落させかねぬ、極めて強大なアンデットだ。
しかもその数が、尋常ではない。
まるで、近衛兵が隊列を組むように……。
軍団を成して、ここに集結しているのである。
とはいえ、その半数はすでに倒され塵と消え去ったが……。
賞賛すべきはここへ侵入せし四人の賊が見せた奮闘ぶりであったが、それもさすがに限界と見えた。
リーダーと思しき戦士の剣は半ばからへし折れ、その盾は砕け散っている。
一同を補佐すべく立ち回っていた盗賊もあらゆる投擲武器を使い果たし、手にした短剣はヒビだらけだ。
魔術師と僧侶は魔力を使い果たし、それぞれ杖とメイスを握りしめる他にない有様である。
(――勝った!)
この墳墓の主――リッチは勝利の確信にほくそ笑んだ。
地上侵攻を目論んだ矢先にここまで深く侵入され、またこれほどまでの損害を与えられたのは確かに大きな誤算である。
しかし、いかな上級種といえど井戸水を汲むがごとく補充可能なのがアンデットの利点なのであり、何より最上の素材が今まさに手に入らんとしていた。
(力を蓄える数百年……実に長かったが……)
己が魔力でアンデットに変じたこやつらを従えれば、いよいよ死の軍団は盤石なものとなる。
(世界を我が手に統べる日も、近い!)
と、その時のことだ。
「ふ、ふふふ……」
「へ、へへ……」
「くく、くくく……」
「は、ははははは……」
もはや万策尽きたはずの侵入者たちが、その肩を震わせ始めたのである。
だが、それすらもリッチにとっては想定の範囲内に過ぎない。
――大丈夫! この時のために数百年間イメトレを続けてきたんだから!
『どうした……? 恐怖と絶望でおかしくなったか?』
水が流れるがごとく……。
用意していた言葉をスラスラと紡ぎ出す。
「いや何……あんたが勝った気でいるようなのがおかしくてな」
「ああ、まったくだ」
「僕たちを舐めてもらっては困るな」
「まだ我々には、最後の切り札が残されているのです!」
『フ……なるほど……』
無論、この応酬も既に想定済みだ。
悪の王を倒すべく挑みかかった勇者たちが力尽きようとするその時、すがりつくものはただ一つだけなのだから……。
『勇気か、くだらな――』
「そう、それは――」
だが実践不足の悲しさか……。
ちょっと食い気味に言葉を被せてしまったリッチに対する答えは、想定外のものであった。
「――筋力だ!」
「腕力だ!」
「この拳だ!」
「何なら蹴りもあります!」
『……へ?』
その次の瞬間である。
――剣をかなぐり捨てた戦士の拳が!
――短剣を放り投げた盗賊のラリアットが!
――両手で杖をへし折った魔術師のパンチが!
――メイスをぶん投げた僧侶の蹴りが!
それぞれリッチの眷属たちを捉え、一撃で塵と消し去ったのだ。
『……え? ……ええ?』
あまりといえばあんまりの光景に、リッチももはや言葉がない。
「やっぱ武器はもろくて駄目だな! コスパが悪くてしょうがないぜ!」
「まったくだ! 何をチマチマやってたんだろうな!? オレたちは!」
「仕方がないさ……あらゆる魔術をしのぐ神秘! それこそが筋肉なのだからな!!」
「はっはっは! それを言うなら、あらゆる神の奇跡をしのぐでしょう!?」
そこから展開されたのは戦いではない。
……一方的な蹂躙、である。
先ほどまでに倍する速さで、デュラハンが……ヴァンパイアが……実体を持たぬはずのエルダーレイスまでもが、侵入者たちの肉弾攻撃で次々と滅せられてゆく……。
『あ……ああ……』
そう、絶望という言葉を形にしたならば、それはここエヴナ地下墳墓最下層の光景に他ならぬだろう。
いつの間にか衣服まで脱ぎ捨て始め、異界からやって来た筋肉魔神とでも呼ぶべき裸身を晒したむくつけき四人の大男たちが、次々と上級のアンデット達を殴り殺していくのである。
『嘘だ……嘘だ……こんなこと……』
「嘘じゃあないぜ!」
「ああ、全てをぶち壊す圧倒的なパワー!」
「それこそが力であり……」
「神が定めた真理なのです!」
――何を言っているのか意味が分からない!
リッチにとって不幸だったのは、アンデットへと変じた彼の精神が正気を失い狂う事すら許さなかったことだろう。
そして彼にとって幸いだったのは、瞬く間に残りの眷属らも滅ぼされ尽くし、速やかに己の番も訪れた事であった。
『こんな……こんな馬鹿なあああああっ!?』
「じゃあな……あの世で筋肉を大事にしろよ!」
戦士の拳と股間からぶら下がったアレ……。
それこそが、リッチの最期に目にした光景であった。