普通の少年の、普通の物語が始まる。
「じゃあ、これで。お世話になりました」
翌朝。
街道まで見送りに来てくれたランに、お礼を言う。
「ご飯、とても美味しかった。きみはいいお嫁さんになるだろうね」
「そんなそんな、ありがとうございます」
褒められて顔を赤くしながら照れる彼女。
その様子を見ていると、とてもじゃないが魔王の娘には見えなかった。
当の魔王はと言うと、一緒に朝食をとった後再び布団へと潜り込んでしまった。
日当たり12時間は寝ないとまともに活動ができないらしい。
ひどく怠惰なラスボスである。
ちなみに、昨夜はランだけ別室で、僕と魔王は囲炉裏を挟んで布団を並べて寝た。
真の勇者認定した男の目の前であそこまで熟睡できるのは、流石としか言いようがない。
もっとも、そこで寝首をかこうとすらしなかった僕も僕なんだろうけれど。
「きみは…本当に、あの人を倒そうとしているの」
あえて、殺すという表現を避けてランに問いかける。
それに対して、困った様子もなく、当然だと言わんばかりに答える。
「はい。それが私が生きる理由だと、父から言われていますから」
じゃあ、もし誰かが魔王を倒したら。
きみは一体どうするのか。
どうやって生きていくのか。
それとも。
生きていく理由を失ったきみは。
なんて聞くこともできず、ただ小さく「そっか」と返した。
「本当に、昨日はありがとうございました」
「もうそのお礼はいいよ。泊めて貰って、ご飯まで頂いて。これでトントンだ」
「うちにお客様が泊まったの、初めてなんですよ。それから、父があんなに人のことを気に入ったのも。三人で暮らせたら、楽しい家庭になりそうだななんて」
それは勘弁してほしい。
「またいつか、会えたらいいな」
僕は精一杯の言葉を彼女にかける。
その言葉が本心かどうかは置いておくとして。
きっと、僕は彼女とまた会うことになるだろう。
なんとなく、そんな予感がした。
「私、もっともっと強くなります。たくさん冒険に出て、沢山の人に出会って、たくさん魔物を殺して、そしていつかは父を殺すんです」
発言にそぐわないひまわりのような笑顔で、彼女は言う。
「だから、次に会う時はきっと―――冒険者同士、どこかの迷宮で」
「その時まで、人間を殺さないようにね。というか、それ以降もだけど」
「大丈夫です。シャーロックさんから教わったこと、シャーロックさんのこと…絶対に忘れません」
「シャーロックじゃない」
ほんのきまぐれだった。
これまで、そんなことをしたことはないのだけど。
「シャーロックは、仮の名前だ。この世界に来てからつけた、偽名なんだ」
片手に収まる程度しかいない、本当の僕を知っている人たち。
その中の一人に、彼女をくわえてもいいと思った。
「僕の本当の名前は―――」
さっと、一陣の風が吹き抜ける。
その風に乗せて、僕の名前は彼女のもとへと届いたのだろう。
彼女の顔、反応を見ることもなく。
僕は次の言葉を待たず、黙って背を向け歩き出した。
ここまでがプロローグです。
次から本格的に話が始まります。
読んでくださった方本当にありがとうございます。