2 立つ鳥跡を濁す
少し性的な表現があります。
冒険者ギルドで手続きをすまし、適当に食事を取った俺たちは早めに宿に向かった。
ぷりぷり怒ってたシェイラも、俺がパイタッチのお礼に少し高めの食事を奢ったら「美味しい! こんな美味しい食べ物は知らない!」と大喜びで食べ、機嫌を直したようだ。
食事を奢ったら触らせてくれるシステムなのだろうか……料金表を見せて欲しいところだ。
さて、宿屋だ。
そこそこの稼ぎだった俺の定宿は、やはりそこそこのランクで、行商人をメインターゲットにした宿屋だ。
特に何かが有るわけでもないが、個室があり部屋に鍵のかかるところが気に入っている。
冒険者向けの低ランクの宿屋は宿屋って言うより飯場と言うか、合宿所みたいな雰囲気だ。
もちろん相部屋なのでモノは無くなるし、ケンカもある……トラブルも多い。
しかも、この世界の住民――特に冒険者はパーソナルスペースが非常に狭く、初対面のヤツと布団をピッタリ並べて寝ても平気だったりするもんだから、相部屋が混み合うと最悪なんだよ……
そんなワケで俺は安宿は非常に苦手だ。
一部では「冒険者のくせに贅沢してる」って思われてるみたいだが、俺は独身だし自分で稼いだ金をどう使おうが勝手だと思う。
まあ、お陰さまで貯金はあんまり無いけども。
宿屋でシェイラの部屋を借りると共に、旅に出ることを宿屋の主人に伝えた。
もう長いこと居続けた宿屋だ。主人は少し驚いたようだが、シェイラを見て何やら納得し、ニヤニヤと嫌らしく笑い出した。
「宿屋暮らしでは嫁は貰えんからな。しっかり稼げよ」
「ああ、メイドつきの生活をさせるつもりさ」
俺と宿屋の主人は冗談を言い合い、シェイラは「人間の冗談は苦手だ」と拗ねていた。
彼女も俺やペドロに何度もからかわれ学習し、庶民の軽口に慣れてきたらしい。
これから冒険者をするつもりならば良いことだと思う。
「シェイラさん、宿の使い方を聞くと良い。俺は早めに休んでるが、何かあったら遠慮無く呼んでくれよ」
先程から倦怠感が酷い。
本格的に風邪を引いたかもしれない……彼女には悪いと思うが、今日は早く休みたかった。
俺はシェイラの世話を宿の主人に任せ、女将さんから湯を貰い部屋に向かった。
この宿には風呂やシャワーは無い。そうした場合は湯を貰い体を拭く。
これが安宿だと真冬でも「井戸を使え」と言われるし、井戸の使用料をとられたりするのだから堪らない。
ともかくも、俺が湯に浸した手拭いで体を拭くと、信じられないくらい垢が出た。
……何だこりゃ? さすがに変じゃないか?
真っ黒になった手拭いを眺めながら俺は戸惑う。
先程から痛かった顎や膝の関節が酷く疼く。
明らかに何かおかしい。
俺は汚れた湯を捨て、早めに眠ることにした。
いつの間にか痛みは全身に広がり、関節や筋肉が千切れるように痛む。
……やばい、本格的におかしくなってきたぞ。
喉はカラカラなのに汗が止まらない。
体が溶鉱炉で溶かされているようだ。
……これは敵わん……シェイラには2~3日待ってもらわないと……
俺は苦痛に抗えず、気を失うように意識を手放した。
――――――
翌朝
俺は昨夜の体調が嘘のように爽やかな気分で目が覚めた。
「あれ? 何だったんだ? 昨日のアレは」
つい、俺は疑問を口に出して首を捻る。
1人での行動が多くなると人は独り言を口にしがちになるものだ。
いつの間にか、俺も独り言が半ば癖になりつつあった。
軽く手足を回してから身支度を整える……すると、何故か衣服がピチピチだ。
……ん? 俺の物だよな?
何度も確認するが俺の物だ。
しかし、ズボンの裾などはツンツルテンである。
一晩で全ての衣類が縮むことなどあり得るだろうか……さすがに魔法のある世界でも、見ず知らずの俺の衣服を縮ませて喜ぶほど暇な魔法使いは居ないだろう。
ならば次の疑いは俺の体だ。
昨夜の体調不良のせいで浮腫んでいたりするのかもしれない。
さすがに不安を感じた俺が自分の体をチェックする。
力瘤を作ったり、ポージングをしたりと念入りにチェックをし「なんじゃこれは!」と驚きの声を上げた。
体がムッキムキのバッキバキなのだ。
もう筋肉もりもり、気分はミスターオリンピアである。
俺も冒険者として鍛えてきたが、この世界にはウェイトトレーニングの機械もないし、こんなヘラクレスみたいな肉体ではなかった。
ワケが分からないし、気味も悪いが、ちょっと嬉しい。
落ち着くためにベッドに腰を掛け、ロダンの彫刻の様なポーズで理由を考えてみた。
やはり、森人の集落に原因がありそうな気がする……と言うか、それしか考えられない。
ならば怪しいのは霊薬だ。
思い返せばファビオラは霊薬を飲んだときに『寿命が伸びる』『体が丈夫になる』と言っていた。
何か、体を作り替えるような働きがあるのだろうか?
俺は精々「腹下しをしなくなる」とか「爪が割れにくくなる」くらいの効果だと思っていたのだが。
……まさか、こんなに分かりやすく変化があるとは。
俺が再度体をチェックしてみると、胸の筋肉がピクピクと動かせるのに気がついた。
……むう、これは凄いな。シェイラに見せたい――もとい、相談したいな。霊薬のことだしな。
何だか凄いテンションが上がってきたが、体が見るからに男性ホルモン全開になってるからだろうか?
いてもたってもいられないような感覚。体が、筋肉がざわざわと沸き立つのだ。女が欲しい。
俺は下着姿でシェイラの部屋をノックした。
断じてセクハラではない。服のサイズが合わないから仕方がないのだ。
「シェイラさん、起きてたら話がしたい。ちょっと良いか?」
「ああ、起きてる――あまり寝れなく、て……」
ドアが開き、すでに身支度を整えていたシェイラが、俺の姿を見て固まった。
「え、きゃー! な、何か用か!」
「ちょっとな、話がしたいんだ。廊下で話すと迷惑だから入らせてくれ」
俺が強引に部屋に入ると、シェイラが「だめだ、体はまだ」などと顔を上気させて俺の肉体をチラ見している。
興味津々のようだ。
この姿を見て、俺の狩猟本能が告げた『こいつは押しに弱いタイプの女だ、間違いなくいける』と。
「シェイラさん、霊薬のことを知ってるか?」
「し、知ってるぞ、霊薬を飲んでファビオラ様と契ったんだろ? だからダメ……番いになったら他の相手としちゃダメなんだ! 浮気はいけないことなんだぞ!」
シェイラは真っ赤になりながら「あばば」と意味の分からない呻き声を上げ混乱している。
しかし、目が泳いでいた。俺の体をチラ見しているのがバレバレだ。
「俺は森人の里で霊薬を飲んだんだ。そうしたら――」
「そうだ! 霊薬を飲んだら子供ができやすくなるんだ! だからエステバン殿はファビオラ様以外の女と――」
衝撃の事実だ。
わりと怖いことを言われた気がする。
……子供ができやすくなる? それって、かなりまずいんじゃ? いや、子供が欲しいって言ってたし良いのか?
まあ、ちゃんとできてたら連絡はある……と思う。その時はその時だ。
今考えてもどうしようもないし、その場合は未来の俺が養育費を稼ぐために頑張るしかないだろう。
未来のことは、今はいい。
「なるほどね、その効果は持続してるのかな?」
「霊薬の効果は一晩だけだ、じゃなきゃ森人はもっと多いだろ! もういいから出てってくれって、ぎゃー!! はみ出てるぞ!!」
シェイラは怒ったようにこちらを睨み付けていたが、俺の股間を見るや両手で顔を隠して踞った。
実は先程から可愛い反応をする森人に向けて、俺の槍は隆々と力を漲らせていたのだ。
すでに鞘からは切っ先が飛び出している。
俺は先程から女が抱きたくて仕方がないのだ。
これも霊薬の効能だろうか? だとしたらヤバすぎるが……
「わかった、効果は切れてるんだな。ならシェイラが魅力的だからこうなったんだ。責任を感じてるか? 触ってみろ」
「え、何を、ダメだって、ひっ」
俺は「まあまあ、落ち着け」とシェイラを抱き寄せ、ベッドに座らせた。
「こ、こらっ! 胸当てを外すなっ!! 『まあまあ』ってなんだ!?」
「まあ、いいじゃないか、まあまあ」
シェイラは「ダメ、ダメだ――ッ!」と軽く抵抗するが、全然逃げようとしない。
完全にこれは『イヤイヤもっと』だ。
「シェイラ、本気で嫌なら止める。言ってくれ」
「そんなのズルいぞっ、ううっ」
俺はべそをかくシェイラに乗し掛かり、唇を奪いかけた。彼女も観念して目を瞑り――
「ちょっと! エステバンさん! 朝っぱらからドアも閉めずに何やってんだい!!」
廊下からの大声で俺たちは我に返った。
そこには50才前後の太った女性――宿屋の女将さんが両手を腰に当てて仁王立ちしている。
「さっきからギャアギャアと、いい加減にしておくれ! 他の客もいるんだよっ!! チェックアウトならさっさと出てお行き!」
「はい、すいません」
こうして、俺たちは女将に追い出されるようにしてチェックアウトをした。
宿屋の主人は笑いを堪えきれず盛大に噴き出していたが気にすることはない。
しかし、やばかった。
さっきは完全にシェイラが妊娠したら困るとか、スッポリ頭から抜けていた。
あのまま邪魔が入らなければ確実に最後まで行き着いていただろう。
女将さんには感謝だ。
「シェイラ、気にするな。俺たちは今日から旅に出る。旅の恥はかき捨てと言うだろ?」
「うう、エステバン……せめて下着くらいは絞め直してくれ」
俺は「おっと失礼」と槍を鞘に納めた。
しかし、ふんどし姿で冒険はワイルドに過ぎる。旅立ちの前に服を新調する必要がありそうだ。
俺はピッチピチになったズボンを穿き、荷物を担いでシェイラと共に市場に出た。
何だかんだでシェイラも俺のことをエステバンと呼び捨てるようになった。
俺たちはパーティーなのだ、これで良かったと俺は思う。
「あんまり誘惑するな、子供ができて困るのは女の方だぞ。自分を大切にしろ」
「――なっ! いつ私が誘惑したんだ!!」
俺たちはギャアギャアと騒ぎながら市場へ向かう。
ただでさえ珍しい森人が早朝から騒いでいるために周囲からは注目浴びているが、まあ仕方ないだろう。
立つ鳥だって跡を濁すこともある。気にすることはない。
俺たち冒険者は渡り鳥なのだから。