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見えない壁、その向こうには。  作者: 山口 佳
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9章

大学グループの仲間

●熊澤紗耶香 18歳 埼玉県和光市出身。バスケット好き少女。実家から通学。バスケ部の先輩だった彼氏がいる。


●唐沢和也20歳、スケーター。1年浪人して蒲田医療大学に進学。千葉県市川市出身。


●河合美穂26歳、OLをやめて蒲田医療大学に進学。東京都中野区出身。実家のマンションに住んでいる。


●遠藤真由美20歳 横浜市在住。お嬢様的なプライドの高さがある。


 麗奈は、バイトを始めるので、実家に帰るのは夏休み早々2泊するだけにし、その後山梨に帰る予定はなかった。


 夏休みに週に5回バイトをしていたので、残りの2日のどちらかに陸のお母さんに会いに行こうと思い、陸にLINEした。


 陸からの返事を読んだ。

「どっちの日でも構わないけど、両方とも俺、バイト明けで昼間寝ているから、その間母さんの相手してもらっていていいかな?」


 陸も夏休み中は毎日バーのバイトに行っている。

学校が無いので朝4時まで働き、始発で帰ってきて、朝ご飯や洗濯など家事を済ませている。


麗奈が来る日は、溝の口の駅まで麗奈を迎えに行くから、その後、陸は家で寝ているけど、麗奈には陸のお母さんの話相手になってもらいたいとの事だった。


 初めて会うお母さんと陸抜きで、大丈夫かと少し不安になったけど、オッケーと、返事をした。


 2日後の午前9時に溝の口の駅に降り立った。

陸がもう待っていた。

朝お風呂にでも入ったのだろうか、ラフな服装で髪の毛もセットされずにそのままになっていた。


 「わざわざありがとう。うち、歩くと15分くらいかかるんだけど、散歩がてら歩いてもいいかな?」

 そう言い、陸は、歩き始めた。麗奈は、陸の後ろを歩き始めた。


 今日は、手を繋いでくれないんだなと思いながら、麗奈は、手土産を持つ左手と、カバンを肩に掛けてカバンに手を添える右手を見て、「手が空いてないからかな」と思った。


 陸の一歩の振り出し幅が広いので、少し置いていかれそうになった時、陸が止まって麗奈を振り返り、

 「ごめん。早すぎたかな。なんか地元だから、女の子と歩くのも恥ずかしいと思っちゃってさ。この歳になって、おかしいよな。」


 陸は照れ笑いをした。

麗奈の恋心をくすぐるこの人はどれだけ私に気を持たせるのかと、陸の本心は何処にあるのかと聞いてみたい衝動に駆られるほど、時折かわいい時もある。


 陸の家は、少し古めな賃貸マンションなのだが一階に住んでおりの2LDKの間取りで、玄関を入り右手に陸の部屋、左手にトイレ次に風呂場、廊下を抜けるとリビングキッチンがあり、そのリビングの左手に引き戸でお母さんの部屋があった。


 リビングに入ると陸のお母さんはダイニングテーブルに車イスで座っていた。

お母さんの部屋は引き戸が閉められていた。


 「母さん、来たよ麗奈。麗奈、これが俺の母さんの詩織さん。」


 「初めまして。麗奈です。」

 麗奈が挨拶すると、詩織さんは、うんうん首を大きく頷いて、暫くして、

「こーぃちぉ。るーのちゃ。」

と滑舌がままならない言葉を発した。

詩織さんは失語症という言葉の障害もあった。


陸は、麗奈と詩織さんのお茶とお茶菓子を出して、

 「ごめん麗奈、俺寝ちゃうから、何かあったら起こして。3時に起きるから。」


 「わかったよ。おやすみ。」

 そう言い、陸は自分の部屋に行った。


 麗奈は、詩織さんと向かい会いになって、話始めた。

 「陸さんって、毎日がんばっていますね。本当にすごい。」

 うんうんうん。詩織さんは3回大きく頷いた。


 詩織さんは、右麻痺で右の手は肘を曲げ指は強く握られていた。

右脚は膝から下に装具が付けられていた。

陸からは、失語症があるので言葉が上手く出てこないし滑舌が悪いと聞いていた。

そのため、返事が帰って来ない時もあるし、返事の内容も何を言ってるのか分からない時も多かった。

麗奈は一方的に学校の話をしながら陸の様子を話したり、山梨の実家の事や高校時代の話をしたりした。

詩織さんは楽しそうに聞いてくれた。


 昼ごはんの時間に近づいて来たので、

 「お母さんは昼ごはんどうするんですか?」


 麗奈が尋ねると、詩織さんはダイニングテーブルの上にある発泡スチロールの箱を左手で指差した。


 「開けてもいいですか?」

 麗奈が聞くと詩織さんは頷くので、箱を開けた。


 そこにはお弁当箱が2つお置いてあった。保冷剤とスプーン、箸も入っていた。

 「もしかして私の分もあるのかな。」


 詩織さんは、2回頷いている。

 詩織さんは、自分のお弁当は、こっちだと自分の目の前に置いた。


 陸は、毎日こうやってお母さんのお昼ごはんをお弁当にして、箱に入れているようだ。 今日は、麗奈の分も作ってくれたのだ。

 「頂きます。」

 麗奈は自分のお弁当箱を開けた。


きれいにおかずが詰められていた。

詩織さんも自分のお弁当を器用に左手だけで開けたのだが詩織さんのおかずは、小さく刻んである物になっていた。

陸は、詩織さんの咀嚼の障害に、おかずも刻み食にしてあげていた。

 「美味しいですね陸のお弁当。」

 麗奈は、詩織さんに話しかけながらゆっくり食べた。


 麗奈は、ご飯を食べたあと、お弁当箱を洗って片付けていた。


 詩織さんはその間、左の手脚を使い、車椅子を操作して、自分の部屋に入っていった。

マンションのトイレには、段差のもあり狭く車椅子のまま入れないので、詩織さんの部屋のベッドの横にポータルトイレが置かれていた。

それらを自然に振る舞おうとしながらも興味深く見ていた。


 何となく陸から聞いていた生活だが、ポータルトイレの片付け、着替え、入浴、全て陸が一人でこなしているのだ

。麗奈は、現実にこのような生活をしている同年代の男の子がいることに改めて関心するしかなかった。

果たして自分だったらできるだろうか。陸の大変さは、想像では決してわからない物なのだ。


 15時に陸が起きてきた。まだ眠そうに寝ぼけた感じで寝ぐせを付けて起きてきたので麗奈はつい、「陸かわいいね。」なんて、呟いたりして、詩織さんと笑った。


 溝の口の駅まで陸が送ってくれるので、また、2人で歩きながら駅に向かった。


 溝の口の駅前は、割りと人通りが多い。

 「お構いもできなくて、母さんの相手してもらっちゃってありがとう。」


 「別にいいよ。それより、お弁当美味しかった。ご馳走さまでした。いい旦那さんになれるね。あんなに家事ができるなら。」


 「だといいけどな。」

 そう言って、苦笑いする陸。


 「じゃー、気をつけて帰って。家まで送れなくて悪いけど、家着いたら一応LINEして。」


 「うん、わかった。陸、バイトがんばって!」

 お互い手を振り別れる。


 麗奈は矢口渡駅をおり、アパートに着き、陸にLINEをする。


 「ただいま!今家につきました。」

 すぐに返事がきた。


 「今日ありがとう。母さんが、楽しかったらしくてさ、また連れて来いだってさ。」


 「楽しんでもらえたなら、私、行って良かったです。また、行けたら行くね。」

そう返して会話も終るかと思いきや、また、すぐに返事がきた。


 「次のバイトの休みいつ?」

 陸から、すぐに次の休みも来てくれないかと返事が来たので、陸の積極的な返事に麗奈は少し驚いたが、なんだか陸に少し近づいた気がして嬉しかった。


次の週のバイトが休みの日も、陸の家に行った。


この前と同じように、陸は寝ている。


今日は、スマートフォンを見せながら詩織さんと話をする。

学校で撮った写真やフライデーWOOのライヴや花火大会の時に陸と撮った写真を詩織さんに見せた。


詩織さんは笑顔で麗奈の説明を聞き、写真もよく見ていた。

詩織は、左手で何かを指差している。机の上のペンと紙を貸してほしいと訴えているようだ。


「これですか?」

麗奈は、ペンと紙を差し出した。

詩織さんは、左手で紙に文字を書き始めた。

筆圧が弱く少し震えているが、読み取れそうだ。

だがそれは、見事に鏡文字なのだ。

鏡文字とは、鏡に写したように左右反転している文字なのだ。

失語症の人にたまにある事だった。

麗奈は、教科書で説明を見た事があるだけで実際には初めて見た。

ゆっくり書かれた文字は左右反転してこう書いてあった。


「すきなひと」

それを麗奈は口に出して読み、聞き返した。


「すきなひと?」

詩織さんはうんうん頷き、左手で麗奈を指差したので、麗奈は意味がわからず、


「お母さんの好きな人が、私ですか?」

と聞くと、詩織さんは、違うと首を横におり、また紙に文字を書いた。


「りくの」


麗奈は、それを読み、

「陸の好きな人が、私?」

と、麗奈が言うと、うんうんと大きく詩織さんは頷いた。


まさかと、苦笑いする麗奈であった。

詩織さんは、勝手にそう思って麗奈に会いたいと陸に言ったのかも知れない。


「違いますよ。陸さんは、誰にでも優しいから、皆に好かれるし、私なんて女性として全然相手にされてないんですよ。」


麗奈が詩織さんの言う事を否定するので、詩織さんも左手と首を横に大きく振り麗奈の言う事を否定した。


その会話は、そこで切り換えて終わりにしたが、詩織さんがわざわざ麗奈に言った事は麗奈の頭に残ったままだった。


15時になり、陸が起きてきた。机の上のメモをちらっと見たが、すぐに目をそらして「麗奈を駅に送って行く」と言い、2人で陸の家を出た。

「麗奈、今日もありがとうな。」


「ううん、こんな私でも、お母さんに喜んでもらえるなら、話し相手になりますよ。」


「母さんあまり外に出ないから、麗奈と話すると楽しいんだと思う。」


「お母さん、鏡文字なら書けるんだね。」


「そうだよ。綺麗に反対だろ。」


「うん。びっくりした。」

麗奈はメモの事を言おうかためらって、少し間が空いた後話し始めた。


「あとお母さんさっき書いてくれたんだけど、」

そこまでいって陸に遮られた。


「母さんの言うこと、気にしなくていいから。母さんの思い込みだから。」

そう、言われて何も言い返せず、また陸に目の前で壁を作られた気がした。


突き放されて正直悲しかった。陸になかなか近づけない自分がもどかしかった。


色々考えながらアパートに帰って、麗奈は陸に対する気持ちを整理した。


いつも陸の言葉ばかり真に受けて、自分の気持ちは一度も陸に伝えていないのだから自分の気持ちをまず伝えよう。

ただ、陸が本気で誰とも付き合う気が無いとしたら、麗奈にいい返事は返ってはこない可能性の方が高い。

そこは覚悟しておこう。

陸が麗奈の方に振り向いてくれるまで、時間をかけて頑張ろう。

そしていつも麗奈の目の前で作られる壁をいつか乗り越えれるように頑張ろうと心に決めた。


夏休み最後の週になった。


バイトの休みの日にまた、詩織さんに会いに行く事になっていた。

麗奈はあらかじめ陸にLINEをしておいた。

自分で陸の家に行けるのでお迎えはいいのだけど、帰りに話があるから、多摩川で散歩しながら話をしてもいいかということと、多摩川に行くので帰りは二子新地駅で電車に乗る事にしたいと伝えた。陸は、別に構わないと返事をくれた。


詩織さんと1日過ごした後、陸が早めに起きてくれていつもより40分ほど、早く陸の家を出て多摩川河川敷を2人で歩いた。

多摩川河川敷には、野球場などがあり、その脇道を歩いた。


「川沿いっていいね。」

「そうだな。前はよく来ていた気がする。」

少し間をおいて、麗奈は、決心して話はじめる。


「ねぇ陸。私ずっと言わなかったけど、陸が好きなの。」


「だと思ってた。」


「なんだ・・・・。わかってたの。ずるいな~。」


「ずるくねぇーよ。麗奈の気持ちに答える事が出来無いから、敢えてその事は触れずにいただけだから。」


軽い感じで答えられたので、麗奈は、立ち止まって真剣な顔つきで陸の顔を見る。


「ねぇ陸。陸が本気で彼女を作る気がないのは何度も聞いてるから、わかってるつもりで話してはいるの。でも、私が陸に対して本気な事を知って欲しかっただけだから。それだけ。あとは今まで通りでいいし、陸に遊ばれたって構わない。いつか陸が、私の方を本気で見てくれるように、私は頑張りたいって言おうと思って。だから陸の返事は、今は別に無しでいい。」

最後の方は少し麗奈の声が震えてきていた。


麗奈の真剣な話に陸も真剣な眼差しで答える。

「ごめん、今後も麗奈に応えられないと思う。」

麗奈の片目から、涙がこぼれた。


一度、鼻をすすって麗奈は話す。

「すごい勇気出して話たのにな。ばっさり切られた。でも、何で頑なに誰とも本気で付き合えないの?お母さんの事があるから?」


「関係ないよ。それじゃ、母さんが、邪魔者みだいだろ。母さんは何も関係ない。」


「じゃー、お父さんとなにか確執でもあって父親像が悪いとか。」


それを聞き少し表情が、砕けた陸が、

「父親は、殆ど記憶がないから、何も本当に感じてないよ。」

「じゃー、なんで・・・。」


麗奈が考えて、はっとした顔になり、陸もなんだ?って顔になる。


「もしかして、陸って・・・。ゲイ?」


陸が、爆笑して、

「ゲイじゃねーよ。まあ、そういう人生もありかもだけどな。」


「ならば、バイ?」


「バイでもねーよ。女だけを抱いてるよ。」


涙目のまま、少しむくれて、陸を見つめて、

「抱いてるよって・・・、誰をだよ。私、絶体がんばって、陸を振り向かせるんだから!」


そう言って振り返り、麗奈は早足で歩き出して、二子新地まで陸を振り返らずに歩いて行った。


陸は、後ろから何も言わずに着いて来て、麗奈が改札に入るまで見送っていた。

その陸の顔は辛そうで目には涙が浮かんでいた。


時間あればまたアップします。

コメントいただければ、頑張ってアップペースあげます。

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