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見えない壁、その向こうには。  作者: 山口 佳
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7章

心変わり。


 理学療法科では、1年生で一般科目もあるのだが、専門的な解剖学・生理学・理学療法概論・基礎運動学もある。

授業で形態測定という、体の太さや長さの測定や関節の角度、筋力の強さを調べる授業が六月から始まった。

マンツーマンで学生がお互いに測り合うのである。

麗奈は大体出席番号で陸とペアを組む事になるのだ。

この前のお泊まり会で、陸を意識し始めたので、何となく陸に接するのが恥ずかしくなっていた。

この授業では、治療ベッドに寝ている麗奈を陸が上から眺めたり、体に手を当ててメジャーで脚の長さを測ったりするので、麗奈は何となく恥ずかしくて陸の顔を見られずに、視線をそらしていた。

周りの学生たちも騒がしく測定していた。


「先生!わからないですけど!」

少し離れた所の生徒が先生を呼ぶ。


下肢の長さ測定で、股関節周囲にある大転子という骨の場所がわからないというのだ。

ペアを組んでいる学生が、とても太っている男の子だった。

先生が、太った生徒の右脚を持ち、右股関節の外側部分を左手で触りながら、右手で太った生徒の右脚を動かし大転子を探して、

「ここだここだ。ほら。」


先生を呼んだ生徒に教え、

「脂肪がお多いとなかなか分かりにくいからなぁ!ペア組んでいる奴が触診上手くなるよな。」

と、先生が言うと教室から笑いが起きた。


それを見て陸が笑っている。

その笑顔を見て麗奈は胸が締め付けられるほど陸が好きだと自覚する。

そして、初めて会った日もこの笑顔で安心し、あの時にすでに陸に惹かれていたのだと分かったのだ。

一目惚れだったのだ。

ふと、陸の視線が麗奈に戻され、ドキっとしたけど、平常心を装い授業をやりとおした。


こんなんじゃ、実技の授業の度に心臓のドキドキが持つかわからないな。

休み時間に、カバンを開けてスマホを見て、翔太からのLINE見るが、明らかに最近翔太からのLINEを見るのが辛い。

陸に浮かれている場合じゃなかった!


私は翔太の彼女だし、なにやっているんだって頭を抱えていると、頭上から声が掛かる。

「麗奈。何しているの?」

陸が声を掛けてきたのだ。

一人で焦って、

「いや、ス、スマホ見てただけかな~。」

なんてどもったりして。


「あのさ、今度、フライデーWOOが、小さい箱でファンクラブ限定ライヴするって知っている?」


「うん、知っているよ。でも、会員番号5000番までの限定の抽選で、ペア500人でしょ?私8000番代だもん、完全無理だよ。」


残念そうな麗奈に、スマホの画面を見せる陸。

「じゃーん。なんと、俺会員番号3000番台。しかも、当たりました!ペアの相手探しているんだ。麗奈、行かない?」


「えっ、行きたい!」

「おっけー。じゃー、7月6日金曜あけとけよ。」


陸と、話終わった途端に、フライデーWOOのライヴに行ける喜びと、翔太への罪悪感が同時に来て、胸の中がモヤモヤで一杯になってきた。


あわてて、熊澤と河合にLINEして、

「今日、放課後集合できる?」

2人からはオッケーの返事。

麗奈のうちに集まる事に。


女三人集まって話を始めたものの、熊澤と河合の顔からは、もう、何か気付いた物がある顔つき。

「麗奈の悩みの種は、陸か~。」

河合が、ストレートに話始める。


「美穂さんにこの前言われた事は、否定出来ません。どうしよう。」

「麗奈の気持ちに素直になればいいじゃん。」

熊澤は、そう言うが、河合が付け足す。


「でもね、陸はライバル多いよ。この前、看護科の子にコクられてたの、見掛けたし、真由美も、実は陸狙いだよ。」

「えー。」

熊澤と麗奈の声が揃う。


同じグループの遠藤真由美は、横浜市出身のお嬢様タイプの子だが、いつも綺麗な格好をしていて自慢話が多い子であった。

「真由美ちゃんそうなの?」


「そうだよ、だって最近ずっと陸に話しかけてさ、べったりじゃん。」


「そーかも。あー、やっぱりイケメン好きになっても片想いで終わるだけかな~。」


「陸が好きって認めましたね。麗奈ちゃん。」


熊澤に突っ込まれて、麗奈は顔を机に伏せながら言う。

「こんな気持ちのままじゃ翔太と付き合っていられないよね。翔太に悪いよね。」


「まだ、陸と付き合える訳じゃないから、とりあえずはまだ翔太くんは繋いどきなよ。」

河合は、そんな悪知恵を言っている。


「でも、ずるいよね。ずるいよね。」


「そう言いながら、フライデーWOOのライヴ2人で行くでしょ?」

「・・・・。そうなの。美穂さん、どうしよう。」

「なるようになるでしょう。自分の胸に手を当てて、何がいいのか考えてごらん。」


そう、美穂さんに言われながらも、何が正解なのかは出てこないが、陸への自分の気持ちはごまかせない。

しかし、翔太を傷つける事もとても気が引けた。


その後何日か、翔太といつも通りLINEをしているものの、気分が晴れる事はなかった。


学校に行くと、このところ毎日遠藤真由美は陸に張り付いて会話している。河合の言っていた通りである。


麗奈は、真由美のアプローチで陸が真由美を好きになったらどうしようかと心の中で気にせずにはいられなかった。


何となく近寄りがたいので、遠目から、女子3人と唐沢和也も含めて、真由美と陸を見て話す。

「真由美さん、今日もがんばっているな。」


「まあ、あからさまに分かり易くていいけどね。真由美って、自分の本能で行動するって感じがあるじゃん。」


「でも、見た感じ真由美さんからの一方的っすね。」


麗奈は、無言だったが、

「真由美さん、陸さんのバイト先にお客で行ったらしいっすよ。」

唐沢の言葉に女3人で、食い付く。


唐沢は、千葉県市川市出身。身長174cm位の、ストリート系の男の子だった。

趣味はスケボー、スノボー。

愛嬌のある顔だ。

陸と男2人で仲良くなっていたようだ。


「なになに。陸のバイトって何?」


「バーだよ。」


「バー?」

女3人で声が合って聞き返す。


「渋谷にある先輩がやっているバーで前から働いていたらしいっす。」

「唐沢、陸とそんなに仲良しだった?」


「お姉さま方も女子会してるっしょ?俺と陸さんも男子会しているから。」

「キモいわ。」


「そんなこと言わないで~。でも、多分陸さんに誰がアプローチしても無理だと思うっすよ。陸さん、誰かと本気で付き合う気はないって言ってたっすからね。」


「えっ、何で?」


「さあ、そこまで深く聞いてないし、聞いてどうする?俺がそこまで聞いたらキモイだろ~?」


「聞いとけって。て言うか、真由美もそこまで頑張っているのか。」

4人でしばらくは真由美と陸の様子を客観的に見る日々が続いた。


7月6日


フライデーWOOライヴ当日。


渋谷のハチ公前で陸と待ち合わせしていた。


翔太には、学校の友達とフライデーWOOのライヴに行く事は伝えたが、男の子と行くとは言えないので、誰と行くのかは詳しくは話していない。


「麗奈!おまたせ。ゴメン、思っていたより家出るのに時間がかかっちゃってさ。」

小走りで息をきらせて陸が少し遅れて来た。


「全然、大丈夫だよ!」

「ところでさ、入場順、なんと、6組目をゲットしました!」


「うそ、マジで!絶体、一番前行けるじゃん。」


「だよね。メチャメチャ嬉しい。長身な俺の後ろに立つ人に申し訳ないけどね。」


陸は、180cm以上身長があるので、真後ろの人にはかなりの壁である。

「まだ、時間あるからファーストフードでも行く?喉を潤しておくか。」


そう言い、陸は麗奈の少し前を歩き麗奈の手をとり、センター街に歩き始めた。


自然に、麗奈と手をつなぐ陸。麗奈は、その優しくて大きくて綺麗な手を見つめて、こんなにすぐに手を繋いでくれる事に嬉しくもあり、でも陸にとっては当たり前なのだろうなとも考えたりする。


ファーストフード店に入り、麗奈は、ハンバーガーセットを頼んだ。腹ごしらえするのだ。

金曜の夜の平日ライヴなので、開場が6時半。

開始が7時半からとやや遅めなのだ。


陸のトレーをみると、飲み物だけだった。

椅子に座り麗奈は、聞く。

「あれ、陸何も食べないの?」


「家で母さんと食べて来たから、大丈夫。」


「あー、お母さん作ってくれたなら食べないと悪いもんね。」


「いや、俺が作ってあげているんだよ。」


「えっ?」


「うちの母さん、右片麻痺で車イスだからさ。身の周りの事は限界があるし、料理も出来ないから俺が3食作ってんの。えらいっしょ。」

麗奈は、黙ってしまった。


なんと返せばいいかわからなかった。

自分の思っていた陸とは想像できない生活を送っていたのだ。


「何、深刻な顔つきになっているんだよ。高校三年からそんな生活だから、もう当たり前なんだよ。5年位経つだろ。」

何て事無いよと言うように麗奈に笑顔を向ける陸。


「あの。正直、陸の見た目から想像が付かなくて、何と返していいのかわかんなくて。」

戸惑いながら麗奈は、話す。


「いや、別に俺にとってはそれが今普通じゃん。だから、何も気にしなくていいんじゃないの?」


「そっか。そんな風にお母さんの事を考えられる陸って本当に素敵だなぁ。私は、両親健在で、親に学費も生活費も払ってもらっているし、恵まれている環境だなって思う。」


「そういう事に気付ける、麗奈も素敵だよ。」


陸に微笑みかけられて、恥ずかしくなる麗奈。

陸が高校3年の時に母が脳出血になり、そこから母の病院代、生活代の為に、コンビニと先輩に紹介してもらったバーでのバイトを始めた。


 母がリハビリ病院に行く事になり、理学療法士を知り、理学療法士を目指すことになる。母の退院後も、母の炊事・洗濯・掃除・介護、全てを一人でこなして来た。

学費が何とか貯まって来たのと、母の保険代金の収入が出来たので蒲田医療大に入学。

それでも、生活の為には、夜のバーの仕事は続けているとの事だった。


 そんな陸の話を聞いて、麗奈は陸の知らなかった一面を知った。ライヴに行く前から麗奈の心は、興奮してきていた。


 夜6時半過ぎ、ライヴ会場に入場。オールスタンディングの一番前を取る事が出来て、興奮もピークになる麗奈と陸。

後から押されるので、麗奈の後に陸が立ち、麗奈をかばうように後から陸が麗奈を包んでいた。


 ライヴ中、興奮で、陸を意識せずに居たけど、バラードの時には知らずのうちに陸が麗奈の手を握る事や、肩を抱き寄せている事もなどもあった。

興奮状態のままライヴが終わり、何となく近寄りながら手を繋いでいたが、麗奈はふと我に帰り、陸と近寄り過ぎている事に気がついた。


 行きは陸がリードするように少し前を歩いていたのに、帰りは陸が麗奈を引き寄せるようにして2人かなりは近づき歩いていた。


 麗奈は、ライヴの話をし続けるが、実は照れ隠しをする為だった。


 ライヴで一体感を得た麗奈は、ライヴにも、陸にも、熱を帯びた。

そして、陸の母への献身的な話も加味して、麗奈の心の中には陸への気持ちで一杯になっていた。


今のところ主人公  小林 麗奈 18歳 山梨県出身 身長157cm 細身 理学療法学科学生


麗奈の片思い相手  近藤 陸  23歳 溝の口出身 身長183cm 手足が長くすらっとしたモデル体型 美男子 右片麻痺の母と2人暮らし バーでバイトをしている。


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