2章
⒉
2月の某平日。
麗奈は、母と2人で東京蒲田に来ていた。
明日、蒲田にある蒲田医療大学の理学療法科を受験するのだ。
山梨からでは、受験に間に合う電車が当日には無い。
その為前日から宿泊して受験に臨むのだ。
蒲田駅・宿泊施設・蒲田医療大学までの道、コンビニの下見をした。
コンビニで麗奈1人分の夕飯を購入。
その後、宿泊ホテルにチェックインすると、母が申し訳なさそうに話す。
「明日仕事でごめんね。帰らないとならなくて。1人で大丈夫?帰りの電車も、わかるかな。大丈夫かな?」
「うん。たぶん、大丈夫だから。それもそのうち1人で出来ないと困る事だし。今日行ってみたから大丈夫でしょ。」
「じゃぁ、麗奈ちゃん、お母さん帰るよ。頑張ってね。」
「うん。ありがとう。」
母が部屋を出て行くと静けさが残る。あいにく、今日の夜から、予報は雪。東京の方がいつもなら山梨よりは暖かいはずなのだが、今日は東京も冷え込んでいた。
スマートフォンの電源を入れると、LINEにメッセージが来ている。確認すると翔太からのメッセージがいくつか入っていた。
「東京どう?」
「夜から、雪だってさ。結局のところ東京はそんなに降らないだろ。」
「こっちは今学校終わった。麗奈に会いたい。」
「写真の添付よろしく。」
「1人じゃ寂しくないか?」
学校の休み時間にLINEしてくれていたようだ。メッセージを見て麗奈の顔に笑みが浮かぶ。
麗奈からも、メッセージを送る。
「今お母さんが、帰っていったよ。場所の下見もしたし、バッチリだよ。でも、緊張するね。初受験。大丈夫かな?翔太は、家に帰ったの?」
23時まで、翔太とLINEで会話をして過ごし、寂しい気持ちが、愛しい気持ちになり、安心感と翔太に早く会いたい気持ちが一杯になりながら眠りについた。
6時に起床し窓の外を見る。雪はどうなのだろうか。朝方、みぞれが雪になり、道は白くなっていた。雪は止んでおり、空は日の出前だが明るくなってきていた。朝の身支度の時にLINEの着信があった。
「おはよう麗ちゃん。今日は応援しています!こっちは雪が10センチ積もったよ。東京はどう?蒲田医療大学に無事に行けそうですか?」
今日は、さすがに翔太より、母からの、メッセージが先に届いた。
「少し降ったみたいだけど、今日は晴れているしすぐに溶けそうじゃないかな。大丈夫そうだよ。お母さんも気を付けてね!」
母へのLINEを済まし、その後翔太へLINE。
身支度、ホテルの無料朝ごはんを終えて、いざ受験へ!
受験は、午前8時半から始まり、国語、数学、英語、作文、面接が行われた。
初受験、緊張で時間が滝のように流れていく1日。面接大丈夫だったかな?筆記もそれなりに出来たと思うのだけど、大丈夫だったかな?
受験が終わり、蒲田医療大学を出て、蒲田駅を目指し歩いていた。これから、新宿まで行き、特急に乗り換え山梨に帰るために。
少し風が吹き、寒さに首をすくめるように歩く。
その瞬間、思いっきり転倒してしまった。
日陰に昨夜の雪が凍り残っていた所にローファーだった為滑ってしまった。
不意にバランスを崩し、右手を地面に強く着いて転倒した時、右手に激痛が走った!
何が起きたかわからなかったけど、確実に右手首がおかしい。
痛い。
左手で、右の手首をつかみ、うずくまった。
心拍数が上がる、少し具合が悪い気もする。蒼白な顔つきになっていたに違いない麗奈に、後ろから声が掛かる。
「大丈夫ですか?転んでましたよね。」
と、覗き込んだ青年が、麗奈の顔を見て驚いた。
麗奈があまりにも苦しそうな顔をしていたからだ。
「どこか痛いのか?具合が悪いのか?」
「手が痛いです。」
麗奈は、左手で右手を握ったまま見せるように少し差し出した。
「大丈夫かな。かなり痛い?骨折しているかもな。病院行った方が良いけど、家は近い?」
「山梨なんです。」
「山梨?メチャ遠いじゃん。」
「・・・・・。」
麗奈は、何も答えず、ただ痛みに耐えながら青年の顔を見つめた。
「とりあえず、病院行こうか。今スマホで整形外科探すな。」
スラッとした、スーツを着たスタイルがいい美青年。スマートフォンで、近くの整形外科を検索した。
「あった。ここなら、午後も診察しているな。荷物持ってやるから一緒に行こう。」
「でも、悪いです。」
「俺時間あるから大丈夫。このままにしておくのも心配になるし。」
そう言うと、麗奈のバッグを持ち、歩きだした。
麗奈は、その青年の後ろを歩き付いていった。
五分程歩くと、木下整形外科と看板があり、入っていった。
「すいません、初診です。」
青年は受付に立ち、受付の女性に話しかけた。
「わかりました。では、こちらに記入をお願いします。あと、保険証を一緒にお願いします。」
青年の傍らにいた麗奈はそれを聞き、また、青ざめだ。
「・・・保険証がないんですけど。」
小さな声でそう言った。
青年は受付の女性に、
「すいません、保険証がないのですけど大丈夫ですか?」
「あ、全額実費になりますが、後日保険証をお持ちいただければお金は返還しますので、それでよければ診察できますよ。」
「じゃ、お願いします。」
そう言うと、青年は麗奈を椅子に促し、初診で書き込む紙の記入を始めた。
「名前は?」
「小林麗奈です。」
「こばやしれいな。小林は、これでいい?れいは、華麗の麗?な、は?」
青年の質問に答えながら初診票を埋めていった。
書き終わり、ひとまず、待ち合いで青年と座っていたが、今後の事や、今の状況に不安と緊張で、麗奈は口数が少なく座っていた。
隣の青年は、スマートフォンを手にして、何かを打ち込んでいるようだ。
「あの、ここまでしてもらえれば、大丈夫だと思うので、ありがとうございました。」
麗奈は、青年の肩の辺に視線を移し言った。
それを聞き、青年は麗奈を覗き込み、
「麗奈ちゃん、お金は大丈夫あるかな?ここの支払いいくらになるかわからないけど、充分あるのかな。あと、山梨まで帰る分の交通費も大丈夫?」
そう言われて、また、麗奈は青ざめる。
そう言えば、帰りの電車代など、ある程度貰っているが、はたして手持ちで足りるだろうか?
払えたとしても、帰りの電車代は出せるか?
黙ったまま返事か出来ない麗奈を見つめ青年は、
「やっぱりまだ、居るね。心配だから。」
そう言うと、笑顔を麗奈に向けた。
ふと、麗奈は、その笑顔に、恋心を抱いた。美青年だとは、思っていたが、とても胸を締め付けられるような素敵な笑顔だったのだ。
美男子、さらに優しい、こんな人は東京には、沢山居るのだろうなと思い、ちょっとだけ笑顔を作り返した。
その後、レントゲンを撮影し、医師の診察となった。
「手首の骨折だね。橈骨という骨の、剥離骨折だからね、ギプスを巻いておけば大丈夫です。後は、山梨で近くの整形外科に紹介状を書いておくので、そちらで受診してもらえば大丈夫だよ。」
40代半ば位の眼鏡をかけた優しそうな先生がそう言い、ギプスを肘の下から掌まで巻いてくれた。
ギプスは、水に浸けた包帯のような物だったが、数分で固く固まり、それを巻いてもたったあとは、指も使え、転んだ時よりもずっと楽になった。
診察を終えた後の会計待ちで、右手が使えるようになった為、母にLINEのメッセージを送った。
「転んで右手首を骨折しました。ギプスを巻いて帰ります。甲府までには帰れそうなので大丈夫です。また、何時新宿発に乗るかLINEします。」
そう、メッセージを送ると、数分で母から電話が来た。
「れいちゃん、大丈夫なの?!」
「なんか、助けてくれた人がいて・・・・。」
それまでの経緯を麗奈は、母に話した。
「じゃー、また、新宿でLINEするから!」
そういい、電話を切ると、丁度お会計に呼ばれた。
「本日のお会計は、12540円です。次回保険証を提示していただければ、お金の返却いたします。こちら紹介状です。」
心配していた金額は、足りそうだ。2万あったので、帰りの電車代まで出せそうだ。
「ありがとうございました。」
そう、言い、2人で病院を後にした。
蒲田駅まで向かう2人。
青年は麗奈に話しかける。
「麗奈ちゃんも、蒲田医療大受けただろ?」
「そうですけど、お兄さんもですか?」
「そうだよ。理学療法科。」
「同じです。」
麗奈はそう言うと、今まで不安でこわばった顔から解放され満面の笑顔になった。
知らない土地で不安にさらされた18歳は他に何も考える余地がずっとなかった。
ここで、少し気持ちに余裕が出て来たことで青年に改めてお礼をしなければと思っていた。
「そういえば、お金足りそう?」
「あっ、大丈夫でした。本当にありがとうございました。御礼したいので、お名前や、住所とか、聞いてもいいですか?」
「いや、大した事してないから、御礼される必要ないから。とりあえず、気を付けて帰ってくれればいいよ。山梨まで。」
麗奈は何度もお願いしたが、結局何も教えてもらえないので、諦めた。
「どうもありがとうございました。」
深々と麗奈は頭を下げて御礼をし、青年から、バッグを受け取り、肩にかけてから改札に入っていった。
色々あって疲れたはずだが、心は青年を思い出すと暖かい気持ちになった。