19章 最終章 (麗奈と陸が進んだ道)
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麗奈の家で陸と半同棲生活が始まっていた。
大学に近い麗奈のアパートに自然と陸が泊まる回数が増えていった。
大学生活2年生の2月だった。
寒々しい朝、2人でアパートを出て、手を繋いで大学に歩き始め数分経った時に、後ろから声をかけられた。
「陸!」
麗奈と陸は一緒に振り返った。
そこには、一人の黒いコートを着た女性が立っていた。
その人を見て陸は口を開いた。
「どうしたの?麻友さん。」
麻友さんと呼ばれた女性は、嫉妬に狂っている顔つきになって近付いてきた。
麻友は、陸の後をつけてアパートの周りを何日か徘徊していた。
「陸、私と付き合ってくれているんじゃなかったの?その女は、なんなの?」
麻友のすごい形相に、麗奈は怖じ気づいた。
黙ってこの状況を見ているしかなかった。
陸とつないでいる手に力が入り、緊張しているのが分かった。
「なんなのって、俺の彼女です。」
「彼女?」
「俺、麻友さんと付き合うとは一度も言った事が無いけど。」
「私陸の子供を妊娠しているのよ!」
それを聞いて陸は嫌みを含んだように笑った。
妊娠が簡単に出来るなら俺は今までこんなに悩む事は無かったよと笑わずにはいられなかった。
麻友は笑う陸の顔を見て怒りがピークに達していた。
「何がおかしいの?妊娠しているのに責任もとらないの?」
「麻友さん、妊娠しているなんて嘘だろ。もし、本当に妊娠しているなら、俺以外の男の子供だよ。」
「責任転換?ひどい。4ヶ月前に私を抱いた時の子よ。」
麗奈は、4ヶ月前って事はと、頭の中で陸に対して混乱していた。
陸を信じてる。でも、どういう事か・・・裏切りなのか。
しかし、陸は落ち着いて麻友に返す。
「ひどいのはどっちか。騙しているのはどちらか。赤ん坊のDNA鑑定でもしてくれれば俺の子供じゃ無い事は明らかになりますよ。」
そこまで言われても麻友の怒りは収まらなかった。
陸からふと視線をずらした麻友は、陸の横を素早く抜た。
そして、すぐ近くにあったお店の外看板を押さえていたコンクリートブロックを持ち上げると、麗奈の頭部めがけて降り下ろした。
ゴンッ。
そんな鈍い音と共に、麗奈の意識は無くなり、麗奈の記憶はそこから途切れた。
5年後。
麗奈は、山梨の実家の一室に寝ていた。
たまに目は開くが、話もしない、寝返りも出来ない。
食事は胃に直接流動食を流している、重度の障害者になっていた。
麻友に殴られて、脳挫傷になり重い後遺症が残った。
「おはよう。麗奈。」
話しかけたのは、陸だった。
陸も麗奈の実家に住んでいた。
同じ部屋に寝て、夜間の寝返りを介助していた。
「今日も仕事行ってくるな。」
そう麗奈に話しかける陸と麗奈の左薬指には同じ指輪がはめてある。
仕事に行くために玄関に向かうと、後ろから麗奈の母がお弁当を持って来てくれた。
「りっくん、今日もお仕事頑張って!」
「お母さん、いつもお弁当ありがとうございます。今日、1年目の結婚記念日です。この1年、麗奈と一緒に過ごす事が出来ました。ありがとうございます。」
「ううん、こちらこそありがとう。麗奈は、任せておいて!」
「よろしくお願いします。」
通勤時に車で通勤するが、朝の渋滞に巻き込まれるので急いで職場に向かった。
この1年、陸は麗奈の実家から職場に通っていた。
昼の麗奈の介護は麗奈の母に頼んでいた。
陸は、麗奈と結婚し、そのために麗奈の両親と同居していた。
現在、山梨にあるリハビリテーション病院に理学療法士として就職していた。
「小林先生!患者さんがいらしてますよ。」
仕事中にリハビリテーションスタッフに呼ばれた陸。
「はい!わかりました。」
陸は、新しい家族と共に人生を歩み始めていた。
そう。陸は小林姓になりました。
これで、完結。
それぞれ、いろいろな人生を。