18章
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翌日美穂は、黒い服を着て、上のジャケットを羽織れば、失礼がない格好であるよう準備して学校に行き、学校帰りに、横浜にある真由美の自宅に向かう予定であった。
本当は今日、唐沢と会う約束をしていたが、急用が出来、会えなくなったと昨日LINEをしていた。唐沢は、素直にわかったと返事をしてくれた。
美穂が真由美の病院に頻繁に行くようになった最初の頃は、唐沢から何度も何の用事があるのかと聞かれたが、2週間前くらいからあまり何も聞かれなくなった。
何度聞かれても、真由美のところに行っていると話せないもどかしさはあった。
事情を聴かれない事に美穂は気が楽になった反面、嘘をついている唐沢に対して申し訳ないとも思っていた。
その日も足早に学校を帰り、蒲田駅周辺で花束と手土産を購入し東海道線に乗り、横浜で乗り換え日ノ出町駅で電車を降りた。
真由美の母に聞いた住所をマップで調べ、駅から徒歩十分程で着く予定なので歩いて真由美の家に向かった。
遠藤と表札のある家の前に着いた。
インターフォンを押す前に少し気分を落ち着かせるために深呼吸し真由美の家を眺めた。
えんじ色のレンガ調の塀に、芝が植えられた小さな庭、それなりに大きな一軒家。
裕福な暮らしをしているだろうと見える家だった。
改めて、気持ちを落ち着かせてインターフォンを押そうと手を伸ばしたその時!
「美穂さん!」
不意に聞き覚えがある声から呼び掛けられ、ビックリして振り向くとそこには唐沢が立っていた。
「和也!どうして。」
「俺も一緒にいいですか?」
「えっ?まず、なんでここに居るのか意味わかんないんだけど。」
美穂は唐沢がここに居る事の状況把握が出来ずに、顔がひきつっていた。
「すんません。ていうか、最近美穂さんが1人で何処かに行っているのを不審に思ってて・・・・。実は2週間前に美穂さんの後を尾行しました。浮気でも、してんのかと。そしたら、美穂さんの実習先の病院に入って行ったんで、どいつが美穂さんを実習中にたぶらかしたんだと、ついて行った先が真由美の病室だったんです・・・・・。」
「だから、最近しつこく色々聞かなくなったのか。」
「本当にすんません・・・・。。で、今日は俺との約束断って出掛けるから、何かあたんだなと思って、あと今日の服装も不自然っていうか、で、着いて来ちゃいました。・・・多分、ここ真由美の家なんですよね?・・・・俺も一緒に、」
「っていうか、和也!ストーカーかよ?っていうか、その格好で真由美の家に行くのかよ?」
美穂はいつもの唐沢がする口調でそう言うと、和也の上から下を眺めてた。
唐沢は、カジュアル過ぎる服装だった。
「そうなんすけど、ここまで来たんで行きたいです。あと、ストーカーじゃなくて、一途な男と言って貰えると嬉しいです。世の中の一途な男は皆ストーカーと呼ばれ偏見扱いを受ける事になるんすよね。」
美穂は、訝しい顔がなかなか治らなかった。
美穂はため息をつきながら、どうしようかと考え込んだ。
その時、玄関から真由美の母が出てきた。
「美穂さん。ここですよ。」
真由美の母は、なかなか美穂が家に入って来ない様子が見えたので、家がわからないのかと外まで出て来てくれたのだ。
そこで、美穂の他に唐沢が居る事に気が付いた。
「あら、お友達かしら?わざわざ来てくれてありがとうございます。」
真由美の母は、泣き腫らした顔で美穂と唐沢に声を掛けた。
美穂は、真由美の母に唐沢が美穂について来てしまった事を話した。
「全然構いませんよ。唐沢さんも御一緒にどうぞ。真由美の顔を見てあげて下さい。」
そう真由美の母に促され、美穂と唐沢は真由美の家にお邪魔させてもらった。
リビングの横にある一部屋に布団が引かれ、枕元には線香が置かれていた。
他にも親戚の方が何人か居て、忙しそうに動き回っていた。
真由美の母に案内され、静かに、真由美の横に正座する美穂と唐沢。
真由美の母が真由美の顔にかけてある布を上げた。
静かに二人で真由美の顔を覗いた。
痩せ細り、若いのに皮膚に張りがないほど痩せていた。
大学で見ていた真由美とあまりに違った見た目に唐沢は驚き、体を固くしていた。
隣にいる美穂には、唐沢が緊張して唾液を飲み込む音が聞こえた。
そんな別人になった真由美の顔をみると改めて悲しみが込み上げてきた。
しばらく真由美の顔を見ていた唐沢が話始めた。
「真由美、もっと早く来てやれなくてごめんな。真由美が悩みがあった事、もっと聞いてあげれていれば良かったのにな。」
それを聞いた美穂は、話しかけたかったが涙が出てきて何も言葉が出てこなかった。
「なんでこんな事になったのか未だにわからないんです。大学に行きはじめて、しばらく帰ってこない日が多くなったかとおもっていたら、凄く痩せて帰ってきたんです。病院に連れていったが手遅れだったようです。」
真由美の母は泣きながら話してくれた。
真由美の母が布団から真由美の左手をだし、2人に見せたのは、何度もリストカットされた跡だった。それをさすりながら真由美の母は言う。
「何かに悩んでいたんでしょうね。この跡を見ると辛くて、辛くて。どうして真由ちゃんの事わかってあげられなかったんだろうって。」
「お母さん・・・。」
真由美の母の悲痛な気持ちを感じた。
美穂と唐沢にもどうしてあげる事もで出来なかった、もどかしいつらさが心を支配していた。
「こうなる前に、どうにか出来なかったのか・・。母として、情けなくなるし、助けたかった。」
「・・・何と言ってあげればお母さんの気持ちが楽になるのか・・・、お母さんは自分を責めずにいてください。」
美穂は、真由美の母が娘の死に責任を感じて真由美の母も精神的に参ってしまわないか心配になった。
でも、何もすることができなかった。
線香をあげて、真由美の母に挨拶をし、真由美の自宅を後にした。
無言で歩く美穂と唐沢。
真由美の死に悲しみと淋しさがあり、二人は体を寄せ合い、歩いた。
真由美が痩せてきて様子がおかしくなってきた頃。
陸に真由美の事を指摘されるもっと前に、本当は何気なく真由美の変化に気付いていたはずだった。
なのに、心の隅でそんなことはどうでもいいと思っている部分があり気にしていないふりをしていたのかもしれない。
どうしてその頃真由美ともっと話をしなかったのだろう。
なんで、真由美をもっと知ろうとしなかったんだろう。
帰りは電車に乗り、唐沢と美穂は品川で分かれて帰るつもりだったが、美穂は、唐沢と繋いだ手を離せなかった。
唐沢は、美穂の様子を見てどうしようかと迷ったが、美穂と一緒に新宿まで来て美穂の手を引いて電車を降りた。
ホームに降り立ち、人の波があまり来ない場所に立ち止まった。
「美穂さん、今日このまま一緒に居ますか?」
「うん。今日は、和也が傍に居てくれて良かった。」
二人は歌舞伎町のホテルに入行っていった。
唐沢は、不安な気持ちの美穂を慰めるように抱き締め、キスをして、美穂を包み込むように優しく抱いた。
皆、迷いながらそして悩みながら人生を歩んでいるのだ。
端から見たらわからない悩み・障害もある。
他人の心の中は分からない。
だから、時々傷付き傷付けている時がある。
しかし、あなたにとって大切な人には歩みより心を少しでもわかり合えれば、幸せな時が見えてくるかもしれない。
見えない壁、その向こうにあるものは、幸せでありますように。
一旦、中締めな感じですが、この先まであるのでお付き合いねがいます。