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見えない壁、その向こうには。  作者: 山口 佳
17/19

17章(見学実習でのこと。)


美穂は、2年の検査・測定実習で横浜の病院に来ていた。


検査・測定実習とは、患者さんの体の測定をする。関節の角度、筋肉の強さ、手足の長さ・太さ、麻痺の程度、感覚の検査など多岐にわたる測定を行う。


期間は一週間、学校に指定された病院に行き、患者さんに関わらさせてもらうのだ。

美穂の実習先の病院は総合病院であり、病床数は300床で、内科、婦人科、整形外科、外科、心療内科、耳鼻科のある病院であった。


実習初日には、簡単に各病棟に挨拶回りと指導者に各病棟の説明と病院見学をした。


指導者は、理学療法士5年目で誠実そうな女性であった。


「ここは、混合病棟ですが、主に内科と心療内科の患者さんが入院されています。」


指導者の方に説明を聞きながら、病棟をざっと見学して通り過ぎようと思った時、病室の名前が目に入った。


「遠藤真由美」


それを見て、5秒ほど美穂は動きが止まった。

「河合さん!」

「あっ、はい。」

美穂は呼ばれてすぐに指導者の所へ戻ったが、ずっと頭の中にひっかかっていた。


同姓同名だろうと、何度も忘れようと思っていたが、どうしても気になって仕方がなかった。


自分で確かめないと納得いかない性格なので、その日実習が終わり、ケーシーから私服に着替えたその足で、遠藤真由美と名前が書かれた病室に向かった。


516号室。


ドアは閉まっていた。

トントンと、2回ノックした。

返事は無かった。

少しドアを開けて「失礼します。」と小さく言い病室に入った。

個室のベッドに、1人寝ている女性がいた。


点滴をされながら目を閉じほとんど動かずにいる。

ガリガリに痩せ細り別人のようになっていたが、美穂にはずっと学校に来ていない、遠藤真由美だとわかった。


「真由美。真由美、美穂だよ。分かる?」

美穂は、真由美の肩を軽く叩いて呼びかけた。


真由美は弱々しく瞼を開けて美穂を見た。

その瞳には元気がなく、美穂を少し見た後、20秒ほどしてまた瞼が閉じられた。


一週間の実習中、美穂は毎日帰りに真由美の病室に寄った。

学校の話や実習の話などを真由美に話しかけた。


真由美は、たまに目を開ける事はあるが、一言も言葉は発する事なく、ほとんど目を閉じて美穂の話を聞いていた。


「ずっと皆で真由美に連絡取ろうとしてたんだよ。でも知らない間にスマホの番号変えたんだね。教えてくれないと、寂しいじゃん。皆で心配してたよ。」

反応がない真由美に一方的に話しかけていた。


実習最後の金曜も、美穂は真由美の病室に来ていた。いつものように一方的に話しかけ、今日が実習の最終日だと話していたその時、ドアが開く音がして、40歳後半位の女性が病室に入ってきた。


女性は、一瞬美穂をみてびっくりした表情になったが、優しい笑顔になり、美穂に挨拶してきた。


「こんばんは。真由ちゃんのお友だち?」


「こんばんは。河合美穂と言います。大学で同じクラスです。」


「入院してる事、真由ちゃんは誰にも連絡していないのかと思ってたから、びっくりしたんだけど、お友だちが来てくれてるなんて嬉しいな。」


「一方的に来ていただけなんですが、これからもたまに来てもいいですか?」

その女性は真由美の母だった。

セレブそうなファッションをした素敵な女性だか、真由美の事で疲れているのだろうが顔が疲れきったような顔をしていた。


真由美の母は優しく笑い、

「来てあげてくれるなら、そうしてもらえる?真由ちゃんも刺激が無いとずっと寝たままになっちゃうから。」

そういい、お見舞いに来て欲しいと真由美の母は言ってくれた。


美穂は実習でたまたま真由美が入院している事を知った事を話し、守秘義務で他の友達には話せないが、これからもたまに1人でお見舞いに来ると話した。


真由美の母と美穂は、電話番号とメールアドレスをお互いに交換した。


実習が終った後も、時間がある時には真由美の病院に通った。

多い時には週に3回は、真由美の病院に通った。唐沢には申し訳無かったが、唐沢と今まで会っていた時間を真由美に会いに行く時間に当てていた。


美穂がお見舞いに行き初めて6週間経っていた。

この日も、美穂は学校帰りに真由美の病院に来ていた。


話しかけても、たまに目を開けるがやはり返事はなかった。

目を開ける回数も段々少なくなり、真由美がますます衰弱していくのがわかった。


真由美の母と話したが、ご飯を食べる治療など出来る限りの事をしたが、一切食べる事が出来なかったという。


「真由美、私、真由美のわかりやすい性格好きなんだ。隠し事なしのドストレートな性格じゃん。私そういう子好きだよ。沢山知ればスゴく仲良くなって何でも話し合える友達になれると思うの。喧嘩もしそうだけどスゴく言い敢えてさ、お世辞なんて言わないで過ごせる仲にさ。」


頬骨が浮き目がくぼんだ真由美の顔を見つめて、美穂は真由美の痩せ細った右手を擦りながら話した。


「私の隣の席、ずっと空いたままだよ。寂しいよ真由美。」

しばらく手を擦っていると、真由美は目を開けた。

そして、真由美が一言。


「ありがとう美穂さん。」

無表情のまま言い、また瞼を閉じた。

今まで真由美が何も話さなかったので、美穂は驚いたが、一方的だろうが何だろうが、真由美の中に少しでも美穂の気持ちが伝われば良いと思っていた。


翌朝、真由美の母から、真由美が亡くなったというメールが届いた。


とても、ショックだった。

自分の友達がもうこの世に存在して居ない事が。

美穂は真由美の母にメールで返事をした。


「真由美さんに明日お線香をあげに行ってもよろしいでしょうか?」


しばらくして真由美の母から、自宅の住所と是非お越しくださいと返事がきた。


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