16章(唐沢の心の壁。2人で分かり合えるまで話そう)
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次の日、大学で唐沢と会った時、少し恥ずかしくて唐沢の顔がまともに見られなかった。
「美穂さん。今日バイト無いなら少し帰りに寄り道していきませんか?」
「いいよ。」
唐沢の改まった話し方に、少し違和感を感じて誘いに応じた。
帰りに、電車に乗って恵比寿に向かった。
その間、お互いに昨日の話は避けて、学校の話とバラエティー番組の話をしていた。
恵比寿で見たい映画があると唐沢が言うので、2人で映画を見た。
映画のストーリーは、女性が主人公の映画で、愛する人が出来たが、既婚者で、でも、愛し続けて、愛する人の妻が亡くなった時にやっと2人は夫婦になれた。
83歳となって、結婚生活は1年だけで夫と死別したのだか、思いが沢山詰まった1年だったというストーリーの映画であった。
「唐沢はこの映画がどうしても見たかったのかな?」と美穂は思ったけれど、映画を見た事で昨日の事が、少し前の出来事のように感じる事が出来た。
映画を見終わって、20時になっていた。
外に出て、自販機で唐沢のコーラと美穂のカフェオレを買ってベンチに座った。
もう、夏なので、外が気持ち良かった。
少し風が吹いて、2人の髪を揺らしていた。
「なんか、不毛な恋なのに、一途で居た事に感動したね。」
「そうっすね。素敵な2人でした。ずっと思い続けれる事がすごいっすね。」
映画の話をして、余韻を楽しんでまったりした。
コーラの蓋を開けて唐沢は一口飲んで話始めた。
「昨日、美穂さんに嫌な思いさせてすいません。」
「別にいいよ。なんか逆に恥ずかしくなっちゃった。6歳も年上なのにイライラしちゃって。ごめんね。」
「いや、歳なんて、関係ないっす。というか、俺が話して無い事がずっとあって、それじゃいけないなって昨日思って。で、話そうかと思って。」
唐沢から、話して無い事というフレーズを聞いて、なんかいい話じゃないのかもと、美穂は不安になり、黙ってしまった。
唐沢は、今日の本題を話始めた。
「あの、ナリに頼り過ぎているって美穂さんに言われて、確かに、俺はナリに当たり前に頼っていたと思います。自分のコンプレックスをナリに補ってもらってたんで、でも、それが当たり前になってたみたいな。」
「・・・そうなんだ。」
美穂は頷きながら、聞いていた。
「美穂さんにずっと話そうかと思ってたんすけど、嫌われたらどうしようかと思って、ずっと言えなくてここまで来ちゃったんですけど、昨日美穂さんに嫌な思いさせちゃったから言わないとと思って。」
そこまで聞いて、美穂は次の言葉を待っていたが、唐沢の口からなかなか出てこないので、美穂から切り出してしまった。
「で、コンプレックスってなんなの?」
「・・・。あの、俺、肉の焼き加減とかわからないんすよ。口紅の色もどれがいいのかもわからないんすよ。美穂さんが綺麗な服を着てても何色かはっきりしなくてわからないんすよ。勿論、自分の服もコーディネートなんて出来ないんすよ。」
美穂はそれを聞いて、言葉を飲み込んだ。
「つまり、俺、色覚異常なんすよ。色覚特性とも最近は言うみたいっすけど。」
そう、唐沢は、美穂に肉を取り分けてあげたくても、肉が焼けているのかどうかわからなかった。
口紅もどれが美穂に似合うのか色の違いがわからなかった。
服も自分では、おかしな色と言われるような組み合わせしか出来なかった。
ナリはそれをわかっていたので、2人の間で自然と友達としての接するスタンスが決まっていたのだ。
「知らなくて、私唐沢に嫌な思いさせてたかな。ごめんね。」
「いや、大丈夫っす。でも、話したら、嫌われるかもって、ずっと心配で、じつは昨日も寝れなかったっす。」
「嫌いになんて、そんな事無いよ。むしろもっと早く言ってくれたら良かったのに。」
「でも、もし、もしも、」
唐沢は、話を詰まらせて顔を赤らめて、話を続けるのをためらうようにコーラのパッケージを指で擦っている。
「もしも、何?」
「いや~、美穂さんと子供が出来たらさ、子供が。いや、もしの話なんだけど。俺たちの子孫に同じ遺伝子の子供が出来ちゃうんすよ。だから、なんか良く思わないっすよね。」
そう言われて、美穂は、クスッと笑ってしまった。
唐沢が恥ずかしがりながら子供の事を話すので可愛くて仕方がなかった。
「唐沢かわいいね。唐沢はさ、自分が良く無い人だと思ってるの?私たちの子孫が、唐沢と同じ色覚異常なら、良くないの?」
「俺には普通の人のようには見えないんすよ。普通じゃないのは、辛いと思う。」
「唐沢は辛い思いをした事があるんだね。でもさ、普通って何?唐沢の視界はそれが普通でしょ?今まで、それで生きてきたんだよね。唐沢は、私の視界はわからないでしょ?何が普通なのかわかるの?私は、一生唐沢の視界は見ることは出来ないよ。でも、唐沢も私の視界はわからない。無責任な事言っちゃうかもしれないけど。唐沢には、今が普通なんだと思う。唐沢からみたら、私は普通じゃないよ。異常なんだよ。見え方が違ってもいいじゃない。唐沢に違って見えるなら教えてよ。私もこう見えるって説明するから。」
「うん。」
「私たちの子孫にも、そう教えてあげよう。私は、唐沢に出会えて良かった。最初に付き合い始めた時にはかわいいと思っていただけだったけど、あっ、だけってごめんね。で、この前唐沢に抱かれた時も、昨日スケボーしている時も想像以上にかっこよくて尊敬した。唐沢はかっこいい所沢山あるし、素敵な部分も沢山ある。こんなに好きな人に出会えると思ってなかった。唐沢が産まれて来た事は私には幸せでしかないよ。良くないなんて一度も思った事ない。」
「美穂さん・・・。」
唐沢が、涙ぐんで話を飲み込む。
「私も、今まで、いい恋愛出来てきた訳じゃないし。自分がダメな子なのかなって思ってた。彼氏ももう出来ないのかもと実は思ってた。26歳で学生になって、卒業して30だよ。PTとして働き始めて、すぐ結婚出来る訳でもないだろうし、こんな女の子相手に選ばないよね。20代は学費がかかる嫁なんてさ。逆に開き直って結婚出来無くてもいいやって思ってたけど。でも、唐沢はこんな私でも好きだと言ってくれた。」
「歳の事は全然考えてなかたっす。」
「唐沢が30の時、私36歳だよ。」
「・・・早く一人前のPTになって・・・・。美穂さん早くお嫁にもらうっす。さっきの映画みたいに俺ずっと美穂さんを一途に好きでいるっす。」
「ありがとう。私もずっと、唐沢を好きでいると思う。」
「思うじゃなくて、断言して欲しいな。あと、唐沢じゃなくて、和也とか、別の呼び方して欲しいっす。」
そう言われて、美穂は唐沢の目を見つめ言った。
「ずっと好きだよ和也。あと、その喋り方そろそろ止めてもらえる?早く一人前になりたいなら。」
それを聞いて唐沢は、苦笑いをして。
「わかりました。努力したいと思います。」
「思いますじゃなくて?」
「努力します。」
「うん。」
まだまだ新しい未来が見えてきたばかり。
歳の差も、視覚も、それだけでなく2人の間にはまだまだ越えなければならない壁はあるだろう。
でも、今は最高に幸せな時だった。




