13章 (陸の過去)
この章は、陸の過去の話になります。
陸の心の壁について、この章によって伝えます。
⒔
陸が麗奈と出会う2年程前の話である。
陸は、バイトしていたバーのお客と体の付き合いがあった。
キャリアを積んだ大人のその女性は、咲子と言った。
陸より15歳歳上だったが、独身で、特定の恋人は居なかった。咲子は、社会人として、培った女の美しさと色気があったが、今まで結婚に至るほどの男性と出会うことがなかった。
金銭的余裕もあり、優しく接してくれる咲子と陸は体の付き合いをする事に、不足はなかった。
咲子にご飯や身に着けるものを世話してもらっていた。
咲子は若く見えるので15歳も歳上と思わせない風貌もあった。
「結婚は望まないけど、母親願望はあるの。40歳手前、未婚の母でいいので、出産をしたい!その手助けをしてくれないかな」と咲子に言われた。
「陸は若いし、何も望まない。だから、子供ができたら、もう連絡は一切しなくてもかまわない。陸みたいな美形な人との子供が出来れば望みだから。」
陸は、母の病気の事もあり、その頃の生活に投げやりになっていた。
陸は、軽い気持ちでその条件を受け入れた。
咲子は、排卵日などを計算していて、陸にその時にお願いと頼み、何ヵ月か試してみたものの、咲子が妊娠する事はなかった。
「やっぱり、歳をとって妊娠しにくいのかもしれない私。不妊治療も考えてみるよ。」
そう言い、咲子は不妊治療を始めた様子だったが陸にとっては、咲子が妊娠しょうがしまいがどちらでもかまわないので、話し半分に協力していた。
ある日、咲子と、食事に来ていた。
もちろん、咲子のおごりだから、来ていたのだが。咲子は真剣な眼差しで、陸に話し始めた。
「ねぇ。陸。話そうかどうか、迷ったんだけど.....。」
そう言って、話始めた。
「産婦人科で、不妊治療したことで、解った事があって。」
「うん。で、どうしたの?」
「一緒に、婦人科に行ってくれない?」
「いや、遠慮しておく。」
「妊娠できない理由、私じゃなくて、陸にあるかもしれなくて。」
「えっ、何それ?」
陸は、最初理解が出来なかった。
何の事を言ってるのか。
「不妊治療に、陸の精子持って行ったんだけど、あれがね・・・・無精子だったの」
「・・・何、何?無精子って。俺には精子がないってことだよな。・・・・子供作れないって事?」
「いや、まだ決まった訳じゃないんだけど、その可能性があるかもという話で。それで一緒に、産婦人科に行って先生の話を聞いて欲しかったの。先生も話を聞きに来てと言っていたから。」
陸は完全に混乱していた。
「いや、行っても、どうするの。いや、意味わかんないし。別に本気で子供作ろうとしていた訳じゃないし。と言うか、これで俺の必要性が無くなったんじゃん。いつまでも、俺と居てもあなたの望みは叶わない事が解ったんだからさ。咲子さん、バイバイ。」
その女性と、別れたあと、色々頭の中に考えがまわった。
俺が原因で妊娠出来ないとは、どういうことか?
無精子になっているのはどうしてか?
俺は実は女?
いや、ものはある。
何かの病気なのか?
そうせ子供が欲しいと思っていないんだからいいんじゃないか。
このままでも、今の俺に何か困る事が、あるのか。
いや、むしろ、妊娠できないなら好都合な事もある。
誰とやっても、子供が出来ないのだから、むしろ安心して性行為が出来る。
でも、他のやつとは違って何かが異常なのだろう?
おもむろに、スマホを取りだし、検索ワードに(妊娠できない 無精子)
と、入力する。
文章は、何やら難しい事が書いてあるが、「閉塞性」「非閉塞性」などいくつかのキーワードが繰り返される。
とりあえず、俺には、子供を作れる遺伝子が作られていないのではないか。
不確かであるが、答えが何となく出てきた。
陸は自分が無精子であると知ったので、自分は家庭を持つことは良く無いのだろうと考えた。
子供が作れない事で女性を苦しませて幸せには出来無いかもしれない。
だから、今後は女性を本気で好きになる事は止めておこうと心の中で思っていた。
つまり、自分自身に自信がなくなった瞬間であった。
傍からみたら、美形の非のなさそうな青年の心の中には重い障害が生まれたのだ。
毎日意味のない毎日を過ごしていく中で、自分の人生についても多少考える事もあった。
バーとコンビニのバイトを続け、片麻痺の母との2人暮らしをしていたが、いつかはこんな自分でも安定した職に就きたいと思っていた。
ふと、この先の事やなんの仕事をして生きていこうかと考えていた時に、母がリハビリテーション病院に入院していた時の事を思い出した。
そして、担当してくれていた理学療法士に憧れを抱いた事も思い出した。
そこから、陸の中で理学療法士を目指す意思が芽生えたのだ。
なんとなくの、目的の無い日常だったが、少しずつ環境は変わっていこうとしていた。
バイトをしながら勉強をした。
バイトが休みの日にはバーのお客の家庭教師をしている女性に勉強を教えてもらい受験勉強をしていた。
バイト・介護・受験とい3足のわらじを履く事となった。
時は経ち、蒲田医療大学の受験日になった。
スーツを着て受験に行った。
半分以上は制服を着た現役高校生たちだった。
陸の前に座った女の子も制服を着ていた。
緊張をして居たので、受験問題の事はよく覚えてないが、前の女の子の緑と紺の制服がたまに視界に入ってきてはっきり覚えていた。
帰り道に、その女の子が転んだので助けてあげたが、素直そうな可愛らしい女の子であった事が陸の心に余韻を残した。
久しぶりに、心の中が暖かくなる笑顔を見た。
たまに思い出すと、その子のかわいらしさを愛おしく思えた。
無事に蒲田医療大学に合格した、4月。
入学して、たまたま受験の日に出会った女の子と再会した事によって陸の心は掻き乱された。
本気で女性を好きにならないと決めたので、好きにならない振りをして居るのに、本心が陸の決意を裏切るのだ。
その女の子は、山梨から来た麗奈だった。
陸は麗奈を好きにならずにはいられなかった。
まだ、18歳の恥じらいがあるかわいい年頃で、汚れてなさそうな女の子が気になって仕方がなかった。
そのうち化粧も上手くなり、服も可愛くなり、どんどん魅力的な女の子に変わっていくのも、陸にはたまらなかった。
自分が話し掛けるとどんな反応をするのか、気になって仕方がなく、ライヴに誘ったり、母に会いに来ないかと言ってしてしまう。
そんな自分に後悔しながらも麗奈と一緒にいることがたまらなく楽しかった。
バーのお客と体の関係もあったが、心の中では麗奈の事を思っていた。
麗奈が、彼氏と別れたと知った時も正直嬉しかったし、麗奈に告白された時も正直嬉しくてでも、麗奈に応える事が出来ず自然と涙が出た。
麗奈をどんなに好きになったとしても、自分には麗奈を幸せにする事は出来ないだろうと1人で苦しんでいた。
自分のはっきりしない態度で麗奈を傷付けている事は分っていたけれど、麗奈の気持ちに応える事はできなかった。
しかし、正月に麗奈の家で、麗奈の首にあったキスマークを見た時に、自分自身にに怒りが起きた。
麗奈の体に触る事が出来ない悔しさ。麗奈の事が好きだと言いたいのに、麗奈を自分の物にしたいのに、それが出来ない自分に悔しくて腹が立ち、麗奈の家から出ていった。
そこから、陸は自分の体に初めて向き合う事を決めた。
自分の体がどのような体なのか。
本当に自分には、麗奈と向き合う資格はないのか知りたかった。
そこで、ずっと連絡をしていなかった咲子に連絡をとることにした。
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