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見えない壁、その向こうには。  作者: 山口 佳
11/19

11章


12月30日に陸とLINEで連絡を取る事が出来た。


詩織さんの亡くなった経緯は、23日15時に陸が起きた時には意識がない状態で、救急車で運ばれた。

2度目の脳出血が発症したのだ。

そのまま意識は戻らず22時16分に亡くなったとの事であった。


詩織さんは、もともと山形の出身なので、24日に叔父さんと祖父は山形から来てくれた。


身内だったが陸はほとんどその2人に会った事が無かった。

詩織さんの1度目の脳出血の後に会った事があるだけなので、祖父と叔父さんとの、交流はほとんどなかったようだ。

その2人も今日山形に帰って行ったとの事だった。


麗奈は、山梨に帰る電車で陸とそのような会話をして、麗奈は年明けて元旦の夕方頃蒲田に戻るとメッセージを送った。


祖父と叔父さんが山形に帰った後に陸が1人残されている事も心配だった。

1人で悲しみを抱えて大丈夫だろうか。

他にも親身になってくれる知り合いは居るのだろうか。

考える事は沢山あった。


午後2時過ぎに特急かいじを甲府駅で降りた。

駅ビルに入ろうとした時、ふいに声をかけられた。


「麗奈じゃん。」


誰に呼ばれたのかと、声の主の方を見ると同級生の直樹だったが、そのすぐ横に翔太がいるのを見つけた。もう一人居たが知らない男の子だった。


「直樹、久しぶり。翔太も。」


あまりそこに長居をしたくないので麗奈は小さな声であっさり返事をして、立ち去ろうとしたが、翔太に引き留められた。


「麗奈!今日実家にいるのか?居るなら夜クマ返してもらいに行っていいかな?」


「あっ、そうだね。実家にあるから返すね。また、来るときにLINEして。」

そう言い、麗奈は駅ビルに入った。


翔太のクマを返しそびれていたことを思い出した。

両親が蒲田に来た事があったので、その時に翔太のクマの縫いぐるみをもって帰ってもらい、山梨の麗奈の部屋に置いてもらっていた。


翔太は、最後に麗奈が会った時より派手な雰囲気になっていた。少し見慣れぬ翔太が気になり、最近の翔太について地元の友達にLINEをして翔太の噂を聞いたところ、麗奈と別れた後、バイト先の女の子や、同じ大学の子と何人か付き合ったけど長続きはせずに、直樹たちとよくナンパをしているようだと聞いた。

田舎なので、すぐに噂はまわり、翔太が遊んでいるのは、地元の同級生の間では有名な話になっているようだ。


翔太に何かしら自分との別れが関係し、そういった行動になっているのかもと、少し申し訳なく思った。

いや、逆に、解放されたから?とポジティブに思ったりもしたが、先の考えの方が妥当だろうとしか考えられなかった。


夜実家で夕飯を食べ、20時頃翔太からLINEがきた。


「今から麗奈の家の前に行きます。出てきて。」

それを読んですぐにクマの縫いぐるみとスマートフォンを持ち玄関を出ると、白い車が停まっていた。

ドレスアップされたホンダのオデッセイだった。窓が開き、翔太が車に乗るように言ってきた。


「麗奈、ドライブ行かない?少し話もしたいから。」


麗奈はクマの縫いぐるみだけ渡すつもりだったが、翔太に申し訳ない気持ちもあったので、少しくらい話をしようと車の助手席に乗った。

芳香剤の臭いがきつく香っていた。バニラのような甘い香りだった。


「山梨の夜景見に行かない?良い所があるんだ。」

そう言い翔太は、走り始めそのうちに山道に進んでいった。


「こんな山に夜景の場所があるの?」


「そうだよ。山梨は、いくつか夜景の場所があるけど、どこも山に登らないと見えないんだ。今向かってるのは、櫛形山って言うんだけど知ってる?」


「知らないなぁ。」

とりあえず、乗せてもらっているので、おとなしく乗っていた。


話があると言う割りには、翔太からされる話しは車をバイト先の先輩から買いとったとの話ぐらいで、それほど話もなかった。


着いた場所には、伊奈ヶ湖という看板が立っており、舗装されてない場所に停まった。

「こんなところに湖があるんだね。」

「そうだよ、知らなかった?」


そう言うと、翔太は、突然麗奈に被さり助手席のリクライニング倒した。

麗奈をシートにきつく押し付け、麗奈の身動きを奪った。

シートベルトもとり外され、麗奈に激しくキスをしてきた。


「翔太やめて!何するの。」

翔太は自分の手を麗奈の手に押し付け、麗奈の身動きをさらに封じる。


キスを何度もして、首にも何度となくキスをしてきた。麗奈は力をふりしぼり、動こうとするも馬乗りになっている翔太にかなわない。


「痛い翔太、本当にやめてよ!」

首を痛いほど吸うのだ。そして何度もなめ回してくる。


「いや、翔太。」

「麗奈、やっぱり麗奈じゃないとダメなんだよ。」

「いや、翔太、許して。」

「いや、許さない。」

「ちょっ、ちょっと!こんな事する翔太好きじゃない!」

そう言うと、翔太の動きが止まり、


「じゃー、どんな俺なら好きなの?優しくてもダメなんだろ。強引な方が好きか?どうせ、麗奈も他の男とやってんだろ。」

そう言いまた、首を嘗めてきた。


「付き合ってないからやってもないよ!」

首を嘗めながら翔太は、嬉しそうに言う。

「じゃー、まだ処女か。」

麗奈の目には涙が浮かんで眉間にシワを寄せた険しい顔になっていた。


そのとき、1台の車が来た。その車のライトで一瞬麗奈たちの車が照らされたので、翔太は慌てて麗奈の上からどいた。


 そのすきに麗奈は車から降りた。

最初は走って翔太の車から逃げたが、そのうち息切れが激しくなり翔太から逃げようと頑張ったが疲労がピークになったので、走ることは出来ず歩いて山道を下り始めた。


後ろからライトが当たり、翔太の車が並走し始めた。翔太は、窓を開けて麗奈に大きめの声で話しかけてくる。


「麗奈ごめん!本気であんな事するつもりじゃなかったんだよ。」

「・・・・・。」

麗奈は、口を強く閉ざしたまま話さない。奥歯を噛み締める強さは強くなるばかりである。

「麗奈、送っていくから乗れよ!」

それでも麗奈は返事をしない。


そのまま、翔太が麗奈に一方的に話しかけて2キロほど歩いただろうか、麗奈はヒール付きのブーツのまま下り坂を歩き続ける事に限界が来た事に気が付いていた。

足は痛くなり、体力的にもかなり疲れた。

そして、まだまだ山道は続き、自宅まで歩いて帰ることは困難と思われた。

苦渋の決断となるが麗奈は立ち止まり、翔太の車の方に向かい無言のまま翔太の車の後部座席に乗った。

いつでも降りられるようにドアノブを掴んだまま、無言で体を硬くし背中を丸めたまま乗っていた。


自宅前につき、麗奈は、直ぐに車から降りて、自宅に駆け込んだ。


自分の部屋で、体育座りになり、膝を抱えて座った。

翔太にされた事に嫌気が差して、ただただ泣いた。

自分の行動に後悔していた。うかつに誘いに乗るのではなかったと。


その夜は、朝まで泣きはらし一睡もせずに過ごした。


大晦日の朝。


麗奈は、最近色々あり疲れが出て体が重いが、トイレに行こうと部屋を出た。ちょうど部屋から出てきた弟と会った。


弟は麗奈の首もとを見て嫌な顔をして、何も言わず通り過ぎて行った。

はっと思い、洗面所の鏡で自分を見ると、首にいくつものキスマークが付けられていた。


「最悪・・・。」

最低の気分が更に最低になる。このままでは人前に出れない。

とりあえず、ハイネックの服やスカーフ、マフラーで数日ごまかすしかないと思った。


私何してるんだろう。

そして、翔太に、「こんな翔太好きじゃない」と言ったが、どんな翔太であろうがダメであるのだ。


あれが陸ならば、そのまま身を委ねたのかもしれない。

むしろ陸にそうして欲しいとも思うのだった。

私の気持ちは陸にしかない。


大晦日は、自宅で過ごし、紅白を見たりしていたが、陸に何をしているのかとLINEすると、「お酒を飲んで一人で自宅にて年越しします。」と返事が来る程度だった。


0時が過ぎ。あけましておめでとうと、陸にメッセージを送ったけれど、陸から返事は来なかった。


元旦。


祖母の家に行き、新年の挨拶をした。


おせち、雑煮を、食べて親戚と久しぶりの会話を楽しんだ。

家族、親族の団欒を楽しみ、家族の暖かさを再認識する。

独り暮らしでは、絶対にないこの暖かさ。

人が家に沢山いる賑やかさ。

沢山の話題も出るし、今度集まった時にはこれをやろうなど話したり、従妹の近況を聞いたりして話題が絶えなかった。


団欒を楽しんだあと、午後2時になり、甲府駅へ父と母に送ってもらって東京まで帰ることになっていた。


甲府駅に着き、父と母が改札前で見送ってくれた。


「麗奈、最近疲れているみたいだけど、何か困った事があったら何でも言いなさいよ。」

麗奈の様子を感じてか優しい言葉を母がかけてくれた。


いつもの優しい母。母の存在はいつも大きかった。

「ありがとう。でも、大丈夫。なんとか頑張っているから。心配してくれていると思うけど、ちゃんとに自立して、社会に生きていける人になろうとがんばっているよ。独り暮らしは寂しいけど、独り暮らしだからこそ気づかされる事もあるんだって今日思ったし。だから、私東京で頑張れてるよ。」

それを聞いて父と母は少し安心した表情になった。


「また、帰っておいで。」

父と母と別れて、特急かいじに乗り新宿を目指した。


電車の中で、LINEをチェックした。

陸からの返事はまだなかった。

少し心配になったが、最近は陸も疲れていただろうから、寝ているのかもと思っていた。

また、蒲田に帰ったらLINEしようとスマホを鞄にしまった。


16時半頃蒲田に着き、麗奈は自分のアパートに向かい歩いた。


アパートの前に着た時、麗奈は驚いた。

アパートの外階段に陸と唐沢が座っていたのだ。


「よっ、麗奈。」

声を始めにかけてきたのは唐沢の方だった。


「どうしたの?二人とも・・・。びっくりしたんだけど。」

なんで、どうしてこの2人がここに居るのか、麗奈の頭は混乱する。驚いた顔のままの麗奈を見て、唐沢が話始めた。


「年越しに陸に連絡したら1人だって言うからさ、陸の家まで行って飲んでたんだよね。酔った勢いで、麗奈んちに来ちゃったんだよね。」


「通りで、2人とも酒臭いね。」

唐沢は苦笑いするが、陸は、ずっと地面を見つめていた。


「俺はとりあえず帰るわ。麗奈、あとよろしく。」

そう言って唐沢は帰って行った。


元旦の蒲田は静かだった。


残された陸と麗奈。


暫く2人とも無言だったが、麗奈が陸に話しかけた。

「陸、久しぶり。連絡も来なくてどうしたかなって思っていたんだけど。」


陸はかなりお酒を飲んで酔っているようで少し呂律がまわっていない話し方で、地面を見つめたまま話始めた。


「和也と飲んでいる時に、スマホに酒こぼして、壊れた。」


「えっ、うそ。」


「嘘じゃないから。」


「ていうか、唐沢が私にそう連絡くれたら良かったのに。」

そう言い、また沈黙がある。


階段に座った陸は、疲れているようだがその整った綺麗な顔を見て麗奈は改めて陸を愛おしく思った。


「ごめん、迷惑だった?なんか成り行きでふらふらと和也にここまで連れてこられちゃってさ。」


「いや、いいんだけど・・・。」

そう言い、陸が顔を上げると、陸の目には涙が溢れていた。


「まだ、母さんのこと思い出すとダメなんだよな。1人で家にいると余計にさ。」

麗奈も陸の涙を見た事につられて悲しみで一杯になり、涙が溢れた。


暫く、2人で無言で泣いていたが、ここにずっと居るのも落ち着かなくなり、麗奈は陸を家に誘った。


「陸、うちに寄っていく?」


麗奈が陸の手を引くと、陸も立ち上がり麗奈の家に入った。


久しぶりに家に入ると、部屋は冷えきっていた。

エアコンのスイッチを入れて、陸に座ることを促した。


この前陸の家に行った時に抱き締められた事を思いだし、今日も2人っきりでこの空間に居ると意識をするものの陸の落ち込み方にそんな色気のある雰囲気ではないなと麗奈は思った。


久しぶりに会った陸を優しい眼差しで、麗奈は見つめる。

会えただけでも十分。

この何日間も陸に会いたくてしかたがなかった。


床に座り込み、壁に寄りかかり座る陸。

右片膝を立てて、右手をその脚の上に乗せて、項垂れたようにだらんと座っている。


麗奈は、上着を脱ぎながら陸に話す。

「お酒飲み過ぎた?水でも飲む?」

「ああ、もらっていい?」


麗奈は、冷蔵庫にあったペットボトルの水をグラスに入れて陸に持っていった。

陸は、水を飲んだらテーブルにグラスを置き、また項垂れたように下を向いていた。


麗奈は、そんな陸を見て詩織さんを思い出した。

そして、目に涙が浮かび始めた。


「ライヴの日に陸に会ったら言いたい事があったんだ。


また、詩織さんに会いに行きたいって。

最後に詩織さんに悲しい顔させたまま、私帰ってきちゃったから。もう一度詩織さんに会って話したかった。


それが出来なくなってすごい悲しい・・・・。

陸の話すると、とても幸せそうに笑ってくれたよ。詩織さん。

陸が大好きだよね。優しいお母さんだよね。」


「そうだな。」

「あとね・・・・・、やっぱり陸の事諦められない。

陸が振り向いてくれないって分かってるんだけど。だけど・・。」


それを聞いた陸は、小さくため息をついて、


「今日和也に聞いたよ。俺が道玄坂のホテルに入って行くのを見たと麗奈に話したってさ。だから、うちに来なくなったり、避けられたりされていたんだなって、今になって知った。」


「唐沢、そんなこと話したんだね・・・。そう・・・。」

少し間を置き、麗奈は淡々とだがあふれ出る思いの言葉を次々に話はじめた。


「正直に言うとね、それを唐沢から聞いてショックでしばらく落ち込んでいたんだよね。


そもそも陸が誰とも付き合う気持ちが無いのだから、誰かとホテルに行こうとしょうがないんだけどね。


でも、でももし私に0・01%でも可能性があるなら、陸が、恋愛に対してどう思っていようと頑張りたいと思うの。

こんな陸が落ち込んでいる時に話すのもおかしいかもしれないけど、私は陸が好きです。


ねぇ陸、一生の間誰とも付き合わずに過ごすの?


お母さんが亡くなったあと、ずっと1人で生きていくなんて寂しすぎる。


私は家族に恵まれている環境だから陸の気持ちはわからないかもしれない。でも、家族の幸せを陸に感じさせてあげることは出来るかもしれない。


陸の心の中に何かあるなら、私待つから。私は、陸の傍に居たい。陸が自分の居場所だと思える場所を一緒に作りたい。陸の未来に私が居たい。」


麗奈の言葉を聞き、無言の陸。


暫くして、陸は顔を上げて麗奈を見た。その視線がすぐに麗奈の首もとに移された。

「麗奈それ・・。」


麗奈は、はっとして、血の気が引く感覚になった。

首元に・・陸の目線が釘付けになったのを見て。


手で首もとを咄嗟に隠したが、陸の目線は首もとから動かず、険しい表情になった。


「違うの、陸。」

「何が?」

「いや、元彼に返すものがあったから、返しにいって、」


「いや、べつにいいから。俺は何か言える立場じゃないから、何も聞けない・・・。」

陸は強い口調で麗奈の話を遮り、立ち上がり玄関から出ていった。


麗奈は、今起きた事に呆然として、そして実感とともに涙が溢れてきた。


嫌われたなと。


陸に嫌われた。


はぁ、もうだめだ、もう頑張れない。


どうにもできない。


始めは静に泣いていたが嗚咽が出て、その後思いっきり泣いた。


陸に、自分の思いを伝えたばかりなのに、陸に嫌われた。

言い訳もできない。

首を見れば陸以外に体を触られた印がついているのだから。


陸だって、嫌な気持ちになるのは当たり前だ。

もう、陸は私に振り向くことは、ないだろう。


12月23日の夜から沢山の出来事があり、泣かない夜は無かった。

そして、今日も泣いて夜を過ごす事になった。


その後、陸に言い訳をLINEメッセージで送った。

既読は付くものの返事は来なかった。


数日バイトをしながら悩み、苦しい気持ちを押し殺して過ごした。

陸・・・

陸・・・

でも、もう駄目だと。

あの日の事は無くならない。

悔しいけど頑張れない。


ならばいっそう陸の事は忘れるようにしようと、自分の心を陸に対して閉ざした。


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