10章
⒑
夏休みが終わり、授業も専門的な授業が増えてきた。
席は自由に座っていいのだが、結局麗奈達はいつも5人で近くにまとまって座った。
陸と麗奈は、お互いの気持ちを話た事で、素直に接する事ができた。陸にとっては麗奈が付き合えないことを同意のもと割りきってくれているとわかっている存在になったので、前より公然と麗奈に接していた。
それを見ていた河合が、
「なに、あなた方付き合っているの?」
と、聞くので、
「いや、私陸に振られたけど好きだから、頑張る宣言したんだ。」
「俺は、付き合えないって断ったけど、承知の上だと言われたから、まあ、麗奈がそう割りきれるならいいかと思ってさ。」
と、返す2人に、河合は、
「はあ?」
「二人とも頭おかしいんじゃない?」と言いたげに首を傾げた。
麗奈と陸を傍から見ていていた3人で、
「ていうか、陸さんも麗奈を好きっすよね。絶対。」
唐沢は、河合に言う。
「私もそう思うよ。あのまま、陸が付き合えないと言い続けるなら、いつか麗奈が潰れるよね。」
「俺もそう思います。」
「でも麗奈幸せそう。」
熊澤が微笑んでそう言うほど、麗奈と陸は仲が良かった。
学校では親しくする陸と麗奈だったが、麗奈もバイトをしていたし、陸もほぼ毎日バイトをしていたので外で会うことは出来なかった。
陸のバイト中はほとんどLINEの返事は来ない。
陸は、平日は終電に間に合うようにバイトから帰るので、夜中一時くらいに一言返事があるだけ。
週末は、18時から4時までバイトをしているので、そのあと一言返事があるだけ。
あとは、陸は爆睡をしているんだろうと思っていた。
会う機会がほぼ無いので、麗奈は陸に少しでも会えるようにLINEした。
「今度の3連休の最終日、バイト休みなんだ。陸のお母さんに会いに行っていいかな?」
「OK。母さんも楽しみにしているみたい麗奈に会うの。」
陸といる時間は少なくても、陸の家に行ける事が嬉しかった。少しでも、陸の近くにいれることが。
3連休前の金曜日、学校が半日で終わりだったので、そのまま麗奈の家に集まる事となったが、陸は家事があるからこのまま帰ると言うので、女の子3人と唐沢の計4人で麗奈のアパートに行った。
話題は当然、麗奈と陸の事になり、夏休みに陸のお母さんに会いに行ったりしていたことを話した。
「すごいじゃん。花火大会もいい感じだったしね。なんで陸は麗奈ダメなのかな?」
熊澤が言うと、唐沢がパッとしない顔で言う。
「陸はさ、麗奈と付き合う気ないと思うよ。
ぶっちゃけ、この前の土曜に、友達と渋谷の道玄坂にあるクラブに行ってさ、ラストまで居たから、4時にクラブから出たんだけど、その時偶然陸が女とラブホ入るの見ちゃったんだよな。」
それを聴いて、河合がすかさず唐沢の頭を叩いて、
「余計な事を言わんでいい。空気読めや〜。心臓に悪いわ。」
と言ってくれたが、熊澤と麗奈の顔が青ざめた。
熊澤が心配して麗奈に言う。
「麗奈、大丈夫?」
「大丈夫。いや、大丈夫じゃないかな?でもわかってた事なのかな?あ~。」
と言い、麗奈は顔を両手で覆い、そのまま話す。
「でも、陸に告白した時、陸に、ゲイなの?バイなの?って聞いてみたんだよね。そしたら、俺は女だけしか抱いてないって言われたから、それって抱いている女がいるって事なんだろうなって思ったんだよね、その時。やっぱり、あー。私じゃダメなのかな~。」
そんな麗奈を見て、暫く静かになる4人。河合が静寂を破る。
「でも、麗奈のことは大事に思っているんじゃない?陸。麗奈を無意味に抱こうとはしてないんでしょ。」
「・・・・・。」
「なに?抱かれたの?」
「いや、抱かれてないよ!キスもしてない!逆に何でされないのかなって考えちゃうよね・・。」
「だから、大事にされているんだよ。」
「そうなのかなぁ?もう、わからないよ。」
気持ちは混乱するがそれでも、麗奈は、陸を頑張って振り向かせると心に決めていたので、ここでまだ終われないと自分に言い聞かせた。
3連休の最終日、麗奈は陸の自宅に行った。
唐沢から、嫌な話を聞いてから陸に顔を合わせるのは初だが、何となく心の中は悲しみで埋まっていた。
陸に会っても、挨拶さえぎこちなかった。
陸が寝ている間、詩織さんと話をするが、唐沢の話を思い出すと、辛くなってきた。
陸は、私以外の女性とはキスをして、舐め合い、体を重ねて同じ時を過ごすのだ。
どんな顔で陸はその行為をしているのか。麗奈の見た事の無い顔をしているのか、陸はどんな風に他の女性を抱いているのかと頭の中でずっと同じ事が巡っていた。
詩織さんが、紙に鏡文字で言葉を書いた。
「りくれいなのはなしたくさんする」
それを見て麗奈は、素直に詩織さんに答えた。
「私も毎日陸の事ばかり考えています。陸が大好きです。いつか、陸と付き合えれば良いと思っています。でも、」
そこまで言って、声が震えて出てこないし、涙も溢れてきた。
鼻をすすってくしゃくしゃになった顔でやっと声を絞りだし、
「でも、この前きっぱり、きっぱり振られたんです。私の気持ちは陸には受け入れてもらえないんです。・・・ごめんなさい。今日は、もう帰ります。」
やっとそこまで言って麗奈は、陸の家を泣きながら出てきた。
ダメだ、頑張ろうと決めたのになんでこんなに辛いんだろう。
片想いってなんでこんなに辛いんだろう。
陸が、私の事を少しでも好きで居てくれたら、好きと言ってくれたら、どんなに幸せなんだろう。
陸が私を好きなら、この胸の苦しみが無くなるのに。
そのあと、陸から15時にLINEでメッセージが来た。
「早く帰ったんだな。どうした?母さんも心配していた。」
麗奈は、暫く返事を返さなかった。陸が少しでも私の事を気にかけてくれればいいのにと思い。
でも、我慢できずに23時、寝る前に返事をした。
「ごめん、気にしないで、何でもないから。」
「わかった。」
夜中の1時に、一言返事が来ただけだった。
陸に気にしてほしい、陸に会いたい陸が好きでたまらない。
でも、陸は逢っても、私を抱き締めてはくれない、嘘でも好きとも言ってくれない。
私の事は受け入れてはくれずに引き離すだけ。
ワンルームの部屋で、麗奈を寂しさが包んでいるだけだった。
学校に行っても、何となく元気が出ず、陸に積極的になれない日が続いた。
陸は、相変わらず麗奈に優しく接してくれていたが、それがまた麗奈の心を切なくさせた。
あの日以来、陸の家にも行かなかった。
陸が誘ってはくれたものの、陸の家に行くのも、陸のお母さんと話をするのも辛い気がした。
そのまま月日が過ぎていき、クリスマスシーズンになっていた。
陸が休み時間に麗奈に話す。
「フライデーWOOのクリスマスライヴ、一緒に行かないか?」
「私もいきたいと思っていたんだけど、陸がバイトかなって思って。」
「その日は休みをもらうから。毎日バイトしているから、一日くらい休むよ。」
11月に入り、陸からライヴに誘われた。
麗奈が落ち込みはじめてから少し時間が経っていたので気分も少し上向きになってきていた。
麗奈はずっと落ち込んではいられないと陸とフライデーWOOのライヴに行くことを決めた。
そして、陸にまた前向きに頑張ろうと心の中で思っていた。
クリスマスライヴは12月23日の金曜にあった。
もう冬休みだったので、渋谷のハチ公前で夕方の5時に陸と待ち合わせをしていた。
今日はわざわざバイトを休んででも陸から誘ってもらえたので、まだ陸の事が好きで諦められないと再度伝えようと思っていた。そして、詩織さんにまた会いに行きたいという事も伝えようと思っていた。
クリスマスも近かったので、クリスマスプレゼントを渡そうとグレーのマフラーを買っていた。
ハチ公の前に立って自分の服装をチェックした。
動きやすい服装なのだが女の子らしい服装にしていた。
少しでも陸にかわいく見られたくて色々悩んだ挙げ句の気合いを入れた服装だった。
時計を気にしながら、胸の中で陸を想像し陸に早く会いたくて、そしてこれからのライヴも待ちどうしく胸の鼓動が早くなっていた。
夕方になり、日が短くなっている冬場は北風も少し吹いてきて、17時はとても寒くなっていた。
17時半になるが、陸は来なかった。
「どうしたの?何かあった?」
と麗奈は、LINEで送るが、ずっと既読マークが付かない。
ハチ公前で待ち合わせをしている友達同士や恋人同士がなん組もそこから立ち去っていった。時刻は20時になった。
麗奈は、もう来ないかもと諦めていたが、諦められず、ずっと陸を待っていた。ずっと、ハチ公が主人を待っていた気持ちを感じながら。
「ねぇ、ハチ公、私の主人も来ないかも知れないよ。来ない主人を待つって辛いね。でも、会いたいから待つんだよね。会えないとわかってても。」
結局そのまま、陸は来る事なく終電に乗って麗奈は帰って行った。
家に帰ってからは、ひとしきり泣いた。
陸に何かあったのかもとの考えたが、その日は泣くしかなかった。
他に何も陸の事を知る手段がなかった。
ずっと泣いて泣いて、朝が来た。
重い頭を持ち上げてバイトに行くために支度をした。土日がクリスマスの24日25日に当たるため、お店は忙しくなる予定で、やはり土曜はとても忙しかった。
でも、バイトをしていてよかった。気が紛れる。
嫌な事があっても少しは考えなくていい時間があるのだ。
忙しいくらいが今の麗奈には好都合であった。
スタッフと交代で遅い昼休みを14時半にもらい、休憩室へいく間、スマホをチェックすると、陸から着信記録が残っている。
10時24分にかかってきていた。
すぐにかけ直した。
10回コールして、留守電になり陸には繋がらなかった。
「陸、どうしたの?心配しています。」
LINEでメッセージを送り、休憩中にずっとスマホを気にしていたが陸から連絡はなかった。
結局、19時にバイトが終わった。
寝ていなかったので、どっと疲れがきたが、品川駅の改札に向かいながらスマホを見るとLINEに陸から一言メッセージが来ていた。
「母さんが死んだ。」
麗奈は、暫くそこで時間が止まったように固まった。
しかし、すぐに陸に電話をした、陸はまた出ない。
麗奈は、とにかく陸に会おうと品川駅から電車に乗り溝の口に向かった。
ずっと頭が混乱していた。
詩織さんが、死んだ?どうして、何で。
麗奈が最後に陸の家に行って泣きながら帰った時、詩織さんは悲しい顔をしていたのを思い出した。
ずっと詩織さんに、心配させたままだったかも知れない。
ずっとその事が頭から離れなかった。
それを考えると涙が溢れてきた。
そして唯一の家族の母が亡くなるのはどんなに辛い事なのだろうと、陸の気持ちを考えただけでも胸が苦しくなる。
とにかく、急いで陸のマンションに向かった。
陸の家のドアの前についたときには息が切れていた。
インターホンを3回鳴らして、すぐにドアを数回叩いた。
「陸、陸いるの?」
すぐに反応はなかったが、暫くしてドアが開いた。
疲れきった顔で陸がドアをあけた。
「麗奈・・・。」
驚いた様子だったが、すぐにサンダルを履いて陸が外に出てきた。
急いで出てきた勢いでドアが閉まったと思ったら、麗奈は陸に思いっきり抱き締められていた。
何も言わずに、強く抱き締めた陸の手は震えていた。
麗奈も泣いていたから顔がぐちゃぐちゃだったけど、陸の悲しみを感じて声を出して泣いた。
「麗奈、ごめんな行けなくて。」
陸が一言いったが、麗奈は泣いて返事が出来なかった。
だけど、陸はわかっていたのかそれ以上何も言わなかった。
そのまま5分くらい経っただろうか、陸の家のドアが開き、中年の男の人が顔を除かせた。
「陸どこいった?あ、すまん、まだ話があるんだ。」
そう言い、すぐにドアを閉めた。
陸は、麗奈を抱き締める手の力を緩めると、
「叔父さんとおじいちゃんが来てるんだ。暫く忙しくて連絡できないかも知れないけど、落ち着いたらまた連絡するから。」
陸は麗奈の顔をあまり見ずに家に入って行った。
詩織さんが亡くなった事はとても悲しいが、陸にあんなに抱き締められたことに、麗奈は驚きもした。
陸の事が心配であったが、陸に親族が居たこともわかり少し安心して帰ってこれた。
次の日の25日クリスマスの日も、バイトに行く事以外何もしないで過ごした。
2日間寝る事も出来なかったので疲れてもいたからだ。
熊澤や河合からクリスマス予定はどうなのかと連絡が来たが、陸の母の事を伝え、クリスマスの気分にはなれないと伝えた。
バイトも年末になり、新年2日からの福袋売に出勤しないとならないので、麗奈のシフトは年末30日31日と、元日まで休みになっていた。地元に少しでも帰れるようにと社員さんが気を使ってくれたのだ。
陸の事は心配だったが、この休み中に麗奈は特に予定も無かったので、社員さんの心使い通り山梨に帰ることにした。