第二話 マスターとカレーライス
ある平日の閉店後。
自分は午後10時時きっかりに店のドアにかかっているプレートをひっくり返す。本日の営業時間は終了だ。
「みなさん、お疲れ様でした」
と、言っても自分を含めて3人しかいないが。
「お疲れ、零君」
「お疲れさまです。マスター」
料理担当の松下さんとデザート担当の千尋が挨拶を返す。千尋は喫茶店にいるときは自分をマスターと呼ぶ。松下さんは、それとは反対に自分を『君』付けで呼ぶ。にしても何故、君付けで呼ぶのだろう。そんなにも子供っぽくみえるのか?
時刻は午後10時。夕方から営業していたから当然だが、お腹空いたな。
「松下さん、今日は何か余っているかな?」
「え、お腹空いたの?零君」
「ええ、と言うか皆さんは平気なんですか?」
「わたしは空きましたよ。注文しちゃおっかな」
「じゃあみんなで食べちゃおっか。カレーがあるからカレーライスでいい?
」
「「お願いします」」
「はーい、特製カレーライス。召し上がれ!」
「「いただきまーす」」
ちなみにいうと、この喫茶店で出している料理は彼女が全て自家製で作っている。先代のレシピを使っていない故に、自分でさえ知らない。
スプーンですくい、口の中へ運ぶ。刺激を抑えた、子供でも食べることのできる味だ。さすが自家製で作っているだけのことはある。
「美味しい」
「はい、疲れたあとに食べるともっと美味しく感じます!」
にしても、辛くなくて助かった。どうも子供の頃から辛いものは苦手だ。
「お粗末様」
食べ終わった自分たちは、自分のサービスとお礼でブレンドコーヒーを提供して一息ついていた。
あ、そうだ。
「松下さん」
「ん、どした?」
「カレーライス、まだありますか?」
「え、まだ食べるんですか?」
「あ、いや、自分じゃないよ」
「まあ、あるけど」
「一皿お願いしてもいいでしょうか」
「りょうかい。と言うか、零君の頼みを断れるわけないって。マスターなんだから」
「あはは、すいません」
松下さんはキッチンの奥に行ってしまった。
「マスター、カレーはどうするんですか?朝食用とか?」
「そんな朝から食べないよ。二階に住んでいる子に届けようかなって思って
。どうせまた適当に済ませちゃうからさ」
「二階にいる人、どんな人なんですか?」
「高校生の女の子だよ。この喫茶店のホームページを作成してくれているんだ。」
「へえ、すごいですね」
「多分、まだ起きてると思うから持っていこうかなって思ってね。まあ、自分の自腹だけど」
「じゃあマスター、ここに置いとくね
。あの子によろしく」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、お疲れ~」
「お疲れさまです」
松下さんは自宅へと帰っていった。
「それじゃあマスター、わたしも帰ります」
「うん、いつもありがとう」
「いいんですよ、好きでやっているんですから。感謝するのはわたしの方です」
「そういってくれると助かるよ」
「まあ、家は近くですからいつでも帰れるんですけどね」
「駄目だよ、明日も学校あるだろ?」
「はいはい、分かってますよ」
少し拗ねたような顔になったのは気のせいだろうか、暗くてよく見えなかった。
「では、お疲れさまです」
「うん、お疲れ様」
千尋のことも外まで見送って、今日やるべきことはこれで終わった。
あ、いやまだあるか。
店内に戻り、テーブルの上に置いてあるカレーライスをとる。
「あとは持っていくだけだな」
スプーンも持って、自分は二階へ上がった。