第一話 マスターとイチゴタルト
ゆっくりと進みます。
喫茶メイカー、土曜の朝にて。
「あ、マスターおはようございます」
喫茶店の二階にある自分の家とも部屋とも言えるところから出て階段を下り、裏口を開けると、先代から受け継いだ店、喫茶メイカーの店内である。
先に来ていたのか、この店の店員の一人、波並千尋がいた。礼儀正しく丁寧に、自分に向けて挨拶をしてくれた。
「おはよう、千尋。早いね」
デザート担当の彼女は、既に店の制服にエプロンを身に付けていた。
「先代のレシピ本に書いてあるデザートを作る練習をしていたんです。あ、マスター良かったら試食してみてくれませんか?」
彼女の言うレシピ本とは、先代がこの店を経営していたときに出していたデザート・軽食のレシピが載っているものだ。
「自分で良ければそうさせてもらうよ」
「とんでもない!! マスターが一番この店の味を知っているのですから、試していただけるだけでも嬉しいです!」
笑顔で言ってくれたぶん、試すこちらも気が楽だった。
「どうぞマスター、イチゴタルトです。試食お願いします」
店の制服に着替え、席に座った自分の前に出されたのは、タルト生地に敷き詰められたイチゴが輝くタルトだった。
「では、いただきます」
バリスタの自分にはデザートの知識は皆無に等しいため、正しいタルトの食べ方は知らない。フォークもスプーンも置いて無かったから、掴んでそのままかじりついた。
最初にきたのはイチゴをジャムのようにした甘酸っぱい味。次に優しいクリームの味。そして最後にタルトの生地のサクサクとした食感。うん、これは間違いなく、
「美味しい」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、文句なしに。美味しいよ」
「よかった~」
「これならお店で出せるね」
「ありがとうございます!」
力が抜けたのか、疲れたような表情だったがすぐにもとに戻っていった。
残りもそのまま口に運ぶ。うん、やっぱり美味しい。
試食が終わったタイミングに、もう1人のメンバーも出勤した。さっと片付けて、ドアのプレートをひっくり返す。
さて、今日も最後まで頑張ろう。
イチゴタルトをメニューに加えたのは
言うまでもない。