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【読書感想文のススメ ―僕達には素直さが足りない―】

作者: 小林晴幸

なんとなく思いついて、ふと投稿。深い意味はありません。




 快晴の日々が似合うような、そんな明るいとある小学校で。

 教室の中、晴れ渡る空を恨めしげに見ながら本を読む児童が三人。

 相馬北斗、月ヶ瀬日月、日原翼の三人はクラスの中心といっても過言じゃない。

 そんな彼らがこんな絶好のお天気日和だというのに、外に出て遊ぶこともなく本を読む。

 異常事態だ。

 少なくともクラスメイト達はおかしいと思った。

 海藤竜――クラスで海と呼ばれる少年は、好奇心を抑えきれず彼らに近寄った。

「北斗、やっほー」

「海くんやっほー」

「君ら、何やってんのさ。読書とからしくないねぃ」

「うーん、らしくないって言うか……僕らいま、夏休みの宿題を先取り中なんだよ!」

「はあ?」

 夏休みの宿題を先取りとな。それは何とも……奇特なことだと海が困惑する。

 まだ夏休みの友すら渡されていないのに。

「つっても夏友の定番ってあるだろ。先にやっとこうぜって話になった」

「つまり、読書感想文かな。この机の上の惨状を見るに」

「そのとーりぃ♪ うん、辛い……でも汗ばむ夏に、手汗吸ってじっとりした本を抱えて読むのはもっと憂鬱だから」

「同感ね。うだりながら本なんて読んだって、内容頭に入んないわ」

「右に同じく。かったるくって夏に本なんざ読んでられねーよ」

「なるほどねぇ。けどさ、今年の課題図書ってもう発表されてたっけ?」

「課題図書ぉ? あんな、それこそかったるい本読んでられっか」

「え。じゃあ何を読んで……」

「海ってば、知らないの? 課題図書は絶対これを読めって強制じゃないんだから」

「そうそう。何を読めば良いのかなって迷っちゃう子に「これおススメですよ」ってしてるラインナップが課題図書。絶対にそれじゃなきゃ駄目って訳じゃないんだよ? 本来はね!」

 しかし生徒がてんでばらばらな本を読んで感想文を提出すれば、採点する先生は苦労するんじゃないか。

 一瞬そんなことを考えたが、小学生という生き物は基本的に先生の苦労何ぞ度外視する生き物だ。

 すぐに「ま、いっか」と意識を切り替え、そもそも感想文に採点なんておかしな話だと思いなおす。

 海が納得の頷きを示すと、日月もまた重々しく頷いて手元の本を海に見やすいように掲げた。

「だから俺はこれを読む」

「『おちくぼ物語』……予想外のとこ突くね。まさかの古典とか」

「別名、和式シンデレラ。前から興味はあったんだよね、日月くん!」

「ああ、まあな」

 三人が囲んだ机の上をよくよく見ると、何冊もの本が積んである。一人一冊というには明らかに多い。

 近寄るまでわからなかったのだが……よく見ると、その内の何割かは西洋の童話だった。グリム童話、アンデルセン童話、ペロー童話……それらが、日月の目の前に寄せられている。

 読むのは落窪物語じゃなかったのか? 海の疑問にも、日月はやっぱり重々しく頷いて返した。

「『シンデレラ』もしくは『サンドリヨン』を数冊読んでてな。西洋の『シンデレラ』にも作者によってバリエーションがあるんだけど、その共通項っていうか『シンデレラ』を構成する不可欠の要素を箇条書きにしたのがコレだ」

「うわぁ、何をしたいのかよくわからないけどさ。わざわざデータとか統計とか取るタイプじゃないよね。日月、何やってるのさ」

「和式シンデレラって言われるぐらいだからな。書き出した『シンデレラ』の構成要素と比較して、類似点と相違点の不思議と原因として考えられる要素、読む側の心情から民族性の違いへの分析……に、ついて書くつもりだ」

「それもう感想文じゃないよね。っていうか感想文って複数の本から元に複合しちゃって良かったっけ」

「感想文には違いねーだろ。本を読んで思ったこと、不思議に感じたことなんだから」

「えー……小学生の宿題って感じじゃなくなってるよ」

 普段は勉強とか研究とか気乗りしないって放り出してるくせに。一体何がきっかけで無駄なやる気を出したのか。

 海は胡乱な眼差しで日月の抱えた原稿用紙を見る。絶対、規定枚数を超える気がした。

「えーと、それで北斗と翼もそんな感じ? 何読むの?」

「私は『雨月物語』よ」

「僕は『南総里見八犬伝』!」

「こっちも古典かぃ。え、なに? ブーム? 三人の中でブームなの?」

「ブームなの?」

「いや、僕に聞かれても。それでまた、二人もなんか捻った……というかひねくれた感想文書くんだ?」

「そんなことないわよ。私は普通に書くつもりよ? ちゃんとこれ一本に絞ってるんだから!」

「その代り平凡な仕事だからか、さっきから全然身が入ってねーけどな。何度も舟漕いで眠りかけてやがる」

「ちょっ……わざわざ言う必要ないでしょ、そんなこと!」

「翼ちゃん、読むのが難しいなら別の本にしても良いと思うよー? 眠くなるってのは翼ちゃんにとって面白くないか、読解力を超えてるかじゃないかな」

「う、もう北斗まで! ちゃんと自分でこれって決めたんだから、最後まで読むの!」

「翼にゃ『桃太郎』くらいが丁度良いんじゃねーの? 似合うぜ、そっくりだ」

「日月! なに、叩かれたいの!?」

「こんな些細なことで竹刀持ち出してんじゃねーよ! 似てるだろ!? 黒髪ポニーテール!」

「二人ともー、今日は本を読むんだよ? 喧嘩はやめよ? ソレ言うなら日月君は金髪ポニテだから西洋の……意外と思いつかないね?」

「っていうか、翼の場合は古典文学のシリーズ本から抜き出したのが敗因じゃない? せめて現代語訳されてるやつにすれば良いのに」

「あ。……道理で、意味がわからないと」

「やっぱお前、桃太郎にしとけば?」

「翼ちゃん、僕はかちかち山かうりこ姫がおススメだよ!」

「わあ、しっとり残虐な本を勧めるね。北斗ってば」

「えへ♪」

 照れたように後ろ頭を掻く、北斗。その平和な笑顔に全てがうやむやになりそうだ。

 結局、翼は自分の選書ミスだったと敗因を認めた。代わりに手に取ったのは、『義経紀』……今度もページは中々進まないだろう未来が予測され、日月と海は生温い眼差しを注いだ。

「ところで北斗はどんな感じ? 八犬伝ってめちゃめちゃ長くなかったっけ」

「そこはそれ、ちゃぁんと途中で寝落ちしないよう工夫してるよ!」

「へえ………………もしかして北斗も変わり種感想文?」

「変わり種って言わないでよー。僕は他の本を絡めたりしないし、ちゃんと普通の感想文だよ!」

「断言されると何故か漂うこの不安感。ちなみにどんな傾向の文書いてるのさ」

「こんな感じ、かな」

 そう言って、北斗はちょっとだけ自分の書いている感想文の一部を見せてくれた。

 書き出しの部分だけだったが……そこだけでも、既に海には察するものが。

「北斗、これって……」

「えへ♪ 馬琴さまのファンに殺されるかな……」

「わかってて書く君の度胸に敬服するよ。うん、やっぱ真面目な感想文じゃないと思うよ?」

「うーん、正直な感想ではあるんだけどなぁ」

 北斗の書いた、読書感想文。

 そのタイトルは――『南総里見八犬伝を読んで ―昨今のライトノベルとの類似点と、日本人の根底に刻まれた中二魂の発露。江戸時代から現代に続く、民衆の魂を掴む物語のキーワードとは―』。

 これだけで色々と察するものがある。というか、サブタイトルが本文の内容を要約していた。

「前世の因縁とか仇討ちとか女装男子とか伝説の妖刀とか生き別れの兄妹とか好きな(ひと)と死に別れるとか妖怪退治とか――設定てんこもりだよね」

「題名長いよ! 400字詰め原稿用紙、このタイトルだけでぴっちり四行いってるじゃん」

「うーん、やっぱりサブタイトルの『キーワード』より『モチーフ』って言い方の方が良かったかなぁ」

「文字数あんま変わんないよ、そこだけじゃ」

「僕なりに頑張って考えたんだけどなぁ……良いと思うの。本当に」

「本文の内容はともかく、このサブタイトル必要?」

「あった方が僕は楽しい」

「じゃあ仕方ないな」

「そうね、仕方ないわ」

「君らってそこらへん、自分の欲求に素直だよね」

「お前もだろ、海」

「まあ、否定はしない。だけど感想文か……見方を変えると、随分と楽しげなモノになるんだねぇ。ちょっと勉強になったよ」

 所詮は友達、所詮は似た者。互いに魂の波長が合うことは認めている。

 海も成り行きで色々とツッコミを放ったが、本当に彼らの感想文を疑問視している訳ではない。

 むしろ。

「とりあえず楽しげなことしてるのはわかった。書き上がったら、是非読ませてよ。面白そうだ」

「ああ、良いぜ」

「その代り、海くんのも読ませてよ!」

「そうね。自分だけ読んどいて私達に何もなしって訳じゃないでしょ?」

「あー……そっか、じゃ、僕も面白いの書かなきゃ駄目ってことかなぁ」

 読書感想文。

 それもやり方次第でどうとでもなるものだ。

 何故なら書くことを求められているのは『感想』――自分の発想次第で、どうとでも自由に書ける。

 だから、この場の三人も自由過ぎるナニかを書いている訳で。

 こりゃ自分も負けられないな、と。

 そう思った海くんは。


「じゃ、僕はアレで書くよ」


 少年が指差した先には県内の絶滅危惧種をまとめた、地域のレッドデータブックが置かれていた。




 数か月後、夏休み明けの九月――。

 北斗、日月、翼……それから彼らに感化された十数名の仲間(クラスメイト)達は、それぞれに独創的な読書感想文を提出した。

 結果、担任の先生に「どうしてみんな、いつもいっつも毎回こう斜めにひねくれたことをするの……!?」とさめざめ泣かれたそうだが、それはまた別のお話。







読書感想文は宿題の中でも一番楽しかった部類の宿題。そんな思い出があります。

もうそろそろ課題図書が書店に並ぶ季節。懐かしくなって書きました。


思えば小林が本格的に読書(文章ばっかりで挿絵の殆どない本)にはまったのも、読書感想文対策に読んだ本がきっかけだった気がします。

ちなみに読みたい本を好きに読んでいたので、課題図書に頼った記憶はほとんどありません。課題図書なんて指定があることすら、知ったの中学生の時でしたしね!

高校の時は思いっきり課題図書とか無視して感想文書きましたけどね! 高校3年生の時の題材は『桃太郎』です。






相馬北斗

 いつでもにこにこの、ぽよ~んとした小学生。

 ほのぼのした雰囲気と裏腹に動きは機敏。

 日月くんとは3歳からの幼馴染でツーカーの仲。


月ヶ瀬日月

 薄い色素に鋭い猫目の小学生。金髪金目。

 ちょっと捻くれたところはあるが友達思いの男の子。

 運動神経抜群。北斗とは3歳からの幼馴染で親友。


日原翼

 まっすぐな黒髪をポニーテールにした小学生。

 祖父の道場から持ち出した竹刀常備の女の子。

 運動神経抜群。北斗と日月とは小学1年生からの親友。


海藤竜

 愛用のゴーグルにこだわりを持つ小学生。

 機械いじりと悪戯が好きな男の子。

 北斗と日月とは幼稚園から同じクラス。


担任の先生

 クラスの生徒達に振り回されている可哀想な新任教師(♂)。

 強く生きろ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしく素直なひねくれ者だなぁ!(歓喜) ……え、小学生?……まじやばくね? [一言] わたしの学校では、読書感想文という名目の本の紹介文を書く人が大半でした。このような学校があったらと…
[一言] 彼らは一応宿題をやってるし、まだ修正が利くはず。提出日を誤魔化して時間稼ぎしつつ、やらなくてもいいように仲間を集めて署名提出→先生を怒らせて居残り(経験談)とかよりは素直だと思う。 ・・・…
[一言] なんとも小学生らしからぬ…というか、もしや自分が知らないだけで、昨今の小学生ってのはこういう生き物なのか? 読書は小学生の頃から好きだったけど、文章構築力の無い自分には、感想文は最大の鬼門…
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