クリスマスフラットホワイトファイアーワークス
あ、おつかれー。ううん、そんなに待ってないよ。わりと今きたとこ。ダイヤモンドのように硬い意志で仕事ブン投げて定時退社してきたよ。まあ、クリスマスイブだしね。さすがになにも言わないんじゃない?常識的に考えて。
いやー、しかしこのへん来るのも久しぶりだなー。わたしホラ職場もあっちのほうだし、ここ数年は北のほうがメインになってるから。高校生の時は毎日このへんに居たんだけどね。あ、言ってなかったけ?たぶん言ったことあると思うんだけど、わたしの高校ここから1駅のところだったの。あっちのほう。超都会でしょ?
なんか無駄に偏差値高い高校でさー、進学校ぶってて超厳しくてね、みんなわりとお行儀いい感じだったんだけど、普通さー16歳の田舎者を急にこんな都会の真ん中に放り込んだら遊びに行っちゃうに決まってるじゃない?なんでーか、謎にわたしぐらいのものだったんだけど、そういうの。おかげさまでそれだけで手の付けられない不良みたいな扱いだったからね。別にちゃんと真面目に学校通ってたし、勉強の成績もそこまで悪くもなかったのにさ。
ねえ、何時からだったっけ?あ、じゃあまだ結構時間あるね。ちょっと三角公園のほうとか見に行っていい?んー、わたしが見に行きたいっていうよりは、君に見せたい、みたいな?高校生の時のわたし巡り。よくない?
ていうかねー、わりとこのへん街並みの移り変わりが早いからさ。数年ぶりに来てみてもなんかそんなに感慨とかないんだけど。もう全然ちがう街って感じ。んーそうだなー、わたしが居たころはもっと汚かったっていうか、今でも全然汚いんだけどさ、なんかお店とかが違う感じある。前はもっとパチモノ屋みたいないかがわしいこまごまとしたお店がひしめきあってるってノリだったんだけど、今はわりとマトモそうっていうか、聞いた名前のお店が増えた感じで、普通になっちゃったなーみたいな気もちょっとするね。まあこれもただのノスタルジーてきななんかなんだろうけど。
あ、そうそう、ここここ。この縁石のさ、ちょうどこのへんによく座ってたんだよね、こんな感じで。え?ううん、別になにもしてないよ。ただ座ってただけ。
わたしまあこんなじゃん?学校に友達なんか全然いなかったし、バイトも部活もやってなかったし、当時からだいたいヒトリストやってたんだけどさ、なにしろ高校生だしバイトもしてないし当然お金ないじゃんね。だから本当に座ってただけ。座ってるだけならタダだし。
言っても学校終わってから日が暮れるまでぐらいの間だけだから、そんなに物騒でもないよ。だってホラ、お金ないから家で晩御飯食べないとだし。だからわりと、わたしが帰ってからがこの街の本番の時間帯って感じだったんじゃないかな?毎日予告編だけ見て帰るみたいな感じね。
んーでもねー、たぶん本番の時間帯よりも、これから本番だぞーって、ちょっと街そのものの雰囲気がそわそわし始めるぐらいの、あれぐらいの感じがたぶん好きだったんだよね。デートそのものよりもデート前日のわくわく感のほうが楽しいみたいな感じない?えー違うって、別にそういう意味じゃなくてさ。
なんだろうなー、なにしてたんだろうね?基本的には座ってるだけなんだけどさ。座って携帯で2ちゃんねるとかしてたよ。2ちゃんねるでしりとりとかしてた。あれ?しりとりとかしない?うん、2ちゃんねるで。
あとはねー、うん、なんか起こらないかなーって思ってたよ。なにか起こるんじゃないかなってちょっとは期待してた気がする。いや、ナンパ待ちとかそういうことじゃなくてさ。もっとすごい、隕石が降って来るとかみんなゾンビになっちゃうとかわたし以外の全部の時間が止まるとか、それぐらい滅茶苦茶なことがなんか起こらないかなーって思ってたような覚えがある。もちろん、そんなものすごいことなんてなにひとつ起こらなくて、毎日まあそんなことはないよね、ってなって帰るってわけ。
んー、別に変じゃないと思うけどなーそれぐらいの年代の子ってわりとそんなもんじゃない?だって他にも何人かそういう感じの子も居たし。うん、座ってるの、毎日。
グループでよく居る子たちっていうのはけっこうたくさん居たけどねー、なんかそういうのは別の星の人って感じでちょっと違うんだけど、ああ、あの子は同じ星の人だなって感じのひとりで座ってる子もちょいちょい居たと思うな。いや、別に喋りかけたりはしないんだけど、そんなん出来るぐらいなら学校で普通に友達居ると思うし。
あ、でもひとりいたかも。ちょっと仲良くなった子。J子っていうんだけど。ううん、別にプライバシーに配慮して仮名ですとかそういうのじゃなくて、普通にジェーコって呼んでたの。携帯にJ子って登録してた。たぶんジェーコが自分でそう自己紹介したんじゃないかな。わたしがジェーコをJ子って解釈してただけかもだけど。あんまり覚えてないや。名前とかね、そんなに気にならなかったの。まあ仲良いって言ってもその程度の関係性ってこと。
ジェーコもね、よくひとりで座ってて、たぶんお互いに、あ、今日も居るなってチラ見するぐらいの、存在は認識している、ぐらいの感じだったんだけど、なんか変な人が居てね。祈らせてください、みたいな。その辺に座ってる人に順繰りに祈らせて下さいって言って回ってるの。順番に回ってるからもう次こっちに来るぞーっていうのは分かってるんだけど、それでわざわざ避けるのも癪なところがあるじゃん?だから硬い決意で一切気付いてませんみたいなフリして携帯触っててさ。祈らせてくださいって言われても、いいです、って言って無視って携帯触ってて、でも向こうもわりと強靭な精神力でこっちが全無視でも気にせず勝手に祈ってどっか行っちゃってね。それで、そういうのがあって、今のなんだったんだろうね?みたいな感じでちょっと喋ったのが最初だったとは思うんだけど、ジェーコと喋ったの。て言っても、その時は一言二言喋ったぐらいで、別にそれですぐに仲良くなったりもしなかったはずなんだよね。それで、なんでそうなったんだかはもう全然覚えてないんだけど、そのうち気が付いたら学校終わりにはここにジェーコと座ってるみたいな感じになってたかな。
別にね、そんなお互いに喋ったりとかもなくて、本当にただ隣に座ってるって感じで、別に隣にジェーコが座っててもわたしは携帯で2ちゃんねるとか見てるし。いや、別に毎回しりとりばっかりしてたわけでもないよ?なんかでも、もっと面白いような話題ひらいたときはだいたい見てるだけで書き込んではなかったかな。せいぜい2~3人しか居ないでしょ、みたいな雰囲気だとちょっと書いたりもするんだけど。あとはなんとなくボーッと街を見てたり、ちょっと変な人がいたりすると、ねえあれ見て、うわっすっご、とか、会話っつってもそんなもんで。だからね、わりと一緒には居たけどジェーコがどこの誰でどういう子とかって今でもあんまり分からないんだけどね。客観的に言うと、別に友達ってほどでもなかったし、特に仲良くもなかったと思う。
なんだけどさ、なんかクリスマスイブにね、はじめてジェーコから電話かかってきて。うん、番号は交換してはいたけど、別に普段は連絡取ったりとかなかったからね。行って居たら隣に座るし喋ったりもするけど、居なかったら居なかったで、ああ居ないのかって思うだけで別にわざわざ連絡取ってまで会ったりとかはなかったから。んで、なにしてんの?って言うから別になにもしてないよーコタツに入ってテレビ見てるよーなんて言って。ちびまる子ちゃんかなにか見てたから、もう夕方だよね。それでジェーコがさすがにクリスマスイブに家に居るのはなんか嫌じゃね?なんて言ってて、親に安心されるのが腹立つ、みたいな。うちらだってクリスマスイブに一緒に過ごす彼氏ぐらいいるんだぞーみたいな見栄を張りたかったのかな。まあ居ないんだけど。で、別にわたしはクリスマスイブだからって特に家に居るのが嫌とかそんなこともなかったんだけど、まあ冬休み入ってたし暇は暇だしね。そういうことならとりあえず街出ますか、みたいな感じでとりあえずここまで来たんだけど。
でもさ、結局べつにやることないからいつも通り座るじゃん。
いつも座ってる時間帯よりはちょっと遅い時間帯だったし、やっぱクリスマスイブだしで、街の雰囲気がいつもとは違う感じではあってね。ちょっと本番を垣間見たっていうか。それで、座ってるだけでも多少は楽しかったりはしたんだけど。みんなが楽しそうにしてて、ああ楽しそうだな、いいな、みたいな感じ。
まあ、うちらお金ないから座って見てるだけなんだけどね。
でもほら、クリスマスイブって冬じゃん。それに夜だし。しかもうちらお金ないからわりと服とかも適当だしさ。めっちゃ寒くてね。
さすがに寒くね?って話になって、どっか入る?って話もするんだけど、でもお金ないしなーみたいな感じで。あーうーって言って。またしばらくしたらさすがに寒くね?みたいな話でループしてて。4巡目ぐらいでようやく、いやいくらお金がないって言っても一文無しってこともないでしょ、普通にクリスマスイブなんだしちょっとぐらい贅沢してもバチ当たんないでしょ、みたいな話になって、じゃあどっかお店入ろうって話になって。
でも言ってもやっぱ貧乏だからごはん屋さんとか入れないからね。とりあえずなんか温かいものが飲めて暖房が効いてたらいいやって話で、じゃあコーヒーを飲みましょうって話になって。スタバ行く?とか言うんだけど、え?クリスマスイブだよ?スタバ嫌じゃない?みたいな感じで、それもそれでまたよく意味が分からないんだけど。そこでまた3巡くらいループしてさ。んで、結局スタバでもタリーズでもシアトルズベストでもないコーヒー屋さん見つけて入ったんだけど、やっぱ調子乗ったせいでメニューとかよく分かんないのね。え?ああ、これがコーヒーの種類なの?みたいな感じで。名前見ても何が出てくるんだかよく分かんない感じで。わたしは大きく表示されてるしオススメっぽいしってことでフラットホワイトっていうのにしたんだけど、ジェーコはまたそこで変な天邪鬼だしてさ。じゃあわたしはショートブラック、とか言って。キメ顔で。知りもしないのにさ。それでね、出てきたのがこーんなちっこいカップに入った濃い苦水みたいなやつなの。笑うでしょ。あ、フラットホワイトはね、普通にカフェオレみたいなやつで当たりだった。
それでとりあえず二階上がってさ、あー暖かいねー暖かいねーなんて言って、暖かいだけでもう幸せになっちゃってさ。ジェーコもぜったいおいしくないのに濃い苦水ちびちび飲んでて。これはこれで別に悪くないとか言っててさ。たぶん600円ぐらいしたんだよね。いや、大変なことだよ?女子高生にとって600円って。もう後には引けないラインだよ。
やっぱスタバでもタリーズでもシアトルズベストでもないだけあって、内装とかもけっこう凝っててさ、ヴィンテージ調っていうの?古い木の感じを前面に押し出してる感じの。それで、すごいねーまるでアメリカに来たみたいだねー、そうだねアメリカだね。これはもうもはやアメリカだよとかふたりで言ってて。まあ今だから分かるんだけど、そこニュージーランドスタイルのカフェだったんだけどね。当時のうちらにとってはアメリカってのはもう、イケてるものの最上級だったわけよ。イケてるものはすべてアメリカだったってわけ。象徴だったの。
んでさ、さっきまではもう寒さに完全にやられて寒い以外のことは何も言えないみたいな感じだったのに、ちょっと温まるともう喉元過ぎればってやつでね。またこう、せっかくクリスマスイブなんだからなんかないのかーみたいな話になって、ほんで携帯をポチポチしたりしてね。したら、なんかわりと近くで花火が上がるらしいぞ、みたいな話でさ。でも近くって言っても普通にそれなりに遠いんだけど、冷静に考えたら電車で行くような距離なんだけど。海のほうだから。でも高校生だしアホだしモノを知らないから行ける行ける近い近いみたいなノリになって、花火見ようよ花火ってそっから歩きで花火見に行こうとしてさ。その時は元気だったんだけど、やっぱ外出たら超寒くてさ。
あそこの通りってまーっすぐ海のほうまで続いてるじゃんね。だから、やっぱそっちのほうに向かって歩いてると海からの風がブワーってものすごい勢いで来るわけよ。もうね、すぐ無口になっちゃって。たまに寒いって言うだけみたいな。やっぱ人間って寒いと寒い以外のことが言えなくなっちゃうんだね。気が付いたらジェーコなんか一列フォーメーションになっててさ。ドラクエみたいにわたしのうしろにぴったりくっついて歩いてるの。あ、テメェずるいぞ!みたいな感じで。
そしたらさ、ジェーコがわたしの首の後ろに手を置きながらすごいことを発見した、とか言ってて。なになに?って聞いてみたら、このコートのフードと背中の隙間に手を入れると滅茶苦茶温かい、とか言ってて。はー?なんだそれ?とか言ってたら、いやいやマジで、ちょっと手入れてみ?ってなってさ。フォーメーション前後入れ替えてフードの隙間に手突っ込んで。
いやこれ、マジで温かいの。コタツみたいにポカポカなのよ。で、おおこれはすごい発見だ!って盛り上がったんだけど、これどっちかひとりしか温まれなくない?みたいな話で、じゃあここは公平に、お互い横並びで片手ずつフードの下に手を入れることにしようって話になって。
だからね、なんか肩組んで歩いてるみたいな感じ。お互いにフードの下に手を入れて暖を取っているだけなんだけど。
でもやっぱね、しばらくしたら寒くなってくるから、お互いがお互いの背後取ろうとして攻防が始まったりしてね。そんな感じでグルグルしてるものだから、ただでさえ歩きなのにもう全然前に進んでなくてさ。
そしたらボーンボーンって音だけ聴こえてきて。
あ!花火上がった!ってなってさ。え?どこ?どこで上がってんの?ってキョロキョロしながらダーっと走ってって。
空が明るくなってるからだいたいの方向は分かるんだけど、ちょうど建物の陰になってて全然見えなくてさ。あっちだ!走れ走れ!ってなって。見えた見えた!って指さして言ってるのが、もうほんとビルの隙間からちょびっと見えてる感じのね。しかもね、思ってたよりも全然ショボくて、上がったと思ったら終わっちゃってさ。あー終わりかーって。まあでも見たよねー、うん花火見たねーって言って。じゃあもういいかって感じで駅まで歩いて電車乗って家帰って、普通に家で遅い晩ごはん食べてお風呂入って明石家サンタとか見てたんだけどね。
だから本当に座ってただけだし寒かっただけだし歩き回っただけだし、そんなにいいことも特別なこともなにもなかったんだけどさ。どう考えても、これまで経験したどのクリスマスイブよりも一番グズグズだったし、それにジェーコも今はどこでなにをやっているのかも全然知らないしそんなに興味があったりもしないんだけどさ。
でもやっぱ、今でもクリスマスイブってなると、なんでだかあの時のことを一番思い出すんだよね。
あ、やば。喋ってたらもうこんな時間じゃん。遅れちゃう。ほら、急がないと。だって25000円もしたんだから。