痴漢を撲滅しようとちょっと便所まで付き合ったら
帰り道。電車の中。
ちなみに隣の市なのでたった1駅である。
ようこは駅は反対側の東京方面の電車に乗った。
俺は座るのも面倒なので電車の入り口に立っていた。
正確には扉の横の当たりか。
それがいけなかったのだろうか。
「そこのキミ!」
いきなり因縁をつけられた。
しかしそれは厳つい男どもではない。
きつそうな感じの、しかし美人のスーツを着たおねぇさんだ。
「あなた、この前私に痴漢したでしょう?」
おねぇさんは声高に叫ぶ。
美人ではあるんだが……、ラッキーかどうかは微妙である。
なぜさろう。
できれば係わりあいたくないタイプだと直感的に理解した。
逃げ出したいが動いている電車の中に逃げ場は無い。
「いや、しらねーから」
冷めた目で見返す。
無視するに限る。
こういうヤツは。
「いいえ。先週。ここで。朝の通勤時間帯にー」
って、それこそおかしいじゃないか。
俺はzz市の高校生なんだから。
「いやいや。そんな時間に電車なんて乗らないぜ。冤罪だよ冤罪」
しかし、おねぇさんはまくしたてる。
勢いそのままに俺に近づき、そして俺の右手を取った。
「ほら、こんな風に私の胸をまさぐったでしょ?」
いかん。
ここに痴女が。
痴女がいる。
おねぇさんは右手をあろうことが自分の胸に押し付けた。
「ほら、こんな風にー」
「ちょっ……」
「ほらほらー。これのどこが冤罪なのよ。完全に故意だよね?」
「おらまてや」
「完全に一致。これ絶対冤罪じゃなくなったよね? 感触楽しんでるよね?」
「………」
いやまぁ、確かに結構なお手前であることは分かるんだがこの状況はいろいろとヤバイ。
そしてちょうど良い具合に電車は停止した。
この場合、電車が停止する時間を見計らっておねぇさんは声を掛けてきた違いないだろうと確信する。
「ほら、ちょっと署まできなさい!」
右手はそのままにおねぇさんは俺の右手を持ったまま電車から降り、そのまま警察に突き出す前に、しかし俺は女子トイレに連れ込まれた。
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「彼女を使い魔にするのはおやめなさい」
連れ込まれたトイレの中でおねぇさんの第一声はそれだった。
「はぁ? なんのことだよ」
「さっき、使い魔にするっていったじゃない? 彼女まんざらでもなかったようだし…」
「って、ストーカーかよ。誰だよおまぇ」
「私は魔王。≪視線の48≫のー」
「知らねぇ。ROMのストーカーかよ」
それは聞いたことのないハンドルネームだった。
魔王というからにはようこの小説サイトの関連だと思って間違いないだろう。
そしてそんなユーザーの書き込みを俺は見たことがなかった。
「で? ツィッ○ーででも見てたのか? ようこも素早いな。って、あの弱小サイトどこまで人気なんだよ。それともようこのリアルの知り合いなのか?」
ようこのリアルの知り合いなら分かる。
インターネットのサイトで集めたどこの馬の骨とも分からん連中と戯れる少女を心配する家族。
とかならば俺も納得するかもしれない。
だが。
それならば堂々とそう言えばいいだろうし、魔王うんぬんとかネタを言うことも無いだろう。
「だって彼女、気持ち悪くない?」
「はぁ? ようこが?」
「いいの? だって、≪さいてーの魔王≫、魔王の資格認定者ということは、彼女の行動すべては全魔王に筒抜けなんだよ?」
「あぁ、そういえばそんな設定がありましたかね?」
俺は小説の中身を思い出していた。
『魔王になろう』の小説の中では、上下関係のはっきりした神々のピラミット型組織に対抗して魔族はフラットな水平型組織を目指し、その魔王は魔王の中の最下層たる≪さいてーの魔王≫が認定する仕組み、としていた。
その代償は彼女の見るもの、経験するものは全て上位たる魔王が知ることができること (要は小説の中で書くってこと)。
だから≪さいてーの魔王≫は裁定にして最低。能力にして最弱にして、最も支援を受けやすい立場。
ぶっちゃけ中二すぎである。よく考えるぜようこも。
こんな伏線、後で使われることなんて絶対にない。
「そんなの――、あくまで設定だろ? 知るかよそんもの」
俺はおねぇさんの手を振りほどくと強引にトイレから脱出。逃走する。
それはもううさぎさんもびっくりの脱兎のごとくである。
「……。ふーん。設定。設定なのかー。あくまで設定だというのね……」
おねぇさんのそのつぶやきは、俺に聞こえることはなかった。