妖精帝国の攫われ姫(前編)
スルターナ公国は3つの防壁を持った街、5つの砦、複数の村々を有する小国よりの中堅国家だ。
北に大森林 (妖精帝国)、南は海、東にエンパイヤ帝国 (本国)、西に敵国、さらに西に魔族領。
魔属領に面しておらず、海にも面し海産物が豊富に取れ、土地もある程度肥沃。主な輸出産業は当然農業だ。
そんな優良なお金を生み出す大地であるにも係わらず侵略等を受けてこなかった理由は簡単。
15年ほど前、すでに東のエンパイヤ帝国に侵略され、無血で併合されてしまったからに他ならない。
いままでの兵士等の軍事費に使われていた税金がそっくりエンパイヤ帝国に支払われる完全なる属国。
だが地位的にはほぼそのまま (王は当時の無血編入の功績を称えられエンパイヤ帝国でたった4人しかいない公爵位)。
内部の体制等も当時とほとんど変わっていない。
西の敵国 (スラッシュ王国)はさらに西にある魔族領からの侵略を常から受けており、さらにエンパイヤ帝国に対し戦いを挑むような気概はない。
ついでにいえば辺境であり、海から侵略を受ける可能性もなく、北の大森林地帯に存在する妖精帝国は妖精族達が住む国であって対個人はいざしらず、人間や人間が住む大地にはまったく興味がない。
軍事費がほぼなく軍はこれ以上なく弱体化しているが、そもそも軍など必要なく、何か問題があったときはその代わり発達した冒険者ギルドに頼めば大抵のことは片付いた。
民衆民意はほぼ次第点。
平和を享受しているためやや上か。
はっきり言ってなんの面白みも無い土地であった。
そう、最近までは。
「そうか、スラッシュ王国で政変か……」
報告を聞きながら執務室でゆっくりとワインを飲み干す公王。
王の名はワリィ・スルターナ・アフタースクール。
無血でエンパイヤ帝国に接収され、公爵位を得、『帝国の古たぬき』の称号を獲得した公王だ。
だが今では農業の生産に力を入れている程度で収まる凡庸な政治家に収まっていた。
「エンパイヤ帝国はなんと言っている?」
「いえまだなにも。急なことでまだ動けていないかと」
答えるのは公王の執事。
いましがたの報告を伝えた者だ。
公王の前で直立不動のまま動かない。
公王よりもさらに歳だが、足腰はしっかりしているようだ。
「物事は重なるものだな…」
国民には知らせていないが妖精帝国側でも何かあったらしい。
具体的に何かまでは分からないが。
軍事費の無さは情報集能力の無さにも直結していた。
「で、かのスラッシュ王国からは何か?」
「はい。使者なる女魔術師がこれを」
手紙を渡される。
悪政を敷き数々の不正を働いたミラ・スラッシュ・ゲイードをその息子ケイン・スラッシュ・ゲイードが成敗したこと。
当面は荒れた国内を立て直すため内政に励むこと。
今後ともスルターナ公国およびエンパイヤ帝国とは未来志向で行きたいこと。
そんな旨の記載があった。
「そんなに悪政を敷いていたとは聞かぬが……、どうみる?」
「方便でしょうな。こちらの調査では王子が反乱を起こしたことまでは分かっています」
「予兆等はあったのか?」
「魔族領に大きく侵入し取ったとは聞きますが。しかし我が国の諜報は主にエンパイヤ帝国内に向いておりますゆえ、正確には分からないというのが正確なところかと」
平和ボケがすぎるが、平和すぎた時を過ごしすぎたスルターナ公国ではその程度が限界だった。
「ふむ…」
エンパイヤ帝国がどう出るか? 放置であればそれで構わない。
しかし、エンパイヤ帝国から兵を寄越された場合それなりに支援もしなければならない。
エンパイヤ帝国の皇帝の性格を考えればおそらく戦争になるだろう。だが確たる名目はない。戦争するにしてもかなり先のことだと予想を立てた。
だが戦争をするのであれば、公国防衛として多大な戦費を要求されることになる。
王は頭を抱えた。
「まずはエンパイヤ帝国の動きを探れ。常に魔族領からの侵略の危険のあるスラッシュ王国が攻めてくることはあるまい。もしも戦争になるとしたら何年か先だろうよ」
その認識が間違っていることは、その後身をもって知ることになる。
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その数日前。
スラッシュ王国――
スラッシュ王国の内部では建国以来といっても良い大きな変化があった。
およそ6ヶ月前。
突然冒険者ギルドが活性化され、魔属領から生じる魔物の多くが駆逐された。
そして魔属領の森の一部を割譲することに成功。
スラッシュ王国は実質面積が2倍――もともと魔属領は名目上スラッシュ王国領としていたため名目上は同じ――となったのだ。
その冒険者ギルドの活性化の中心となったのが、第三王子、ケイン。
「今後軍部を指揮する前の腕試しをしたい」などと言い一時期親元を離れた途端にあがった戦果である。
市民からは既に英雄だの勇者だのと称えられている。
スラッシュ王国には3人の王子がいた。
第一王子は根っからの文化人の遊び人。人気は芳しくない。
第二王子は軍には所属していたが対魔族領に対しては専守防衛を基本としており目立つようなことはしていない。
今回の≪事件≫により、第三王子のケインは、突然あがったダークホースといった存在になりつつある。
当然、第一、第二王子にとっては面白いはずがなく――
第三王子であるケインはそんなことは露とも知らず、名声を欲しいままとしていった。
悲劇は起きる――
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「「「かんぱーぃ。」」
その王子ケインは3人のメンバーとともに冒険者ギルドの1階にある酒場で冒険者達が飲み明かしていた。
「今日はすごかったねー。なんといってもドラゴンだよ、ドラゴン!」
音頭を取るのはパティ。
さすがに室内のためローブは脱いでいるが、一歩外を出れば金色のローブに魔導のローブを装備した、一流の精霊魔法使いである。
ローブを脱いだ姿はすばい行動を重視した皮の鎧。
それなりにかわいい女性だ。
「さすがにゴブリン退治に行ったらアレとか、一体どうなのかと思うよ。先週だったら危なかったねー。覚えたての技がなかったら危ないところだった」
剣士ケイン。
いまや英雄としたわれる男である。
王子であることは冒険者ギルドどころか街の人のほとんどが知るところであるが、気さくな性格であり受け入れられていた。
三男であって、ほとんど放逐された身であるという噂話も含めてであるが。
王子補正を必要としない、当然のごとくなイケメンである。
「えぇ、ゴブリン退治に行ったらドラゴンがそのゴブリンを喰っているのを発見したときに、『おれのえものを取るなー』とか言いながらゴブリンをわざわざ吐き出させ、そのうえドラゴン見逃してやるとかアホとしか…」
続けて妖精族のエアリ。長い耳が特徴だ。
ケインと同じ身長で華奢な身体つき。
そんなエアリはパティとは対象的な癒し系の魔法使である。
酒に酔ったのか若干身体が若干火照っており、ケインに身を寄せる姿は愛くるしい。
「ふん。ドラゴンなんぞいつでも倒せる。だが依頼が出ていない。討伐しても意味ねーからなー。ビバ依頼料!」
ケインはがははと笑った。
「――。その依頼費用は国庫なのですが」
そんなケインを冷ややかな目で見つめる魔術師のおっさん。レイモンド。
軍から来ているケインの付き人である。
いわゆるじいや枠。
だが老けてはおらずこと剣技の技術力は高い。
しかし当初はいざ知らず、最近では戦闘力においてまったく役に立っていない。
パワーゲームに負けた男は、単なる荷物持ちになってしまっていた。
「いいじゃねーか。どうせうちの国のもんなんだし? なぁ」
さらに、自ら酒をのみ、さらにエアリに酒を飲まそうとする。
エアリは酒を飲ませるとすぐに酔いつぶれるのだ。
パーティの2人の女性は若く。美女そろい。
見るも羨むパーティ。
そして挙がる戦果。
剣士ケインのパーティはいつしかスラッシュ王国みんなの憧れになっていた。
レイモンドは、ケインの「うちの国のもん」という言葉になぜか暗い顔をしていた――
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その夜――
剣士ケインが宿屋2階の自室に入ると、エアリがベットで先に寝ていた。
エアリは酒に酔ったのだ。
愛くるしい寝顔を眺める。
そして慎重に彼女の背中から生える虹色の羽を摘むと、エアリをエアリ専用の果物籠の中に入れた。
先ほどのエルフの姿ではない。
体長約30cmの妖精族。
エアリの変身スキルは1回のクリックで1時間程度しか持たない。
それをケインは知っている。
ケインがスキルの能力に目覚めて数回の冒険を経てまっ先にやったこと。
それは大森林の中にある妖精帝国に侵入し、1人の少女エアリを無理やり奪ったことだ。
しかしスキル持ちとはいえただの剣士が1人。
盗賊の真似事をしてもうまく行くはずがない。
すぐに見つかり囲まれ、そして乱戦となった。
妖精族の死亡者は出なかったが妖精族達が召喚したゴーレムは悉く破壊。
森を蹂躙した。
ケインはエアリが同じスキル持ちであることは魔王からの情報で知っていた。
だが2人が始めから知り合いであったということもない。
その上でエアリの生活を破壊したわけだ。
ただ回復系の術者が欲しいという理由だけで。
なのに――
逃亡時に立ちはだかったのがパティ。
妖精帝国へ修行に来ていた精霊魔術師。
魔術を放たれる前に接近し、昏倒させ、縛り上げた。
パティの第一声は、
「く……。殺せ……」
だったような気がする。
――ともかく、紆余曲折あったが、今は大切な仲間だ。
「明日はドラゴン退治か…、当然依頼は出てるよな…」
エアリ専用の果物籠はエアリいわく桃の香りがして気持ちがいいそうだ。
ベットに入ったケインは始めての出会いを思い出しつつ眠りについた。