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6話

 早朝よりなお早い時間と言う事もあって、静まり返っている街に変な不気味さを感じたあなたは、少し立ち止まると立ち並ぶ家々を見つめた。

 昨日感じた視線やヒソヒソ声も一切無く、ここまで静かだとまるでこの街にあなた一人しかいなくなってしまったような錯覚に陥ってしまいそうだ。

 試しに適当な家の戸を叩いて確認しようかとも思ったが、誰かが出てきても反応に困るし、かといって誰も出て来なかったらそれはそれでモヤモヤが大きくなるだけだろうから、どちらにせよいい結果は生みそうに無いのでやめておいた。

 裏山の方を見ながら、街に一本しか無い道を進んでいくと、次第に建物の数が少なくなっていき、ついには道も舗装されたものでは無くなった所であなたはふぅと息を付いた。

 目に映る山との距離は一向に縮まる様子が無く、目測のアテにならなさを痛感しながらあなたは道端に佇む石に腰を降ろした。

 まるで椅子のように上面が平らになっている石の上でくつろぎながら、あなたは空に向かって大きく息を吐くと今まで歩いて来た道を振り返る。

 今まであなたがいたであろう街が小さく見えて、今度は下を向いて息を吐く。

 元々あなたはあまり運動が得意ではなく、マラソンなどではいつも可も無く不可も無くと言った位置にいた。そんなあなたからしてみれば、このぐらいの距離を歩いただけでも大分重労働だ。

 このペースで行くと、今日の夜に戻って来れるかが怪しい気がする。

とはいえここまで来てしまった以上、何もせずに戻ると言うのも情けない気がして、あなたは腕を組んで首を傾けた。


「お困りのようですね」


 首を傾けたあなたの耳に、誰かの声が聞こえてきた。

 落ち着いた声のトーンから恐らくそこそこ歳を重ねた男性と思うのだが、辺りを見回してみてもあなたの目に人影は一つも映らない。


「おっと、普通に話しかけてしまいました。下です、下」


 言われてあなたは下を見るが、もちろんそこにあるのは中くらいの石。

 まさか、とあなたが立ち上がろうとしたところで、ガコンと石が動いてあなたは草の上にごろりと横倒しにされた。


「おや、重ねて失礼を。どうもこの体に慣れていないものでして」


 あなたが仰向けの状態で石の方を向くと、そちら側から先程と同じトーンの声が聞こえた。

 どう見ても石。ファンタジーなどでよくあるように目や口があるわけでもなく、つるつるの面からどこからともなく音を発している。

 犬が言葉を話す前例のせいで、石が言葉を発してもいまいち驚愕が少なく、そういうものなのかとあなたが勝手に納得していると、


「この石はあくまでも依り代です。私自身が石であるわけではございませんよ」


 と、あなたの考えを見透かしたような言葉が石から発せられた。

 依り代、と言う単語にあまり馴染みの無いあなたは、仰向けのまま首を傾げる。そんなあなたの思考を再び察したのか、


「依り代と言うのは、仮の体……容器のような物だと思っていただければ、イメージしやすいかもしれませんね」


 と、石が言葉を続けた。

 つまり喋る石ではなく、誰かが石の中に居て喋っている、と言った感じだろうか。それも認識の差異でしかないわけだが、とあなたは起き上がりながら思った。

 しかし、石に宿っていると言われると、異形というより神様のようなものではないのか、とあなたが聞いてみると、


「神、妖怪、幽霊……様々な呼び名は人が人ならざる者を区別するために付けているだけに過ぎません。異形、と言う呼び名もその一つです」


 ごとん、と石が揺れて遠くを見つめる様に回った。

 もちろん目印があるわけでもないので、ただあなたがそう思っただけなのだが。


「あの子は私の事を石、とだけ呼んだ。呼び名などその程度のものではありませんか」


 恐らく石が見つめているであろう方向を目で追った所で、あなたは目的を思い出し勢いよく立ち上がった。

 ここでこれ以上のんびりしていては、日が暮れるどころの話ではなくなってしまう。

 そう思い走り出そうとしたあなたの背中に、


「あぁ、少しお待ちを。お力添えしたくて声を掛けたのです。無駄話が長くて申し訳ございません」


 そう声が聞こえたかと思うと、ゴロゴロと石が転がってきてあなたの靴にコツンとぶつかった。

 力添えとは一体、とあなたが再度足を踏み出すと、先程までの疲労感が嘘のように軽快な足取りで歩が進んでゆく。

 力添えの礼をしようと振り返るが、あなたの目に映った中ぐらいの石は、依り代ではなく既にただの石になっていた。

 先程までと見た目は変わっていないのに、何故だかそう確信が持てたあなたは、再度山の方へ向き直ると力強く踏み出した。


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