とある国の、亡君の騎士7
偶然、というのはありきたりな状況でこそ、その真価を発揮する。
たとえば、例えばの話ですよ、この状況を見られたくない誰かがいたとして。大丈夫。オーケー。ばれる筈ないって、とか根拠の無い自信とともに起こした行動は、大抵が知られたくない本人へと伝わっていたりする。あの血の気の引く感覚と言ったらもう、ほんと止めてくれ!ってなるよね・・・・とか。
あぁ今日はあの人に会いたくないなぁ・・とか思うときに限ってばったりとか、あるいはこれ以上なくプライベートな休日に職場の人に会うなんていうのも、そう・・・自分の不運を真剣に考えてしまうよね。自分の不幸スキル高いな!とか。
妙に例えが生々しい理由はご察しください。
で、だ。つまりは。この偶然だって、必然なんだ。きっと。
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街路を眺めながら午後のティータイムを楽しむ。カフェまであるなんて、民にとっては過ごしやすい国だろうなぁ。嗜好品なんて贅沢品だ!と自由を制限される国は多い。現代では考えられない事だけど、権力が一か所に集まり過ぎれば容易く起こり得る状況なのだ。やっぱり、この国は富んでいる。
紅茶に良く似た香りの薄紅色の液体がカップの中で揺れる。まったりとした午後の演出には最適。こうして大して互いに知らぬ者同士が語らうにも利用できてしまう。
いやいや。ちょっと待って。なぜこうなった?ええ、望むところですが、こうも都合よく話が進むと少し怖いじゃないか。なんて思いつつ片手にはティーカップを持ちくつろいでおりますよ。人生にカフェインは必須!
興味無さそうに、席に着くや否や読書を始めてしまったイル・・イル・・・イルカじゃない。イルノ。そうイルノとかいうボンボン系青年は、すでに自分の世界に入ってしまって会話に加わる様子はない。
ジャン、とかいうこの冒険物の主人公っぽい青年はがっつり主食メニューを平らげてるし、ちょうど正面にくる位置に座った策士系優男のエヴィル青年は、悩めるポーズで興味深げに視線と微笑みを送ってくる。ちょっとうざい。
「偶然というのは不思議なものですね。雑然とした街の中にあって、知りあうべくもない人同士が歩く道をほんの一瞬重ねる。この偶然に感謝したいな」
そう言ってふ、と軽い笑みをこぼす。おいおいそのうち背後に薔薇とか咲くんじゃねーの。胡散な目線を送ってしまいそうになり、いかんいかんとわざとらしくない程度に目線を下げる。
優男風と言ってしまえば聞こえは良いが、騎士なんてファンタジーの世界でしか成立しないものを職業と名乗るならば、それ相応のポーズは保ってほしいと思う。我がままでしょうか。(だって騎士様って!そうでしょう!)
「しかし本屋、ね。あの人がそう用がある場所には思えないけど」
「えぇ。初めは、本屋だと知らずに来られたようでした。ひどく、警戒されてしまって」
出会いの場面と振り返れば、そのあんまりな対応が頭に浮かんできて少し笑えた。
「・・・へぇ。女性に対して警戒なんて何事だろうね」
「似合わない場所だから緊張したとかじゃねぇの?」
と、食事を終えたらしいジャン青年が笑いを含んで言う。
「でも不思議ですね。最近は勤務中以外に姿を見ることも少ないのに。本屋へ足繁く通っているなんて」
「ほんと。飲みに行くのも付き合い悪くなっちゃってさ。どうしたんだーって結構心配してたんだよな」
隊長、なんて呼ばれていることから予想は出来たけど、彼らの上司であるらしい常連のあの人は、部下に慕われているようだ。少しお話しできませんか・・・の誘い文句から始まったこの奇妙な茶会は、最近の彼の行動を心配した部下たちの気遣いということか。
なんか知ってるっぽい雰囲気のわたしとたまたま街で出くて、これきた!とばかりに声をかけたということらしい。確証もないのに、無鉄砲な。
「詳しい事情は存じ上げませんが、いつも熱心に本を読まれているので、その・・・・何か、お探しのものがあるのかな、と気になっていたんです。差し出がましいようですが、余程大切なことなのではないかと思いまして」
と、本に夢中だったイルノ青年が顔を上げるのが視界の端に映った。ふとそちらに顔を向けると、何というか、目線は合わないものの不機嫌そうに、というか叱られた後の子供みたいにクシャリと顔をゆがめた。目線を戻せば、前の2人も顔を見合わせて、その表情を陰らせてしまっている。
これ、か。
その原因に思い当たるものがあった。