とある国の、亡君の騎士5
それから。
物語の続きのようにそれから、といってもすることに変わりはない。無限に、と言ってもあながち間違いじゃない数の本を日がな一日読みふける。相変わらず気配の薄い女館主の入れる紅茶やらやけに美味い菓子を味わいながら。
そういえば一つ変ったことがあったか。この図書館にいつもいると思っていたヨギナという管理人は時折いなくなる。といっても目の前から消える、とかそういう常識外れなものじゃぁないが。
その日は確か・・・・
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その日は雨だった。冬というにはまだ幾分早くて、秋と言うには寒すぎる日和。氷のように冷たい雨がしとしとと、時に穿つように激しく降るそんな日だった。午前の仕事を終え、収穫祭の時期だというのに王の不幸で静まり返る街を抜けて、路地の奥にある古びた扉を開いた。いつもならここで声がかかる。が。
それがない。静まり返った本の森だけがずんぐりといつもと変わらず佇んでいたのだ。
中世ヨーロッパ?というよりはゲームの中の栄えた町。
人は多く行き交うのに、どの顔を見てもどこか沈んでいる。街の様子を見る限り貧しさとは縁遠いように思えるのに。町民の恰好を見ても、装飾品店だろうと思われる店のショーウィンドウを眺めても細やかな作りの細工がよく目に付いた。技術レベルの高い世界のようだった。ふと自分の恰好を見下ろす。ザックリとした白の毛糸で編んだワンピースに細身のパンツ。不自然にならないよう装飾の少ない膝丈のブーツを選んだけれど、あまり気にする必要はなかったようだ。ただし自分が異邦者だという自覚がある訳で、心もとないことは変わりなく。喪に伏すように悲しみが覆うこの街で、何か得られるものがあればいいのだけれど。
そしてそれが、あの生真面目な騎士の心配を取り除く種となればいい。
魔術なんてものが実在する世界も確かにある。けれど、この世界はそれが廃れた後の時代だった。知識を蓄えた多くの魔術師・専門家たちが去り、残された知識は年月とともに風化して、それを使う能力が息絶えたそんな場所。
「そう」であることを知っている。だからわざわざ「その世界」ごとに外へ出て見聞きする必要なんて本当は、無い。知識はすべてあの図書館に集っている。そしてわたしはそのすべてを知る権限を持っているのだ。
でも。でもね、
「あんな必死になられるとなぁ」
初めて生真面目な騎士さまが扉を潜ってきたのは半年前。悲壮な顔をしていた。この場で死ぬんじゃないかこの人。と思うような顔だった。
「本当に、死にそうな顔してた」
思いだすと少しおかしい。口元がむずむずする。だって、本当に死にそうな位苦しそうだった。
死体処理が面倒だったとか、陰鬱な顔見せんなよただでさえこの陰鬱な図書館なのに気が沈む、とかそんなことも考えはした。けど結局。ただなんとなく彼を、彼が気に入ってしまった。寝食も忘れて知識を貪るのはどこの世界の客でも一緒だ。けれど大概は「知りたい」という欲求は自己満足で、学者だとか旅人だとか自由に求めることを望む人が訪れることがほとんどなのだ。
違うなと思った。
あ、違う違う。これは、なんだろう。この人は何で知りたいんだろう。分からない。なんで?
それをわたしが知りたかったんだ。
お客様の事情を聞いてはいけない。なんて規則がある訳じゃない。
駄目だなと勝手に思っただけ。それって死にそうな人に何で死ぬんですか?って聞くのと同じことだろうから。無神経。空気読め。だから原始的に足で情報を集める。ちょっと意地もある。
「呪い」「眠っているのに体は老いない」「騎士」その単語だけがヒントだった。
けれど数少ないそれが十分すぎるヒントだと、ここに来て分かった。
しゃり、と歯触りの良いリンゴ?のような果実をかじる。甘い。咀嚼しながら商人との会話を思い返す。
(「ここの王様は5年前から眠っちまって起きないんだとさ。」)
年をとることなく眠り続ける。
シャク、ともう一口。
(「死んだように眠り続けてる。食事も摂らず、息もしてないが心臓だけ動いている。まさに・・・」)
「呪いだ」
まるで物語の中みたいな。
食べかけのリンゴが手の中でするりと滑って地面に転がる。べこりと嫌な音。「あ、」踏まれる、と思った。地面ばかり見つめていた視界に3対のワークブーツが入り込む。
「考え事をしながら散歩なんて危ないですよ、お嬢さん」
伸ばされた白い手が地面に落ちたリンゴを拾い上げた。