とある国の、亡君の騎士4
広大な自然と、遥か過去に滅びたはずの伝説上の生き物を茫然と目で追えたのはきっと数分にも満たない時間。そのあとは濃密な現実感が薄れいったかと思えが、また光の景色が飛び交う暗闇の中に戻っていた。
瞬きして、現実感の薄い状況を咀嚼しようと、する。足元も頭上も自分の体にも視線を廻らせて、ついでに拳で目を擦ってみたところで先ほどの鮮やかな色彩は戻ってこなかった。
訳がわからない。これを理解しろなど、おかしいだろう。俺は失われた秘義の知識など持たない、ただの騎士だ。
それなのにこの女、暗い部屋に戻ってきたかと思えばまたひとつ、2つと景色を引き寄せてその中へと俺ごと連れて行こうとする。連れていく、とか中へ、という表現が正しいのかは疑問だが。
そこは植物事典でしか見たことないような巨大生物の密集地であったり、半裸の黒人種達が両手を振り上げながら舞い踊る空間(不気味だ)だったり、鉄やら鋼なんていう貴重な金属が文明にありふれている場所であったりするのだ。なにより、あの雑多な音のほとんどが珍妙な四角い箱の中から聞こえてくるとう目を疑う、いやこの場合は耳をか?・・・まぁとにかくもう。
戦場でだって感じたことのない脱力感と困惑に膝を折ってしゃがみこむ。癖の強い自身の髪をかき乱してからよくよく思考の渦へ沈み込む。
何なんだ?何が、現実なんだ。とも考えて、よくよく現実味がないのはこの図書館からしてそうだな、と思考がそこへ至る。
「ここは何なんだ?・・・君は、何者なんだ」
情けない声しか出ない。掠れていて、多分恐れさえ含んだ音色になってしまったことに恥じ入る余裕さえない。座り込む俺の前に、静かに女は膝を折り目線を合わせる。近くで見れば、女の目は黒ではなく、深い赤茶色の、琥珀の色をしている。きれいだな。ふとそう思う。静かに凪いだ瞳に見据えられれば不思議と冷静に言葉を待つことができた。
「ここは、時空図書館。多元の世界の中にあり、どこにも存在しない。知識の室。世界にあるすべてを納めた空間」
そして、と女は続ける。ゆっくりと立ち上がり、数歩距離をとったかと思えば、恭しく片手を胸の前に当てて頭を下げた。
「私は当時空図書の総管理を務めます。館長のヨギナと申します」
突然現れた妙な建物に、いくら探しまわろうと片鱗すらつかめなかった呪術の解法。それが当たり前のようにある、この場所をおかしいとは思いつつも知ろうとしなかった。
どうでもいい。それよりも、と未知の空間を受け入れていた。館主たるこの女は、それでも何を語ろうともせず。だから、良かったんだ。ただ。ただ。・・・・・方法さえ見つかれば。だが、そんな俺に見つけられただろうか?古人の叡智の髄。古の秘義。戦闘馬鹿とさえ罵られる俺に?
そうなのだ。俺はただ焦っていた。ただ主にもう一度、目を覚ましてもらいたくて、あの威厳ある姿と快活な笑みを、賢王と呼ばれた彼に戻ってほしくて、仕えるべき主君として・・・友として、隣に在れた時間がどうしようもなく尊いものに感じて。一度はあきらめたのに、もしかしたら手に入ると知ったらもうそれしか目に入らなかった。
あぁ見っとも無いな。本当に、情けない。
顔を膝にうずめたまま小さく笑い続ける俺をどう見たのか、女は、いやヨギナは腰をかがめてそろりと片手を差し出してきた。
「求めるものが、御有りなのでしょう。それは存じています。知識を求めるならば、それを渡しましょう。私の、役目ですから」
眼前に差し出された手は白くて細く、消えてしまう幻想のようだったが、それは掴めば暖かく、決して消えなかった。知識を求めるものにのみ、開かれる。そこにあって、どこにもない知識の宝庫。
ここには俺の求めるものが必ずあると、知識の主は言う。