とある国の、亡君の騎士3
珍妙なものが並ぶカウンター裏を抜けて、扉を3つ抜けて、地下へと延びる階段を下りる。先が見えないほど延々と続く闇に怖気づく様子もなく、女は先を行く。2人分の足音だけが反響する空間は決して心地よいものじゃない。それにしても。
「(無口な女だ)」
分かってはいたが、それほど気にしていなかった。それはこの女が持つ妙に希薄で現実味のない存在感のせいでもあったし、興味の対象がそこになかったためでもある。
人形のようだと思った。表情の無い、折り目正しいが意思の色が乗らない会話に人間味が欠けていて。だが意外と、そうでもないらしい。そう思えば人並みに相手を知ろうという気にもなる。
「なぁ」
「何でしょうか」
隙の無い物言いはとっつきやすいとは言えないが。こちらを振り返る様子もない。
「どこへ向かっているんだ」
「・・・・・」
沈黙。ただ段差を下り続ける足は止めようとしない。
「おい」
「どこと申されましても説明しがたく」
「説明できないような場所へ連れていくつもりか?」
「・・・・・いえ。私の語彙と表現力が乏しいので、理解していただくには言葉では足りないかと思われます」
「何だそれ」
平坦な言葉が少し拗ねた口調に聞こえて笑い混じりに言葉を返す。すると前を歩く背が少し速度を落とした。軽く横に傾げられた首に合わせて短い髪が揺れる。
「時機に、着きます」
緩めた速度をそのままに半身だけ振り返って見せた、少しのぞいた表情にも不可思議そうな感情が見えた気がした。
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こちらへ、と導かれた先には階段の終わりとともに端が見えない空間があった。暗い、だが視界が奪われない程度の明るさ。その光源となっているであろう
点滅する映像が、目前をよぎっては消えていく。ひとつ。通り過ぎてはふたつ。交差して上へと昇っていく。半透明の絵画とでも言おうか。景色なのだ。その絵画一つ一つが鮮やかで、色彩に富んだ風景。風に吹かれて飛ぶ木の葉のように巻き上げられ、時に暗がりに消え、また現れてはこの場を行き交っている。手を伸ばせば、届きそうな。
「触られないほうがよろしい」
びしりと叩きつけるように言われて、伸ばしかけた手を宙に浮かしたまま止める。思わず手に取って眺めたいほどの美しさだった。
「各世界に連続性はありません。すなわち、「この世界」とその他は全く関連していない。私はただそれを繋ぐ役目を担うだけ」
と女がちょうど目の前に過った景色に手を伸ばした。触れた、ように見えた。だが絵画の額縁サイズのそれは指にまとわりつく様に引っ掛かり、一気に膨れ上がった。
「なっ・・」
暗さに慣れた目に光が沁みる。反射的に閉ざしたまぶたの裏が白一面で満ちて、それが徐々に収まるとともに肌をなでる新鮮な風に驚く。
ゆっくりと、まぶたを上げる。澄んだ薄青と柔らかな白の雲で覆われていた。視界すべてが。
草木の擦れる音が耳に心地よく、地面が湿度を含んで大地の香りを運ぶ。
室内から外へ?そんな次元じゃない。一体なんなんだ。この野原のど真ん中に放り出されたような状況は!
「どう・・いうことだ」
混乱の只中に落ちる男一人など気にかける様子もない。
吹きぬける風と真昼の位置にかかる太陽の陽を浴びながら、数歩分離れた場所に立つ女は細めた眼を柔らかく緩める。
「貴方様が生活される世界だけではないのです。世界は広く、多数、多様、多面に溢れるほど存在している」
「そしてこの場所もまた平行する世界」
淡々として語る女の言葉は俺の知りうるもの全ての斜め上を行っていて、上手く理解できない。
と唐突に奇怪な音が尾を引くほど長く、高く伸びて響いた。
見慣れない柔らかな微笑につられて空を仰ぐ、白い鳥が群れをなして遥か上空を飛んでいる。いや・・遥か上空を・・?鳥、が?
「フェニックスですね」
眩しげに目を細めて手で庇を作りなんてことの無いように上空の陰を追う女の言葉に、だらしなく自分の顔面筋が緩んだのがわかった。いや、顎が落ちるとはこういうことか?
鳥と呼ぶにふさわしくない巨体に、優雅な曲線。飛行の跡が光の帯となって粒子を降らせる。
「伝説の不死鳥・・」
「ですね」
俺の常識はどこへ行ったのだろうか。