とある国の、亡君の騎士2
結論からいえば、持ち出すことができなかった。
なぜ、と問うだろう。普通でない。異常だ。ここは・・なんだ?
興味の無さそうな顔で女は、先ほどまで俺の手の中にあった本を片手で掴む。まるでそこから、空から突然現れたかのようなその本を。
「失礼いたしました。当館をご利用いただく際にお話ししておくべき規則が3つほどあります」
1つ
「当館に所有する書物はすべて各界共有物となっております。持ち出しは不可能です。摂理上連続しておりませんのであしからず」
2つ
「当館内における傷害行為及び干渉行動は認可できません。」
3つ
「当館は求めるべく知識を持った方のみがご利用可能です。対象とならない方にはご利用できませんのでご了承願います」
以上です。流れるように抑揚なく言いきったが最後、女はカウンター裏へと姿を消した。
「は・・・」
意味がわからない。
思わずぐしゃりと髪をかき乱して後ろの棚に体を預ける。
と、カウンター裏の壁向かいからひょいと女が顔を覗かせ、いつもの薄い笑みを浮かべた。
緩慢に顔を上げた俺に向かって手招きをする。
「見ていただくのが早いかと」
「(なんなんだ一体・・)」
どうにでもなれ、という思いで女の細い背を追ってカウンターの向こうへと足を踏み入れる。ここに入るのはこの図書館へ通って1月経つが、初めてだ。妙な緊張と、物珍しさに周囲を見渡す。
雑然と物が置かれているが、そのどれもが珍妙な形をしている。つるりとした凹凸の無い入れ物に湯が張られていたり、四角い箱のようなものから光が漏れていたり、向こうのものは・・
「!!!?」
のっぺりとしたねずみ・・?しかも大型の・・?いやしかし体毛がない上に顔さえないのだ。それが小さな音を一定で発しながら床を這っている。
かたん、と肘が横の湯を張った容器に当たって
「熱い!」
思わず叫んだ。と横合いから白い手が伸びてそれを遠ざける。
「何をなさっているのですか」
呆れたような音色で呟かれるがそれどころか。
「なんだこれは!」
「なにって・・コーヒーメーカーですけど・・・」
「こーひーめーかー?」
聞きなれない言葉を口に乗せて繰り返すと女はあぁー・・・と珍しく言葉を濁して視線を横に流す。
それを気に留めずに足元の奇妙な大型ネズミ(?)はどうするのかと問うと、口を噤んだあとにぼそりと何事かを呟いた。小さすぎて聞き取れなかったが。
「これだけ広いと掃除が・・・」
「なに?」
「いえ、お気になさらず。先ほどお話しした規則に通じるものです。ご説明することは出来ますが、納得されるには実際目にされるのが早いかと」
これはまた珍しく眉根を寄せて気まずそうにしたかと思えば、またもとの感情が薄い表情へと戻ってしまった。
惜しいな。ふとそう思う。感情の濃淡が希薄な者の表情が揺らぐというのはなかなかに面白いものだ。今年入った騎士見習いの渋い顔を思い出して、意図せず笑みが漏れた。弟のような年ごろの部下をからかうのが楽しいとは自分も年をとったのかもしれない。その姿と重ねるには幾分この女は自分と年が近いように思うけれど。
先導するために背を向けて見えなくなった無表情に、人形のような得体の無さは感じなくなっていた。