とある国の、亡君の騎士
薄明かりだけが照らす室内。紙とインクのにおい。古臭い、カビと埃のにおい。そこには俺の探し物があった。ずっとずっと探していたものが確かに存在していた。古の秘術。忘れ去られた禁忌の法。
あの方はきっとお怒りになる。けれども唯一といってもいい自分のわがままだ。あの人が、頂点に立つ姿を見たい。そしてできればそばにありたいと思う。
けれどもしかしたらそれは、叶わない願いなのかもしれない。諦めていたのだ。本当は、もうとうの昔に。
にもかかわらず
「ありますよ。魔術。錬金術とか。法術が近いかもしれませんね。あぁ・・・死霊術というものもございますね」
なんてことをしれっとした顔で言う。この女。一体何なんだ。
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感情のない顔をした女だった。そして異様に気配が希薄でもある。
国の王族近衛騎士として、自分の武術の腕は確かだ。驕りではなく、実績もそれに劣らぬ鍛錬も積んできた。それなのにこの女が近付いても声をかけられるまで気がつくことができない。背後をとられてもなお、だ。
加えて何度剣を抜こうが顔色一つ変えることなく、かわす様子さえ目に捉えられず、ただ目の前に立っている。・・・あきらかに、おかしい。
信用ならない。警戒してしかるべきだ。なのになぜか気がつけばするりと隣に並んでいたりする。
膨大な蔵書は国の隅々を探しつくしても見つけられなかった知識であふれており、一から探すのでは際限がない。しかしこの女はそのすべてを知り尽くしているようであった。
ぼそりと「体の老化は進んでいないのに・・」と呟けば、さして時間を置かずに呪術の類の本ともう片手に紅茶の載ったトレイをもって現れる。足音さえ立てずに。
手元の本に集中していれば、毛織の掛けものをそっと脇に置かれていたことさえある。それに気がつけば、確かに時間を忘れて睡眠をとっていなかったと思いだす。
妙な女だった。どうやらこの「空間図書」を仕切っているのはこの女一人らしく、それ以外の姿は見かけたことがない。自分以外の閲覧者も同様に。
そして今日も、古びた扉を開く。
「ようこそいらっしゃいました。スヴェルデン様。ごゆるりとどうぞ」
もう見慣れた陰鬱な本の博物館へと訪れれば、カウンターの仕切りを挟んで向こう側に座る女が、口元を緩めるだけの笑みを見せる。しかしいつものごとくその変化は一瞬で、視線はすぐに手元の本へと移されてしまう。
あぁ、と答えて先日取り置きした本をカウンター脇の棚から引き抜いた。
どうもおかしなことに、ここの蔵書はすべて持ち出すことができない。
倫理の問題ではない。規則でもない。「図書館」と銘打つこの施設は貴重な書物を読みながらの飲食さえ許す緩さがあるのだ。それほど「書籍」自体にこだわりがないのもこの館主の様子を見ればわかる。
持ち出すことが、出来ない。言葉の通りだ。抱きかかえて持ち帰ろうとしたところでこの建物を出た時には腕の中は空。ここから、持ち出すことが、できないのだ。
この蔵書量と内容の濃厚さ、種類の豊富さをみてわかった。きっとそれは実現可能な現実として成立する。王を、呪いによって醒めぬ眠りの淵にある主君を救う知識がここにはある。
それを実感して焦りが湧いた。早く早くと急く心のままに館主たるこの女に頼んだのだ。
「どうか、この書物を持ち帰ることを許しては頂けないだろうか。もちろん必ず返すことを約束する!
一刻も早くこの術を完成させる必要があるのだ。だが私にはこのような分野の才能はない。知識のあるものに伝えたい。頼む」
ただただ焦りの一心で膝をついた俺に女は言った。
「可能なら、どうぞ」
ただ一言。