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とある国の、王様と姫様

よく晴れた、青空の美しい日でした。まるで乙女のように胸をときめかせ、彼の人の横に並ぶことを夢見ていた私はなんと愚かな女だったのでしょう。












侯爵家の第一子として生まれた。母方の血筋が代々王家に連なる家系だということもあり、国内での影響力は王家に次ぐと言われる名誉ある家。そこで生まれたのが私でした。





当時の王家には3人の王子と、一人の姫が居られましたが、第一王子であるサリュエル様とはお年も近く、遊び相手としてよくお顔を合わせていました。

負けん気の強い、けれどどこか思いやりのある彼は、幼い私にとっての憧れ。



子供とはいえど、武芸を嗜む殿下には足の速さでは勝てず、王宮内を駆けまわる殿下を追いかけて回るようなそんな毎日でしたが、そんな些細な事が楽しくて仕方ない。

時折振り返っては私の方を確かめて仕方ないな、と微笑んでくださる姿はまさに王となるべき心の広さを持っておいでだと、子供ながらに思ったものです。




そんな幼いころの優しい記憶が積み重なり、殿下は凛々しく、逞しく成長していかれました。

そんな姿を誰よりも間近で見てきた私は、それ以外の選択肢などないかのように殿下に惹かれていきました。









炎のような髪をたなびかせて、颯爽と民の前に立つ精悍なその姿に少しでも釣り合うようにと、容姿や立ち振舞、教養を磨き彼を見つめる。それだけでよかったのです。

なんとも幸いな事に我が国は媚びを売る必要が有るほどの弱小国ではないし、土地に恵まれ、技術に秀でている。

ならば、私はただ女としてそこにあれば、彼の隣に立つことは決して夢などではなく、決まった流れだったのです。







そう、全ては優しく幸せな時間でした。

殿下が15の成人を迎えられたその日、私の前にひざまずいて、手の甲に唇でそっと触れ、幼き日を思い返すような無邪気な笑顔で結婚を申し込んでくださいました。

ときめくとは、こういった時のことを言うのでしょう。頬を染めて殿下の瞳を見つめ返し、肯定の返事をした時、あの瞬間私以上に幸せな女などいなかったでしょうから。





彼の隣にある。それはなんとも満ち足りた日々でした。国を治める人として、多忙の毎日の中にあれど私に気遣いを忘れることなど決してありませんでした。可憐なドレスにきらびやかな宝石。異国の菓子。美しい花束。見たこのもないような風景画。彼に会えない日は多くとも、数々の贈り物はいつも私の心を弾ませてくれました。

そう、それは側姫も娶らない彼の愛情にほかならないと信じていたのです。



それが打ち砕かれるとは知らずに、私は幸せに溺れ、盲目的に彼を愛しているだけでよかったのですから。





4年でしょうか。春の花が散り、日差しが強く肌にまとわりつく、どことなく落ち着きのない日だったということだけ、覚えています。

ある日、私の部屋に訪れたサリュエル様は、数人の侍女を背後に控えさせながらこうおっしゃったのです。



「我が王子だ。ルシナ、お前の第一子としてここに置くこととする。健やかに育てよ、よいな?」



一人の侍女が恭しく進み出て、私にそっと手渡したのはフワフワとした頬の温かい赤子でした。



今、なんと?


そう聞き返せばよかったのでしょう。腕の中では愛らしい子供がもぞもぞと小さな手を動かしています。

全く現状を理解できず、ぽかんと殿下を見つめていた私に彼は言いました。


「お前の子だ。」と。



ふと、腕の中を見下ろします。眠たげに薄められていた瞳を開いて私の方を見つめる赤子と目が会いました。

美しいペリドットの瞳です。それは激しい炎の色を持つサリュエル様と同じ。燃える赤と草原の緑。美しい色。立派な体躯のサリュエル様は、成長されるにつれてその赤い色も相まって勇ましい印象を与える容姿をして居られましたが、絵画でみた草原の色の瞳はいつだって優しかった。だから私は彼を恐れたことなどありません。



なのに、私は恐ろしかった。




腕の中で私に微笑みかける赤子の無垢な瞳と、愛した人の草原の色が。

私の黒に、全く馴染まないそれが、ひどく恐ろしかった。





















~~~♪~~~♪


どこか遠い国の歌なのだと、王宮に招いた吟遊詩人が教えてくれた歌です。


どこか物悲しくて、心の底に沈むような音色がまるで子守唄のようで、赤子に聴かせるにはちょうどいいように思いました。


~~~~♪


沈んだ王国を慰める歌なのだそうです。

荒廃した大地に、絶えた尊き血筋に、静まらぬ怨恨の嘆きに手向けるための曲なのだと、悲しげな瞳をした

青年は教えてくれました。腕に抱いたままの子供はすやすやと寝息を立てています。


愛らしい、そして美しい赤子です。空走る金の髪に、地を覆う緑を宿した子供です。

きっと、愛されるべき存在なのでしょう。


~~~♪


安らかにと、口ずさんだ歌がどうにも喉に張り付いたような違和感を残しているような気がしました。

眩しいほど照りつける空を見上げると、そこにあるはずの透き通った青空がどうしてか歪んで見えるのです。



ふわりと吹いた風にのって、私の黒い黒い髪が漂いました。あぁ、簡単なことですね。とても単純なことを忘れていました。彼は言ったのです。結婚を申し込む、その日に。







「ルシナ、かわいいルシナ。君は、私のそばに居てくれるだけでいい。決して、外に出る必要などない。

 その髪も、瞳も、他のものに見せてはいけないよ」









ふわり、ふわり。風に髪が舞っています。少しでも美しくあれと伸ばした髪です。

幼き頃から、周囲に不吉だ、伝承の中の悪魔のようだと罵られた髪です。


彼だけは、優しくなでて褒めてくれた髪でした。



あぁ、どうしてか そばに居てくれと言われたあの日と同じように澄んだ青空のはずなのに、滲んでよく見えません。




波打つ視界から漏れた涙が、赤子の柔らかな頬を濡らしていました。















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