とある国の、亡君の騎士10
それは、新たな王の造る国を突如襲った、悲劇の話だ。
先代の崩御から5年。新たな王はその第一皇子であるオズワルド殿下。少年時代は些か奔放が過ぎると評された性格も、青年期を迎えると幾分穏やかになり、元来の社交性と相まって親しみやすさを感じる人柄であったという。
先代は良くも悪くも「王族」のなかの執政者であった。愚かではなかったが、視野が狭かった。王座から見える世界のみで政を行うばかりで民は遠く離れた地に住まうモノ。自分の国に住まう駒でしかなかった。貧困で命を落とすものはおらずとも富裕層がさらに潤うよう歯車を回していた、らしい。
体調を崩し、病床に伏せるようになってから1年足らずの崩御であった。そして、王座にはオズワルド陛下が座ることとなる。陛下は先代とは違い、民の住む国を豊かにと望んだ。たかが5年の間に王宮の中の人事はガラリと変わり、貧困層の生活の保護へと乗り出し、弛みきった富裕層の多くが涙をのむ展開であったという。
「はぁ・・・それは・・・絵に描いたような素晴らしい王様ですね」
まるで紙芝居の中の王様のように欠点の無いストーリーに上手い返し文句が見つからず、訥々とした返しをする私に、語り部をかってでたエヴィル青年は爽やかな笑顔を向けてくる。
「えぇ、王は僕たちの誇りです。民を思い、民と共に国を作ろうとなさった。まぁ少し、王族にしては突
拍子もないことをなさる方ではありましたが。兵の訓練にもよく顔を出されていましたので、よく御姿を拝見しておりました」
訓練にも、って。それは王族として、どうなんだろう。天皇様、なんて天上人は存在していても、あくまでも別の世界に住むお人、といった感覚しかない現代人の私だ。訓練どころではない騒ぎとなるのではないかと素直にそう口に出すと、そのような事はありませんでしたね、と予想外に緩い返答が返ってくる。
「そもそもあの方が視察、なんて体では来られたことはありません。なんというか、こう、ふらっと見に来た、という感じでしょうか」
「ふ、ふらっとですか」
「あーうん。本当にちょっと見に来てみたけどどうだ?とかそんな感じ。殿下・・じゃない、陛下はそういうところ、気を使わない人だったからなぁ」
ジャン青年も話に入ってきて、ふと一瞬、何かを思い出すような目をして、快活に笑って見せた。何気なくイルノ青年の方を見ておっ、と思う。切れ長の目と無愛想な表情も相まってとっつきにくい印象の彼の顔がと笑みの形に緩んでいた。ふうん。なるほど。慕われてたんだ、なぁ。
「先王は厳格な方で、富裕層の利権を許す事はありませんでしたが、民の生活にはあまり関心を示されませんでした。自然、どうしても貧富の差は生まれる。その体制を変えたのが現王です」
行き渡らない教育を徹底すること。医療に境をなくすこと。過剰な税を見直すこと。そのすべてをやってのけたという。たかだか5年で。
それはまさに、絵に描いたような理想の王だったのだろう。人々は彼を賢王と評した。
穏やかに時が過ぎる、特にこれと言ってすべきこともないある日。
王が倒れた。どこから出たのかもわからない小さな噂話が、薪をくべた火のように燃え広がるのはそう遅いことではなかった。
公の場に姿をお見せにならない。王には側に寄り添う妃殿下はおられず、子もいない。必然、避けようの無い公式の場に姿を見せるのは位の高い文官だったが、もちろんただの文官の顔など民は知るべくもない。病か?それ以外何がある。事件か?そんな、恐ろしいこと。何かが、起こったのだ。それだけが、正しく平等に人々へ伝わっていった。
そんな時にもう一つ、不思議な噂が聞こえ始めたのだ。
病でない。荒事でない。王は眠っているだけだ。目を覚まさぬのだ。一瞬たりとも。
そしてそれは、古の呪いなのだという。