とある国の、亡君の騎士9
~~~死者が息を吹き返した。心の臓はドクドクと音を立てて動き始め、どす黒く濁り、饐えた臭いを発していたただの肉片が、瑞々しく紅い臓器へと再生していく。あぁ、これを奇跡と言わずして何と呼ぼうか!一部生前から欠損していた脳組織の修復は見られなかった。つまりは、生前持っていた機能をそのままに蘇生が可能であるということだ!この様な場面に会うべくして私は生まれ、そして、なにより神が造りしこの頭~~~
「あぁー気持ち悪くなってきた」
大きく息をつく。あぁもう。見当違いもいいところだった。
ページを進めた本の栞を、あえて挟まずに重厚な表紙の本を閉じ、背表紙を指でなぞる。
「なにこのガチキチガイ野郎。まじないわ。無理。ないわ。肉とか食べれなくなるわ」
ずしりと手にかかる重みと、学術書や詩集もここまではないであろう装飾華美な外観。如何にも、なにかすごいこと書いてありますよ、とでも言いたげなほど古びた一冊の本。「死者蘇生までの歩み」・・・まぁ、タイトルからして怪しかったかもしれない。今にして思えば。
だって。だって。そもそも蘇生なんて一般的じゃない。世間的にも常識的にも。少なくとも私が生きてきた人生ではそんなものリアルじゃなかった。しかも死者蘇生?馬鹿なことを言ってくれるんじゃない。人は限られた生に縛られて生きるんだ。幻想も大概にしろ、なんてことを言ったかもしれない。
以前までの私ならば。そう、普通に生きていれば余程、カルト思考の持ち主でなければ手に取らないであろう本が今、この手の中にある。
誤解だ。変な宗教には入っていないし、私は基本無神論者だ。
誰に対する言い訳なのかもわからない独白を心の中で呟き、ぐてり、とカウンターに上半身を預ける。見慣れぬ言語と活字を眺めつづけて鈍く痛む目を閉じた。
しん、と静まった薄暗い空間には自分以外の気配はない。だらけきったこの姿を見て咎める人もいなければそう、鉄面皮とでも言われそうな無表情女が、駄々っ子のようなしかめ面をして、独り言を連発していることに驚かれることもない。
仕方ない。こんな本を読んだって、薄暗くて暗い、ジブリの舞台にでもなりそうな洋風建築の図書館に一人ぼっちでいたって、それが馴染んでしまっていたとしても仕方ないのだ。
だって私の人生は、どう考えたって一般的じゃないのだから。
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「医術師・・・・」
「ええ、そうです」
呆気にとられたというか、虚を付かれたというかとにかく驚きましたというのは、こういう顔なんだといった見本のようにぽかんと口を空け、目を見開き、手元を凝視される。
「なかなか珍しいでしょう?特に、ここら辺では」
凹凸の無いつるりとした形を取り戻したカップを勿体つけるようにゆっくりと、テーブルの上に戻した。
「どう、なっているんだ」
カップに向かって腕を伸ばしたイルノ青年は、それを手にとってしげしげと眺めている。上、下、横ってどこから見ても、種も仕掛けもありませんよ。さすがのエヴィル青年もこれには調子を崩された様子で横からじぃとカップを見つめている。秀麗な眉間に縦じわが出来ている。ジャン青年は「えっ、えーっ!え?えー!」と立ったり座ったり、なにやらえーえー賑やかしい。
気分はマジシャン、だななんて思いつつ彼らが落ち着くのを待った。
「それが本当であったとして、あなたは何のためにそれを僕たちに話されたのかな」
冷静に、こちらの出方をうかがう様に、声を発したのはやはりエヴィル青年だった。穏やかな笑みの中に冷たく澄んだ眼だけが浮いて見える。
表情を笑みのまま崩さずに言った。
「私がこの話をすることで得られるものはありません。ただ目的があるとすれば、何故あなた達に見せたのか。それで、分かっていただけませんか?」
一瞬目が細まり、策士然とした軽薄な顔立ちが際立って見えた。ジャン青年なんかは目がきょとん、となっていて「え?・・・どういうこと?」とか馬鹿正直に隣のイルノ青年へと聞いている。可愛いな。素直可愛いな。しかし、聞かれたイルノ青年はうざったそうに「うるさい」と切って捨てた。残念。チョイスミスですね。
思わず和やかなジャン青年サイドに目を向けて苦く笑う。さらに「どういうこと?」という表情になってしまっているのがおかしい。
「・・・始めから、そのつもりで?」
これは、完全にエヴィル青年との一騎打ちのようだ。フェミニスト然とした態度はどこへやら、完全にこちらの腹を探るつもりで腰を据えている。
「それは、リンゴを落としたところから、ということでしょうか?」
ふ、と笑う。さすがにそこまで計算づくだと思われたくはない。
「あなた方が通りがかったのも偶然、私が考え事をしていたのも、偶然です。そうですね、ここであなた方にこれを、見せようと思ったのも偶然と言えば、そうです」
「なら、すべて知って見せたと?」
「いえ、ですから、聞かせてほしいと」
完全に尋問の体を見せていた展開に諦めのここちで言葉を返すと、一瞬視線を逸らされて、大きく息をついて一気に張り詰めた空気を緩めて見せた。
始めと同じように背後に薔薇が映えてきそうな笑みへと、取って代わる。
「いや、やっぱり女性にこの態度はいけない。僕にはむりだな。」
そんな言葉を開始の合図に、私はこの国の太陽を雲間から眺める。