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花園の午後の茶会

作者: Reckless

「悪いね。今宵は出迎えが遅れたようだ」

 四季折々の花が咲き乱れる、幻想的な箱庭。そこにいた人影は、大きな縦長帽を脱ぎつつ、上品に項を垂れた。

「ようこそ。花園の午後の茶会(我等がティータイム)へ」




 波紋を立てるように響き渡るピアノの音、透き通るような歌声……。

 コンサートが終わった今でも、その音色が聴こえてくるようで、自然と笑みがこぼれる。

 わたしは、小さい頃から歌が好きだった。

 それは、わたしもあんな綺麗に歌いたい。という純粋な憧れだったと思う。

 けれど、それは叶わぬ夢。

 そう知らされてからというもの、わたしは余計に歌にのめり込み、コンサートにまで足を運ぶようになった。

 そして帰り際に現実を知り、ため息をこぼす。それがまるで日課のようになっている。

 わたしは日課に従い、ため息をこぼしながら空を見上げた。どんよりと重い雲が立ち込め、今にも雨が降りそうだ。

 傘を持っていないわたしは早く駅へ向かおうと、足に少し力を込めた。

 けれど、

「あの……落としましたよ」

 遠慮するような少年の声に呼び止められ、ゆっくりと振り返る。小学生くらいだろうか。恐らく、同じ コンサートを見ていた子なんだろう。真新しいタキシードをきっちりと着込んでいる。

 少年が差し出すのは一通の手紙。しかし生憎、その手紙に見覚えはない。

 わたしのじゃないよ。そう断ろうとした時、意外なものが目に入った。


 わたしの宛名。


 確かにその手紙には、わたしの名前が書かれていた。

 わたしは断る動作をしようとした手を元に戻し、軽い会釈をしながら手紙を受け取った。

 それを確認した少年は無邪気に笑うと、靴を鳴らして駆けていく。

 わたしはその音を聞きながら、恐る恐る手紙を開いてみた。

 出てきたのは、破った跡の残る紙切れ一枚。

 ただそれだけだったけど、その紙切れに書かれた言葉に、わたしは目を疑った。


 "叶わぬ願い、叶えます。花園の午後の茶会(ティータイム)"


 一瞬、時が止まったように感じた。

 わたしは我に返ると、慌てて手紙の住所を確認した。どうやら、ここからそう遠くないみたいだ。

 そう思った矢先、わたしの足は駅の反対方向に向き、何の躊躇いもなく"花園の午後の茶会"へと歩き出していた。

 そして、わたしの意志も、その足に抗うつもりはない。

 視界の端に映った空は、黒い雲が今にも泣き出しそうに浮かんでいた。




「おぅい、縦長帽」

 花々の咲き乱れる箱庭に、少年のような声が木霊した。

 その声に、花に水をやっていた縦長帽の人影が、ジョウロを片手に振り返る。どこか不機嫌そうな面持ちだ。

「なんだ。お前に淹れてやるような茶は無いよ」

「冗談だよ。縦長帽」

 少し笑いを含みながら、小さな黒兎が花畑から顔を出した。縦長帽と目が合うと、にしし、と歯を見せて悪戯気に笑う。

 縦長帽は心底不快。と表情で表し、ジョウロを持ったままで箱庭の奥へと歩いていった。

「嘘、嘘。もう言わないからさ」

 黒兎が慌てて弁解するも、縦長帽は全く聞く耳を持たない。それどころか、鼻歌を交じらせ、花畑に水を撒いていた。空いている方の手は、勿論片耳を覆っている。

「今日はお客を呼んできたからねっ!ちゃんと準備してよ?僕もうお腹ペコペコだよ」

 そう言い捨てて、黒兎はまた花畑の中に潜り込んだ。縦長帽が一瞥するも、色とりどりの花の中に塗り潰したような黒は見あたらない。

「お客か。久々だな」

 縦長帽は小さく息を吐いた。その顔には、なんの感情も映していない。

「準備でもするか」




 わたしは今、ある建物の前に佇んでいる。

 錆び付いた壁、それに這う蔦、傾いた看板。どうみても店がやっている、むしろ人が住んでいるとは到底思えない。

 辺りを見回してみても、建物はこのボロ屋敷一つだけ。けど、住所はここで間違っていないはず。いい知れない不信感が溢れ出して、その店の胡散臭さを際立たせる。

 わたしは深く深呼吸をし、思い切って扉の取っ手に手を掛けた。

 手紙のことが本当なら、これを逃しておけない。ぎいぃ、と古めかしい音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。

わたしには、叶えたい夢があるんだ!


 見渡す限りの闇。

 そこには、気怠げに寝そべるような重い漆黒が広がっていた。

 その中で、さっき開けた扉とわたしだけが色を持っている。他は出口も何もかも黒く染められ、なんだか宙を漂っている気分だ。

 ふと、居心地が悪くなって、一歩足を踏み出してみた。

「っ!?」

 すると様々な負の感情が足元から這い上がってくるような感じがして、反射的に足を元に戻す。

 怖い、恐い、(こわ)い。

 さっきまでは無かった恐怖が、一瞬にして体中を強ばらせる。

 一気に感情が溢れ出し、渦巻いて、よく分からなくなった。

 泣いてしまいたい。

 泣き叫んで、全ての感情を吐き出したい。

 でも、出来ない。

 やり方が分からないんだ。

 だから今までも、全て溜め込んできた。

 自分の中に溜まっていく嫌な感情を見て見ぬ振りをして、友達を、親友までも失ってきた。


 わたしには、声が無いんだ。


 だから分からない。人との会話、挨拶、仲直りの仕方。

 これはわたしのわがままかもしれない。いや、確かにわたしのわがままだ。

 だけど、

 寂しいよ。

 独りは、寂しいよ。

 悲しみに歪んだ顔を両手で覆いながら、かつての親友の名を呼んだ。




「ようこそ。花園の午後の茶会へ」

 縦長帽を脱ぎつつ、項を垂れる。それは久々にやる、お客に対する礼だ。

 今宵のお客はまだあどけなさの残る少女だった。こちらの世界で言う、高校生くらいだろう。

 まだ状況を把握していないのか、彼女は感情の入り交じった表情で固まっていた。

 まぁ無理もないだろう。漆黒の空間から、突然色彩の溢れる空間にやってきたのだから。

「茶の準備は出来ているよ。中へどうぞ、お客人」

 縦長帽を被り直して、少女を椅子に座るよう促す。すると彼女は覚束無い足取りで椅子に近づくと、すとん、と力無く腰を下ろした。

「来たねお客人!淹れたての紅茶だよっ。召し上がれ!」

 黒兎が机上をちょこまかと走り、少女に紅茶を差し出す。

 彼女は言葉を話す兎に驚き、しばらく目を丸くしていたが、そっとカップを受け取り、ゆっくりと紅茶を口にした。

「さて、早速君の願いの件だが」

 私は彼女の向かいに座り、焼きたてのクッキーを一口かじった。私達にとっての久々の食事だった。黒兎に至っては、自分の定位置につき茶菓子を食い荒らしている。

 一方少女は、まだ赤い紅茶の入ったカップを手に持ったままで私を凝視していた。

 願い、という言葉が響いたのだろう。

 私は視線を少女の方に戻し、顔の前で手を組んだ。

「声が欲しい。それで良いんだね?」

 私の声に、少女は力強く頷いた。

 風が吹き抜けて、色鮮やかな花びらが宙を舞う。

 少女の瞳は、逸れることなく私の目を見つめていた。

「よし、分かった。ではまた明日、午後五時に此処に来ると良い」

 そして、少女に手を翳す。

 彼女は段々自身の体が消えていくのに驚き、不安がっているようだった。

 私は目で大丈夫と告げると、いつものように指を鳴らし、少女を元の世界へ帰した。

 また小さく風が吹いた。その風は少し冷たく、雨が降り出したことを伝えている。

「ねぇ、まだまだ沢山食べられるんだよね?」

 視線を移すと、テーブルの茶菓子を全て平らげた黒兎が、膨れた腹をさすりながら、目を輝かせていた。

「楽しみだなぁ!こんなに食べさせてくれるお客は久しぶりだよ」

 その無邪気な言葉に、私は思わず黙り込んだ。

 そして、ポケットに入っていたマカロンを口に放り込んでみる。

 いつもの味だ。

「それ程彼女の感情は溜まっている。そういうことだろう」

 この空間のもの全ては、人間の感情によって作られている。

 いや、正確には人間から搾取した感情を使って、私達が作り上げたものだ。

「後でまたやるんだろ?あのー……例のやつ」

 奴が言うのは、最後の仕上げのことだろう。

 悲しみで出来た紅茶と嘆きで出来た茶菓子を与え、この空間を現実と信じさせた上に、欲望を増殖させる。つまり、先程のもてなしは麻酔のようなものだ。

 そして次に行うものが仕上げ。

 それは願いが叶うと思い込んだ人間の、最も大切なものを奪うこと。

 すると人間は絶望し、莫大なエネルギーがこの空間に雪崩れ込む。そして私達はそのエネルギーを使って空間を作り、最高のディナーを用意する。

 それが私達悪魔の食事と、模様替えの仕組みだ。

「ディナーもきっと美味しいんだろうなぁ……。本当に楽しみだ!」

 笑顔で飛び跳ねる黒兎を見て、私はまた黙り込んだ。

 そのいつもの仕組み、循環が、何故か気に食わない。

 悪魔というのは気紛れなものだ。どうせ繰り返しが飽きたのだろう。

 そんなことを思ったところで、無駄な思考を使うだけなのに。

 私は考えを紛らわす為、ジョウロを出して花畑に水を撒き散らした。




 雨の降った次の日。まだ空はどんよりと陰り、学校帰りの学生達を怯えさせている。

 わたしは革靴を鳴らし、駅に向かっていた。時間もまだたっぷりあるし、傘も持っているので、あまり急ぐ必要はない。

 それにしても、昨日は不思議な一日だった。

 色とりどりな花やお菓子、言葉を話す兎、赤い目の縦長帽子の人。

 体が消えたと思ったら部屋のベッドで寝ていて、何か絵本の夢でも見てたんだと思った。でも、ポケットに入っていたお菓子と、その赤い紅茶を思い出させる不思議な味が、夢じゃなかったことを証明していた。

 ふと、わたしは顔を上げた。

 ブロック塀とコンクリートの無骨な分かれ道。

 駅とコンサートホールの分かれ道だ。

 現在、午後四時五十分。今から走れば、あの店には着くと思う。

 わたしは期待で軽くなる体を抑えながら、足に力を込めた。

 そして一歩を踏み出した、その時。

 手にしていた携帯が、規則的な振動を奏で始める。誰だろう。

 タイミングが悪い。そう思い少し膨れながらも、わたしは携帯のボタンを押した。

 展開していく画面。

 処理中の文字。

 やがて現れたのは、殺風景な程の白い画面。

  

 親友が、事故にあった。


 わたしは絶句した。

 緊張だろうか、手足が全く言うことを聞かない。

 落ちてきた雫が、涙みたいに頬を濡らす。雨が降ってきた。

 心臓がのたうつようで、気持ち悪い。

 時間が迫って、空が泣く。

 ああ、もう少しで願いが叶うのに。

 空が泣く。

 わたしの大切なものは、何ですか。

 空が泣き喚く。

 大切なものが、

 大切なものを、

 大切なものに、


 もう少しで、手が届きそうなのに。


 空が泣き叫んだ。

 現在、午後四時五十五分。

 わたしは自分でも気づかないまま、その場所から駆けだしていた。




「勝負は彼女の勝ちだ」

「即ち、僕等の負けだね?」

 四季折々の花が咲く、美しい花園。今宵の茶会はたった二人だけ。

「でもさ、ディナー無しってのは酷だよ」

 テーブルに並べられたケーキを食べながら、黒兎がぼやいた。咀嚼で揺れる頬には、白いクリームが付いている。

「ディナーならあるじゃないか。お前が食べてる」

「こんなのランチ、いや、朝ごはんにもならないよ!」

 そう言いつつもケーキを食べ続ける黒兎を見て、縦長帽は少し吹き出した。

「それにどうしたのさ?人間の大切なものも奪わないで、夢も叶えちゃうなんてさ」

 悪魔じゃないよね?そう言いたげな瞳で、黒兎は縦長帽の赤い瞳を見つめた。

 僅かな憂いを含んだ、深紅の瞳。何百年一緒にいても、これの考えることは全く読めない。

「嘘吐き、という言葉は聞き飽きた。それだけさ」

 赤目はそう言って、椅子を立った。一度、猫のように延びをして、テーブルを後にする。

「待ってよ、帽子屋」

 黒兎は、ちょこまかとその背中を追った。

 帽子屋が息つく。


「喜劇の味も、たまには良いだろう?」



 花園には、心地良い風と、美しい歌声が響いていた。





Tea time of flowar garden of afternoon

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