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兵站王の戦記〜追放王子の無敗論理〜  作者: リリリリス
第2章 大陸篇

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第58話:融解する黄金と未知の領域(ディープ・ウェブ)

西の『自由商業都市連合ハンザ』が誇った金貨の信用が、アルスとロザリアの放った超並列演算によって一夜にして無効化パージされたことで、西側の大地は文字通り、古い時代の終焉を迎えていた。


かつては大陸の富の象徴として世界を動かしていた純金は、今やただの重く、加工の面倒な金属へと退化し、ハンザの商人たちは生き残るために王国の敷設した鉄路へと縋り付くしかなかった。

王国の装甲列車『オオツチ』は、混乱の極みにあったルクソールの巨大な中央銀行の前に停車していた。


重厚な石造りの建物の周囲には、ガイウスが率いる王国の黒鋼騎士団が整然と配備され、暴動を防ぐための防衛線を構築している。


民衆はかつての支配者である黄金議会の老人たちを罵倒し、王国の配給するパンと、実物資産に裏付けられた新しいトークンを求めて長い列を作っていた。


「……信じられん。あの傲慢だったハンザの連中が、今じゃ王国の書類一枚を貰うために、家財道具を投げ打って並んでやがる。王子、あんたのやったことは、剣で首を跳ねるより何倍もエグいぜ」


列車の展望デッキからその光景を見下ろし、バルドが感心したように、しかしどこか背筋を寒くしたような口調で呟いた。彼の横では、ガイウスが静かに腕を組み、鋭い眼差しを街の各所へと向けている。


「武力による制圧は、常に反発という名の摩擦フリクションを生む。だが、経済という名のシステムを書き換えれば、人間は自らの生存のために、自発的に新しいルールへと従うようになる。これは侵略ではなく、世界の最適化だ」


移動司令室の奥から歩み出てきたアルスは、いつものように感情の起伏を感じさせない冷徹な声で応じた。彼の視線は、手元のホログラムに表示される西側諸国のインフラ統合進捗率へと向けられている。東の教国に続き、西のハンザをもそのネットワークに組み込んだことで、エリュシオン王国の支配領域は大陸の八割に達しようとしていた。


「アルス様、ハンザの七大都市すべての財務データの接収、および新通貨システムへの移行手続きが順調に完了いたしましたわ。これで、大陸の経済活動はすべて貴方の手の平の上で演算されることになります」


ロザリアが、美しい所作で書類を整理しながらアルスの隣に並んだ。最高財務官としての激務をこなしているはずの彼女だが、その肌は瑞々しく、瞳には凛とした光が宿っている。彼女の体内では、アルスの【掌握の刻印】と常時接続されていることで、魔力の循環が極めて高いレベルで安定していた。二人の絆は、今や一つの強固な「永久機関」のようになりつつあった。


アルスはロザリアの少し疲れたような目の下の微かな陰りを見逃さず、そっと彼女の腰を抱き寄せた。周囲にバルドたちがいることも気に留めず、彼は生身の手でロザリアの細い指先を包み込む。


「無理をするな、ロザリア。西側の処理は大きな負荷がかかる。私の脳の余剰領域キャッシュをもう少しお前に割り振ろう」


「ふふ、お気遣いありがとうございます、アルス様。ですが、貴方の温もりを感じているだけで、私の精神システムはいつでも完全回復フルチャージいたしますわ」


ロザリアは愛おしそうにアルスの胸に身を寄せ、その端正な横顔を見つめた。二人の間で交わされる絶対の信頼。それは、大陸の覇権という巨大な数字のやり取りの中で、唯一、計算を必要としない美しく揺るぎない「定数」だった。


しかし、アルスがハンザの最深部――黄金議会が秘匿していた『地下大金庫』の全データログを完全に解体デコンパイルし始めたその瞬間、彼の右手の刻印が、突如としてこれまで経験したことのない「奇妙な拒絶反応」を示した。


「……チリッ」と、皮膚を刺すような微かな痛みがアルスの脳を走る。 ロザリアが即座に反応し、その氷属性の魔力でアルスの脳を冷却しようとしたが、その拒絶反応は、これまでの教国の盲信ノイズとも、ハンザの強欲ノイズとも、全く異なる異質な性質を持っていた。


「アルス様……!? これは、何という冷たさ……。いえ、冷たさですらありません。データそのものが『存在しない』かのような、完全な虚無の波形ですわ!」


ロザリアの顔から血の気が引いていく。二人の共鳴する視界の中に浮かび上がったのは、ハンザが何百年もの間、世界中から集めた富を保管していたはずの金庫の、さらにその地下数百メートルに存在する「隠された座標」だった。


そこには、金貨も銀貨もなかった。ただ、地脈の底から湧き上がる魔力を強制的に吸収し、何かを『封印』し続けている、古代の超言語で記述された漆黒の「防壁ファイアウォール」が存在していたのだ。


「……ハンザの老人たちは、ただ金を愛していたわけではないな。彼らは、世界を裏から制御している『未知の領域ディープ・ウェブ』の存在を知り、そこから漏れ出るエネルギーを金貨という形で偽装し、大陸の経済をコントロールするための媒介として利用していただけだ」


アルスの瞳に、かつてないほどの深い警戒の光が宿った。 彼の【掌握の刻印】は、この世界のすべての魔法と物理を数値化できるはずだった。しかし、その漆黒の防壁の奥から伝わってくるデータは、現在のアルスの数式では定義することすらできない『例外エラー(バグ)』そのものだった。


その防壁の表面には、教国の聖杯とも、王国の古代技術とも異なる、禍々しい紋章が刻まれている。 それは、大陸の中央に位置しながらも、あまりの危険さゆえに千年以上誰も立ち入ることができないとされる絶対不可侵の領域――『世界の墓標グランド・コア』の形状と完全に一致していた。


「あははっ! 何これ、すっごくゾクゾクする!」


ルナがいつの間にか移動司令室の窓にへばりつき、紫色の瞳を爛々と輝かせていた。


「ボクの解剖狂としての本能が言ってるよ、アルス。あれの奥には、人間でも魔物でもない、この世界そのものの『内臓』が眠ってるって!」


「おいおい、ルナ、縁起でもねぇことを言うな」


バルドが髭を震わせながら、アルスへと向き直る。


「王子、あの防壁の材質、俺の知識にあるどの金属とも違う。地脈の力を吸って、自ら増殖していやがる。……これを無理に壊せば、西側の大地どころか、大陸全土の地脈が狂って、人間が住めない土地になっちまうぞ」


戦場の緊張感とは異なる、世界そのものの根幹が揺らぐような不気味な静寂が、室内を支配した。 東を統べ、西を制したアルスたちの前に現れたのは、国家という枠組みを遥かに超えた、この世界の『バグだらけの設計図』そのものだったのだ。


アルスはロザリアの手をさらに強く握りしめた。彼女の体温が、アルスの冷え切った論理を現実へと繋ぎ止める唯一の錨だった。


「……面白い。大陸を統一した程度で、この世界の最適化が終わるなどとは思っていなかったが。まさか、世界そのもののシステムに、これほど巨大な『根本的エラー』が埋め込まれていようとはな」


アルスは冷酷に、しかしその瞳の奥に、未知の難問に挑む数学者のような、狂気的な挑戦の光を灯して微笑んだ。


「ロザリア。盤面は国家の生存競争から、世界そのもののデバッグへと移行した。お前は、最後まで私の隣で、この世界の書き換え(オーバーライト)に付き合ってくれるか?」


「もちろんでございます、アルス様。世界がどれほど歪んでいようとも、貴方がそれを正すというのなら、私はどこまでもお供いたしますわ」


ロザリアはアルスの手を両手で包み込み、優しく、しかし絶対に離さないという強い意志を込めて微笑み返した。ここから、世界そのものの謎と、真の管理者への道を歩む、アルスとロザリアの果てしない戦いの第二幕が、静かに幕を開けたのだった。


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