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落ち星の子

作者: Rain
掲載日:2026/04/24


 落ちてゆく。


 星の子は、落ちてゆく。


 数多の願いを、抱きしめて


 ぐんぐん、ぐんぐん、落ちてゆく。


 数多の願いに、たえきれず


 ぐんぐん、ぐんぐん、落ちてゆく。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 目を開く。


 落ちた星の子は、みな消滅するはずなのに。

 どうして自分はここに()()のか。


 視界いっぱいに広がるのは、緑をまとった奇妙な形の棒──折れ曲がった枝がベールのように覆いかぶさる。


 これは、森と呼ばれるものだろうか。

 上から見たときとは、まるで別物に思える。


 葉の隙間から夜空が見える。



 ああ。

 もう自分は、空を駆ける星ではないのだ。



 星の位置をたよりに、いつも見下ろしていた風景を思い浮かべる。


 夜の闇に浮かぶ、地上のきらめき。


 あちらの方向に、人の街というものがあるはずだ。


 ──行ってみよう。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 翌朝、星の子は街にたどり着きました。

 身なりを整え、通りへ足を踏み入れます。


 早朝の商店街は、活気で溢れていました。

 きょろきょろと視線を彷徨わせながら、ゆっくりと歩いていきます。


 広場に出ると、しばらくそこで人々の様子を眺めていました。いつの間にか、お天道様が星の子の真上までやってきています。


 すると、一人のおばあさんがやってきました。

 小さく丸めた背中に、柔らかな毛糸の羽織がかかっています。買い物のカゴを抱え、ゆったりと星の子の方へ歩いてきます。

 

「お前さん、朝からずっとそこにいるだろう? どうしたんだい」


 星の子には、よくわかりません。


「おやまあ。どこから来たのかも、わからないのかい?」


 空から落ちてきた。

 星の子はそう答えました。


「……もしかして記憶がないのかい? そりゃあ大変だ」


 こてん、と星の子は首を傾げます。


「どこに行ったらいいのかも、わからないんだろう?」


 うん。

 星の子は頷きます。


「なら、しばらくわしのところにいたらいい」


 きょとん、としてから、星の子はもう一度頷きました。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 頭を打っていたら大変だ、というおばあさんに連れられてお医者さんへ行き、家についた頃にはすっかり夕方になっていました。


 夕日に照らされた足元に伸びる長い影。

 星の子はそれをぼんやりと見つめています。


「ほら、お入り。ここがうちだよ」


 おばあさんの声に顔を上げると、ゆっくり一歩を踏み出しました。

 

 居間の食卓に座ると、おばあさんが静かに二人分の食事を並べてくれました。


「夕飯だよ、お食べ。残り物で悪いね」


 おばあさんが席につき、祈りを捧げてから食べ始めました。


 星の子はじっと見つめていました。

 そして同じように、手を合わせて食べ始めます。


「おいしいかい?」


 きょとん、と星の子は顔を上げました。


 そんな様子の星の子に、小さく笑うおばあさんは続けて尋ねます。


「スープもパンもまだあるよ。食べるかい?」


 しばらく黙って考え込んでいた星の子は、やがてコクリと頷きました。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 何日か過ごすうちに、星の子は人の街にも少しずつ慣れてきました。

 おばあさんからお使いを頼まれる日もあれば、あてもなく街を歩き回る日もありました。


 商店街を歩く星の子に、果物屋のおじさんが声をかけます。


「おーい、じょうちゃん! ベルタ婆さんのとこの子だろ?」


 立ち止まる星の子に、おじさんは「婆さんにはいつも世話になってるから」と果物のカゴを渡します。


 星の子はおじさんに尋ねます。



 あなたの願いはなあに?



 突然の質問に、おじさんは目を丸くしながら答えました。


「願い? 願いかぁ……そうだなぁ、たくさん売れますように、ってな!」



 どうして願うの?



 星の子はさらに尋ねます。


「そりゃあ、家族にうまいもん食わせてやりたいからな!」


 そこへ別のお客さんがやって来ます。

 

 ありがとう。じゃあ、またね。


 星の子は足を進めます。



 てくてくと歩く星の子の耳に、かん高い声が飛び込んできました。


「わぁ! おねえちゃん、きれいな色ね! キラキラしててお星さまみたい!」


 振り向くと、小さな女の子がいました。

 目を瞬かせる星の子に、女の子は次から次へと質問を重ねます。


 一瞬の沈黙が落ちたとき、星の子は尋ねます。



 あなたの願いはなあに?



 ぱあっ、と目を輝かせた女の子は答えました。


「お花やさんになりたい!」


 女の子は勢いよく続けます。


「あとは、ママになりたい! あと、まほうつかい!」


 星の子は一拍おいて尋ねます。



 どうして願うの?



「どうして? う〜ん……わかんない!」


 女の子と一緒に、星の子は首を傾げました。

 そこへ女の子を呼ぶ声が聞こえます。


 ありがとう。じゃあ、またね。


 星の子は足を進めます。



 てくてくと歩いていた星の子は、突然腕を捕まれ細い路地に引き込まれます。


 「痛い目見たくなけりゃ、騒ぐなよ」


 低くねっとりとした男の声が、星の子の耳にこびり付きます。眼前には、鈍く光を返す薄汚れたナイフがありました。


 悪党はニヤニヤと、口元を歪めたまま続けます。


「変わった色合いのガキがいるってのは、本当だったんだなぁ」


 路地裏の暗がりが、ふぅ、と息を吐きました。

 湿り気をはらんだ温もりが、肌にまとわりつきます。


 泣きもせず、叫びもせず。

 星の子はただ、じっと悪党を見つめます。


「なんだオメェ、さっきから……気味の悪いガキだな」


 汗ばむ手が、ナイフを握り直します。

 刃先が、ほんのわずかに震えました。 


 星の子はゆっくりと口を開きます。



 あなたの願いはなあに?



 「願いだぁ?」


 バケモノを見るように顔を顰めていた悪党は、一転、口の端を吊り上げて言いました。


「そりゃあ、がっぽり稼げますように、ってな! ギャハハ!」



 どうして願うの?



「……はぁ? おちょくってんのかクソガキ!」



 声を荒らげた悪党は、拳を振りかざします。

 ヒュッ、と拳が空を切り、星の子に迫るその瞬間──



 ふっ、と音が消えました。



 通りを駆ける子どもたちの足音も。

 空高く歌う小鳥のさえずりも。

 吹き抜ける風の音も。


 誰かが落としたリンゴが、宙にとどまり静止します。


 世界でただ一人。

 星の子が息を吐くと、空の青と地面の茶が混ざり合い、そして──


 視界の中を、虹が四方に飛び散ります。



 星の子が目を開けると、そこには見慣れたおばあさんの家の扉がありました。星の子の手には、ちゃんと果物のカゴが握られています。


 星の子が扉をあけて家に帰ると、いつものようにおばあさんが言いました。


「おや、おかえり」


 星の子はいつものように応えます。


 ただいま。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 その夜のことです。


 おばあさんは一人、居間の椅子に座って、ゆったりとお茶を飲んでいました。

 その穏やかな目は、窓の外に広がる星空に向けられています。


 いつの間にか居間にやってきた星の子が尋ねます。



 おばあさんの願いはなあに?



 「おや」


 おばあさんは、目の前の小さな子どもを慈しむように言いました。


「そうだね。あの子たち──子どもや孫たちが幸せでありますように」


 一拍おいて、続けます。


「もちろん、お前さんも含めてね」



 どうして願うの?



 おばあさんは、暖かな声でそっと言葉を紡ぎます。


「……人は、臆病だからね。ほんの少し、誰かに背中を押してもらいたい、そんな日もあるんだよ」


 星の子は少し首をかしげながら、おばあさんを見つめていました。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 人々が寝静まった頃、星の子は一人で近くの丘にやってきました。


 街のまばらな灯りが遠くに見えます。


 頭の上には満天の星空。

 星々がきらめき、時折光が流れていきます。


 人々は星に願いを託します。


 願い、

 祈り、

 縋り、


 そうして安心する。


 またどこかで、一すじ光が解けてゆきました。

 夜の涼やかな風が、星の子の頬を撫で通りすぎます。


 星の子は考えます。


 街で会った、

 果物屋のおじさんの顔。

 女の子の顔。

 悪党の顔。

 そして、おばあさんの顔。


 考えて、考えて。また、考えて。


 そして夜空を見上げて、ぽつり。


「明日もいい日になりますように。」




おしまい


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― 新着の感想 ―
心温まるいいお話でこれが絵本になったらと想像しながら読ませて頂きました
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