第005話「紫の瞳」
【Tips:〇〇五 専門用語】
・なんと本作は本文中、人物名と地名、ルビをのぞくとカタカナが存在しない。
ゆえに装備品などもすべて漢字が当てられるという暴挙(?)に出ている。
なんという中二感だろうか。
そして本編はパリィの狂気への一歩が静かに進む……やばいなこの人。
【〇〇五 紫の瞳】
天羽妖精隊の宿舎は他の剣士候補生の宿舎とは離れている。
ルシェルが詰める剣士棟の裏側にあり、こちらの方向にはこの宿舎しかないため、普段から人が近づくことはあまりない。
申請を出せば城下に家を持つことも、貸し住居に住むこともできるのだが、彼女たちは全員がこの宿舎で寝泊まりをしていた。
宿舎は八〇年ほど前に建てられた物。石造りの三階建てであり、一階は食堂や浴場になっている。個室は二階と三階で、天羽妖精隊十二人全員が入っても、まだいくつかの空き部屋があった。
パリィの部屋は二階の一番東側。
部屋に戻るなり、パリィは外套を外す。
妖精隊の特徴とも言える真っ白の外套は、彼女たちの肩よりくるぶし辺りまでを覆い隠している。この外套を外した下は同じく真っ白の剣士装束となっている。
肩と脇腹は布でこそ覆われているが、薄くて丈夫な革が多層に縫い当てられており、不意の一撃に対する防御力を持つ作りになっている。長袖の袖口は彼女たちの親指を隠すほどに長く、これは指の長さを対峙する相手に見破られなくする工夫であり、意匠も兼ねたものとパリィは聞いていた。
剣士装束の襟は高く、中には薄手の金属板が仕込まれていた。首を保護するものであり、遠矢程度では貫けない。もっとも、それは襟を立て、前が開かないようにぴっちりと止めた時なのだが、隊員たちのほとんどは襟前を開いている。
外套を外套掛けに吊すと、がちゃりと腰裏で剣が音を立てる。
腰には握りこぶしふたつ分ほどの幅のある剣帯が巻かれている。丈夫で重厚な革製で、腰にぴたりと巻き付けることにより、重い剣を吊している負担を軽減している。
パリィは腰の真裏に剣が交差するように差している、十字差という携帯の仕方だ。パリィは多人数を相手にする任務が多いこともあり、抜剣時に最大刃渡りを有効距離におけることから、この十字差を好んでいた。
ランナは腰の左右に、体に対して垂直気味に差す落差という様式を取っている。
剣を止める剣帯は他にも彼女たちの履く開袴の固定も補佐している。開袴は外套同様に、彼女たちのくるぶしよりもやや下までを覆う。外からは足の長さを完全に隠蔽する効果も果たしていた。
しかし両足の動きを阻害しないよう、下端から腰の部分まで、横に大きく切れ込みが入れてあるが、普段はほとんど見て取れることはない。
開袴の下は銀繊維の薄足着が彼女たちの足を保護している。肌がうっすらと透けるほどの薄手ではあるが、短刀程度では傷が付けられない強度を持っている。
最後は足全体を膝下まで守る戦闘靴。頑強な革に鉄鋼が付けられており、防御力と格闘戦時の攻撃力も高めている。素材は厳選されたもので、見た目からは想像もできないほどに軽くできているのが最大の特徴である。
これらの装備の内、パリィは外套を外し、剣帯と戦闘靴を普段使いの物と交換する。
「ふぅ……」
帰って来た、という安堵感にパリィの息も漏れる。
ティーシャの女剣士には伝統的なしきたりがあり、原則として二振りの剣を装備することになっている。なので、ルシェルを始め天羽妖精隊の隊員たち全員も、二振りを装備しており、それは常に携行していなければいけない。
剣士たるもの、剣を身の傍から放すのは敗北の時である――候補生時代に、嫌というほどに教え込まれるしきたりだった。
パリィの部屋には寝台と簡素な机と椅子、衣装箪笥がある簡素なもの。外出も多いため、多くの隊員がこのような感じとなっている。
パリィは椅子にかけ、机の上に置いてある剣の手入れ道具に手を伸ばした。
着替えから剣の手入れは、ほぼ習慣的な行動だ。
鞘から剣を抜く。パリィが持つ一振りは青鉄鋼製の薄刃長剣。素材の都合、重量は見た目よりも重い。――が、六煌剣も異常な重量があるため、六煌剣士を目指す彼女たちは好んで重い剣を使う。
薄刃長剣は文字通りに薄刃であり、尋常ならざる斬れ味を持つ。超硬質鉄鋼ですら、剣士の技量と相まって軽々と両断することが可能だ。
余計な脂分を拭き取る布を当てながら、繊細な刃の状態を確認する。
「刃こぼれは……うん、大丈夫ね」
もう一振りは同じ青い刃を持つが、こちらは青鉄鋼ではなく蒼輝石という鉱石から削り出した石剣であり、重量は青鉄鋼の物と同じに整えられている。こちらのひと振りは六煌剣を継承した際にルシェルからもらったもので、以前に彼女が使っていた剣だった。
稀少な石剣は研ぐことで削れることを嫌うため、手入れは慎重に行う。石が血や脂を吸うと鈍るとされるため、布で念入りに磨き上げる必要があった。
パリィはこの作業が好きだった。磨くたびに輝きを持ち、顔が映り込むくらいの光沢を持つからだ。
磨かれた刃はパリィの顔を映す。
紫瞳と呼ばれる、パリィは珍しい瞳色を持っている。古く、傾国の美女が持っていたとされ、現代においても先天的美貌のひとつという評価がある。
「……役に立ったことはないけれど」
他の隊員からは、パリィはもっと愛想をよくすれば人気が出るなどと言われることはあるが、パリィにはあまり価値があることだとは思えなかった。
愛想があるのはランナの方だと思う。彼女は基本的に笑顔でいることが多い。自分の紫瞳などより、ランナの笑顔の方がよほど魅力があると、パリィは思っている。
だから――。
訓練場への降り口で見かけた、ランナと話す剣士候補生。ランナに気があるのだろうか。
ランナの様子から、訓練の打ち合わせという業務的な話をしていたとは考えられない。顔は見えなかったが、彼もあの時のランナのような顔をしていたのだろうか。あるいはもっと、自分が嫌悪感を催すような顔だったのだろうか。そうだとしたら――。
「っ!」
不意にぷつりという感触が指先に走った。
剣に当てていた布が切れ、パリィの指先までもが切れていた。
指先に膨らむ血を見つつパリィは思う。
「なんだって言うの……」
ランナに近づく異性がいる。そう考えただけでひどく心がざわついてしまう。この先ランナが、自分の知らないランナになってしまいそうで。
「ランナ――」




